堅固な、自宅要塞

 さて、なんとか夕闇に紛れて矢吹家前までたどり着いたはいいが。


「……うーむ、リビングに人がいるな……」


 さすがに正面突破で由里を部屋に連れ込むのは無茶だ。となると、二階の窓から侵入か、隙を見て突破か、もしくは……

だが、二階の窓から侵入は、かなり難しいな。


「由里、おまえそこの陰で少し待てる?」


 濡れたスカートを気にしながら歩いてきた由里が、コクンと頷いたので、俺はとりあえず家に戻って様子をうかがうことにした。


「ただいま」


「あ、兄さん、お帰りなさい」

「真一くん、お帰り」


 玄関を突破して一階の状況を探ると、香織と貴子義母さんが二人で夕飯準備をしていた。あ、こりゃしばらく無理だ。

 俺は正面突破をあきらめ、おそらく香織の部屋にいるであろう朝斗に、直接交渉する路線に切り替えた。


 コンコンコン。


「朝斗、いるか? 入るぞ」

「は、はい」


 ガチャ。

 中をうかがうと、朝斗はおとなしく床に正座して待っていたようだ。……なぜ正座。


「真一さん、由里に会いましたか? どうでした?」


 朝斗もなんだかんだ言って義妹の様子が気になるのか、開口一番に由里の様子を聞いてきた。


「おう、とりあえずは会った。が、少し困ったことになってな……」

「なにか事件でも!?」

「いや、由里が……」


 俺は言いかけてやめた。由里もさすがに失禁したことを広められたくはないだろう。


「……なんでもない。ところで、朝斗。お願いがある」

「は、はい。なんですか」

「悪いが、おまえのぱんつを一枚、貸してくれないか? ついでに着る服も」

「!?!?」


 朝斗なら、由里の義姉だし、下着の貸し借りも問題ないだろう。そう思ってお願いしたのだが、朝斗が効果音を発するかのように真っ赤になった。


「あ、あ、あの、それはいったい、いったいどういう意味ですか」

「すまんな、わけは言えないから察してくれると助かる」

「え、え、お、あ、あの、やっぱり……使用済みの方がいいんですか」

「いや、新品があればそれでもいいんだけど。難しいか?」


 …………なんか会話がおかしい。


「い、い、いいえ、真一さんの頼みだし、僕のでよければ……」

「朝斗のがいいんだよ。じゃあ悪いが、急いでいるのでさっそく」


 交渉がまとまったところで、突如、部屋の扉が開いた。


「兄さん、あーちゃん、ご飯の準備ができ…………」


 やっべ、香織が戻ってきた。香織に由里が近くにいることを知られちゃいけない。まぜるな危険、塩化水素が発生しそうだ。

 そう思った俺は、とっさにでまかせを言ってしまった。


「あー香織、悪いが明日の課題の件で、俺はこれから美久の家に行かなきゃならないんだ。悪いがみんなで先に食べててくれ」


 朝ご飯はともかく、晩ご飯は家族揃って食べなきゃならないという決まりはない。俺は未遂に終わった計画をほっぽり出して、慌てて部屋を出て、再度玄関から外へ向かった。――――赤面している朝斗と、それをいぶかしむ香織をほっといて。


 …………………………


 冷静になって考えると。

 でまかせでごまかしたが、美久に頼むというのは意外といいアイデアかもしれない。美久は無関係だからな。


 だが。

 果たして、今の状態の美久に頼めるのか、俺は。


 …………………………


 ええい、ままよ。もうこうなったら美久しか頼れないんだ。腹をくくろう。


「由里、すまない。我が家は思いのほかガードが堅すぎた。作戦変更する」


―・―・―・―・―・―・―


 で、有田家玄関前。俺はインターホンのボタンをおそるおそる押した。


 ピンポーン。


『はい』

「……夜分にすみません、真一です」


 ガチャ。

「……真一? どうしたの?」


 訪問者が俺とわかると、すぐに美久は制服のまま玄関の扉を開けてくれた。いま帰ってきたばかりなんだろうか。


「美久、悪いが、おまえのぱんつと着るものを貸してくれないか?」

「!?!?」


 いきなりのストレートな物言いに、美久は一瞬なにごとかと目を見開いたが、俺の後ろで小さくなっている由里に気づくと、いつも通りに対応してくれた。


「……わかった。まあ中に入って。うしろの子も、どうぞ」


 こういうときは、つきあいの長さに感謝だ。なんとなく察してくれたらしい。

 俺と由里は、とりあえず有田家に避難した。

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