由里の、葛藤

 午後六時。時間ピッタリに、一台の黒い車が公園入り口に止まる。中から降りてきた金髪縦ロールの少女……由里だ。

 相変わらず無駄に縦ロールが決まっている。見た目でお嬢様と思ってしまうくらいわかりやすい。

 ドアの閉まる音が夕暮れの公園内に響きわたり、縦ロールが徐々に近くに迫ってくる。俺は右手を上げて挨拶代わりとした。


「よう」

「…………」


 すっっっごく不機嫌そうな表情の由里。こいつに気を遣う必要などまったくないのだが、意味はあるかもしれないので、最低限の筋だけは通しておこう。


「わざわざ来てもらって悪かったな」

「……朝斗は、どこですの?」


 俺に合わせるまでもない、と言わんばかりの由里の態度。ムッときた感情を表に出さないように極力つとめ、俺は会話を始めた。


「朝斗は、家に戻りたくないんだとさ」

「わたくしがいるのに、そんなわけありませんわ!」

「それはよくわからないが……理由は、父親が母親を罵倒していたからだと聞いたが」

「………………」

「おまえの家も、でかくて有名な会社社長の家なくせに、家庭不和か」

「………………」

「まあ仕方ないか。所詮は乗っ取った会社だもんなあ」

「!?」


 挑発をする俺を、由里が睨みつけてきた。が、黒服がいないならそんなに怖くない。


「そんな怒るなよ。図星だからって」

「小十郎……あなた、どこまで知っているんですの?」


 由里みたいなタイプは、怒らせた方が本音をしゃべるだろう。そんな計算のもと、神経を逆なでする会話にどうやって持って行くか。俺は漠然と考えつつも口は止めない。


「おまえの知らないことまで知ってるよ。大奥酒造に関してはな」

「…………」

「再婚してすら家庭不和ってのは、訳が分からないけどなあ!」

「…………」

「実は、朝斗も由里のことを好きじゃなかったりしてなあ!」

「…………ぐすっ」

「え」


 いきなり由里が泣き出した。正直、このリアクションは予想外。ひょっとしてこいつ……いじめられるとすぐ泣く人種なのか?


「……ううぅぅぅぅぅぅ……」


 隣でやたらしおらしく泣いている金髪縦ロールをのぞきこみながら、ちょっと言い過ぎたかな、と後悔したが、どうフォローしたらよいのかわからない。

 ――――いや待て。冷静に考えれば、由里は香織をハブっていた主犯だしほっとけばいいか。


「……小十郎ごときに、バカにされましたわ……小十郎ごときに……なんたる屈辱……」

「おい」


 うん、ほっとく。いや、さらに責める。


「結局、ニセモノなんだな。家族も、姉妹も」

「…………ううううぅぅぅぅ……わぁぁぁぁーーーーん!」


 さらに責めたらガチ泣ききたよこれ。なんなんだいったい、わけわからん。

 由里の泣き声にまわりの注目度が高まって、いづらい。屈辱で泣いたのか、違う理由か。


「なにガチ泣きしてんだよ、お子ちゃま」

「ううううぅぅぅぅ……朝斗は、朝斗だけは、わたくしをわかってくださるはずですわ!」

「……あ?」

「朝斗は、わたくしの無意味な日常に舞い降りた救世主ですもの……早く朝斗を返しなさいな! このわたくしのもとに!」

「…………」


 由里は『鬼気迫る』という言葉がぴったりな勢いである。朝斗を慕っているのは間違いないだろうが……あまりに異常だ。


「なんで、そんなに朝斗に執着するんだ?」


 俺が疑問を投げかけると、由里は俺をキッとした目で睨みつけ、きっぱり言い切った。


「朝斗のいない家など、わたくしが帰る意味はありませんの! 朝斗だけが、わたくしをわたくしとして認識してくれましたの!」

「…………」

「わたくしの孤独を理解できるのは、この世で朝斗だけなのですわ!」


 ああ……なんとなくわかった。なんとなくだけど。ここまで朝斗に固執するってことは。


「由里、おまえさあ」

「小十郎ごときが、名前で呼ばないでくださいまし」

「由里由里由里由里由里」

「小十郎小十郎小十郎小十郎小十郎小十郎」


 おっと、子供の喧嘩してる場合じゃないな。ついムキになるのは俺の悪い癖だ。とりあえず、カマかけて様子見しよう。


「おまえも、父親に愛されてないんだな」

「……………………」


 あれほど敵意をむき出しにしていた由里が、俺のひとことで黙ってしまった。ビンゴ。

 しかし、なんでここまで父親にロクデナシが多いのかね、香織の周りには。


「まあ、おまえの家の事情も同情すべきところはあるかもしれないが、それとこれとは」

「……………………まし」

「……なんか言ったか?」

「……あんな非道い男を父と呼ばねばならない、わたくしの気持ちも察してくださいまし、と言いましたわ」


 思わず出てきた由里の本音に、俺は一瞬戸惑った。実の父親にこうも憎しみを――――実の父親だからかもしれないが、こんなにはっきり言い放つとは予想外だ。


「まあ、そうだな。あんな非道いことばかりしてるんだもんな」


 なにか情報を由里が漏らさないかと期待して、適当に話をつないで同意する。


「……悔しいですがその通りですわ。わたくしに優しくしてくださっていた杜氏とうじを、会社経営が悪化したらあっさりクビにしたり」

「おう」

「自社株の情報操作をして、インサイダー取引なんかに手を染めたり」

「お、おう」

「あげくには、極道と通じて、マネーロンダリングの請け負いまでやったり」

「ストップストップだ由里。これ以上はよくない」

「……大奥酒造の裏事情を知っている小十郎なら、このくらいご存知でしょう?」

「わざわざ口に出して言うことじゃないだろ!」


 由里はバカなのか天然なのかわからん。というよりも、ガチな犯罪がポロッと出てきて困惑するしかないぞ、俺は。


「……あんな不埒な男が父親と言うだけで、わたくしがどれだけ鬱屈してるか、わかりますかしら?」

「…………お、おう」

「わたくしは、朝斗とふたりでいるときだけ、いやなことをすべて忘れられるのですわ!」

「いやそれでも拉致監禁はやりすぎじゃ」

「監禁とは無礼な物言いですわね! 誰のじゃまも入らない部屋で、ふたり楽しく過ごすだけですわ。そのときだけは、世界はわたくしたちのためにあると思えますのよ」


 由里の一方的な慕情みたいにしか思えないんだけど……朝斗のことは本気で好きなんだろうな。


「……だから、香織を中学でハブにしたのか?」

「香織? 誰ですの?」


 思わず名前が出てしまった。が、由里は本気できょとん気味である。覚えてないのか……? 


「香織は――――確か、桐山香織きりやまかおりだったか、当時は」

「……桐山……ああ、あの……それが小十郎と何の関係がありますの?」

「香織は、今は俺の妹だ」

「……よく聞こえませんでしたわ。もう一度言ってくださいまし」

「香織は俺の妹」

「………………は?」

「香織の母親と俺の父親が再婚して、今は俺の妹になった」


 その言葉を聞いた由里は、顔を青ざめさせ、しばらく呆けてから叫んだ。


「な、な、なんですとーーーー!!??」


 おい言葉遣いが変だぞ。どこ出身の縦ロールだおまえ。


「ひょ、ひょっとして、朝斗はあの色目遣いのメスネコと一緒にいるんかゴラァ!」


 由里が『鬼気迫る』を通り越してラリったようになりました。すいません、怖いというよりドン引きです。つーか、なにこの豹変ぶり。


「メスネコって」

「あたりまえじゃ! わいの朝斗にやたらつきまとって色目で落としにかかったろうもん!」

「お、おう……」


 日本語がいきなり不自由になった由里を見て、ひょっとしてこいつは香織の生い立ちを知らないんじゃなかろうか、との疑問が生じた。ちょっと探りを入れよう。


「由里、おまえ、香織がどこで生まれたか知らないのか?」

「知るわけなかろうが! あんな害虫朝斗に近づけることだきゃ許せんきに!」

「あっはい。つまり、香織をハブにしたのは朝斗と仲がよかったから、だけの理由と」


「それ以外に何があるっちゅーねんこのダボ! 汚物は消毒するしかないべさ!」

「いい加減落ち着け」


 ボコッ。


「ひでぶっ」


 思い切り三歩手前くらいの強さで頭を叩くと、前のめりになった由里が正気に返った。


「……はっ。わたくしはいったい何を」

「………………なんだこいつ」


 半分あきれつつも、由里が香織の生い立ちを知らなかったことに、俺は困惑していた。

 香織が大奥酒造の元関係者だったからハブにしたわけではないのか……。由里はひょっとすると、貴子義母さんや香織のことは全く知らないのかもしれない。

 そんな推測に頭を使っていたせいで、俺はこちらへ人影が近づいてくることにまったく気づかなかった。


「声や話し方を聞いてもしやと思いましたが、やはり由里嬢でしたか……お久しぶりです」


 目の前でそう声をかけられ、ようやくそれに気づく。近づいてきていたのは初老の男性であった。

 どこかで見たような……って、さっき駅前で何があったか、俺が訪ねた相手じゃないか。


きんじい!」

「お元気そうで何よりです。大奥酒造で杜氏をやっていた頃を思い出しますな」


 蚊帳の外な俺は、欣じいと呼ばれた男性と由里のほうを交互に見やり、この二人の関係を予想する。


 さっき由里が言っていた、クビにされた杜氏が、この男性……なのだろうか。

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