下着で、暴走

「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。悪いが、由里をよろしく」

「まかせて。真一もごはん食べていけばいいのに……」

「いや、たぶん義母さんが準備して待っているはずだから。今日はありがとな、美久。また明日」

「うん、また明日」


「…………小十郎…………」


 美久の横で、何か言いたそうな由里ではあったが、とりあえず無視。どうせ口を開けば言い合いになるのは目に見えている。

 俺は美久に礼を済ませ、自宅へと戻った。


 が。


「ただいまー」


 玄関のドアを開けると、いきなり目の前におたまが迫ってきた。香織だ。まだ制服のままだが、なぜ着替えてないのだろうか。


「うわっ」

「……お帰りなさい、兄さん……」


 あっれー? なぜかダーク香織だ。目にハイライトがない。


「香織……俺なんかやった?」

「……いいえ、兄さん。なんにも……わたしには、なんにも……」

「そ、そうか。ならいいんだが」

「よくないです……よくないです……」


 俺の前におたまを突き出したまま、香織が動かない。なんだか怖くなり、俺は香織の横を抜けて家の中へと入った。


「あら、真一くんお帰りなさい。もう晩ご飯終わっちゃったわよ」

「えっ」


 貴子義母さんの無情な宣告に応えるかのように、俺の腹の虫がひときわ大きく鳴った。


「朝斗ちゃんが、遠慮しながら真一くんの分までたいらげたわ」

「それまったく遠慮してないじゃないですか! とほほ……」


 朝斗のヤツ、いくら昼飯抜きにしたからって食い過ぎだろ。仕方ない、朝斗は後で折檻するとして、とりあえず腹の虫おさえにカップラーメンでも食べるか……確かペ〇ングヌードルが部屋にひとつ買い置きしてあったはずだ。

 そんなことを考えながら階段を上がり、部屋に戻って物色を始めると、無事に賞味期限切れギリギリ前のペヤ〇グヌードルを発見。


 よし、ではお湯を入れにリビングまで……とドアに向かって進むと、いきなり部屋の扉が朝斗によって開けられた。


「のわっ!」

「あ、ごめんなさい。ノックもせずに」

「まったくだ。というか朝斗、おまえには少し折檻をしなきゃならんな」

「えっ……せ、折檻ですか……」

「そうだ馬鹿者。俺の分の晩飯まで食い尽くしやがって」

「あ……い、痛くしないで……優しくしてくれたら、いいですよ……」


 折檻をすると言ったのに、なぜか朝斗は嬉しそうに顔を紅潮させながら身をよじらせている。だからくねくねするなよ、気持ち悪い。


「おまえは本当に馬鹿者だな。優しい折檻ってなんだ。痛くしないと折檻にならないだろ」

「あ、そうですよね……初めては痛いってよく言いますし……で、でも僕は、真一さんなら痛くても我慢できると……」

「…………」


 なんでだろう、朝斗が本当に気持ち悪い。晩飯の恨みはまた今度にしようか……


「……はあ、もういいわ。折檻する気もそがれた。腹減ったからひとりにさせてくれ」


 追い返そうとするそのひとことに、朝斗の頭のてっぺんから湯気が上がった。


「あ、あ、ごめんなさい、そうですね、心の準備をする時間を僕にくれたんですね、やっぱり真一さんは優しいひとです……」

「……はあ?」

「で、で、で、でも、真一さんがうずいて仕方ないなら、こ、こ、こ、これを、使って……ください。約束の……」


 朝斗が俺の前に一歩進んで、握っていたものを俺の右手に握らせた。なにやら柔らかいくしゃくしゃな布地。そして変に生温かい。


「じ、じゃあ、僕は失礼します。真一さん、ご、ごゆっくり、堪能してください」


 バタン。


 慌てて部屋を出て扉を閉めた朝斗の発言に疑問を抱きつつ、俺は右手の中に握らされた布地を両手でびよーんと広げると……水色のしましまが左右に伸びていった。


 ……これ、ぱんつじゃねえか。おい。


「あ」


 そういやさっき、朝斗に由里の分のぱんつを貸せ、って言ったまま訂正してなかった。美久に借りたから、もう必要ないんだけど。


「…………」


 右手で朝斗から渡されたぱんつをつまむようにしてひらひらと動かしていると、またまた突然『バァン!』と音を立てて扉が開いた。今度は香織だ。


「のわっ! な、なんだいきなり」

「……兄さん……」


 開けたドアを左手でおさえながら、香織が怪しく口元を歪ませた。――まだダーク香織のままだ、こわい。


「な、なあ香織。やっぱり俺、なんか香織に変なことしたか? 怒ってるだろ?」

「……なんにもしていません。なんにも」

「そ、そうか。ならよかった」

「だから、よくないんです……」

「……へ?」


 ダーク香織が、穢れをまとっているように感じられる。ヤバい、このままでは魔女化しちまうぞ。

 あ、香織に部屋のドアを閉められた。まったく逃げ切れる気がしない。詰んだかも。


「……なんで、あーちゃんにはぱんつを要求したのに、わたしには要求しないんですか?」

「なぬっ!?」


 そのひとことで悟った。朝斗の野郎……いや野郎じゃないけど、あいつ、香織に俺がお願いしたことをしゃべりやがったな! これは本気で折檻するしかないわ。


「わたしは、わたしは……兄さんが望むなら……なのに……なぜ」

「か、か、香織、ちょっと落ち着け。あれは事情があってだな……とにかく闇堕ちやめろ」


 香織の迫力に負けそうな義理の兄である。威厳かたなし。朝斗の折檻のことなど考えてる場合じゃないわ。どうやってなだめるか考えろ俺。


「わたしは……冷静ですよ。この上なく、冷静です。嫉妬なんて、微塵もありません」

「どこが冷静だ! 穢れに侵食されてるじゃないか!」

「ふふ、兄さんは少し、黙りましょうね」


 あかん、手の打ちようがない。俺があきらめたその時、香織は制服のスカートに両手を突っ込んだ。


「お、おい香織、なにを」


「兄さんの口を塞ぐんですよ……これで」


 そして、スカートの中から両手をスルスルと下げて、脱いだ。真っ白なぱんつを。

 それを無造作に丸めたあと香織はにじり寄ってきて、俺の口の中に……突っ込んできた。


「むぐっ」

「ふふ、兄さん、どうですか? わたしの、脱ぎたて」

「ふごふごふご」


 香織の香り。いかん、ダジャレを言っている場合じゃない。意識飛びそう。


 俺は香織のぱんつを口に突っ込まれたまま、ベッドに押し倒された。上から香織が乗っかってきて、俺の両手をおさえつけている。マジで呼吸できない。苦しい。


 つーか、香織ってなぜかここぞというとき力強いよな。特異体質なんだろうか。この小さい身体のどこにこんな力が眠っているのだろう。きっといい研究対象として、研究者たちに大人気になるに違いない。見た目は可愛くて、とにかく強い。いや、強いのにめちゃくちゃ可愛い。こっちのほうが……ああ、意識が遠のく……


「うー、うー!」


 ガキン。


「うげっ」


 最後の抵抗とばかりに俺が顔を上げると、どうやら香織のアゴに頭突きがクリーンヒットしたらしい。上に乗っていた香織が横に崩れ落ちた。

 俺は自由になった右手で、口の中に突っ込まれていた香織の脱ぎたてぱんつを引っ張り出した。ようやく呼吸ができるよ。


「はぁ、はぁ、はぁ……酸素がうまい」

「……はっ、わたしはいったい、何を……」


 アゴにクリーンヒットしたのに、もう香織が復活した。目にはハイライトが戻り、纏っていた穢れは払われたようだ。サキュバス化していたような豹変ぶりから元に戻り、安心した俺はベッドから立ち上がった――のだが。


 ふらっ。


 ――――あ、だめだ、酸素不足に加え、いろいろ興奮していたところで急に立ったから、立ちくらみが――――


 バタン。


「兄さん! 兄さん!?」


 倒れた後に薄れていく意識の中で俺が最後に認識したのは、いつもの香織が発した叫び声だった。

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