望みの、綱は

「真一さん、まずいことってなんですか?」

「朝斗は単なる家出じゃなくて、誘拐されたんじゃないか、という扱いになっていること、だな。簡潔に言うと」

「簡潔じゃなく言うとどうなるんですか?」

「つまり、朝斗は最初家出じゃないかと思われていたが、朝斗の荷物が駅前のコインロッカーから見つかったとしたらな」

「……はい」

「アシがつきそうな物品をそこに置いて、本人をどこかに連れ去った誘拐事件だ、と警察が推理してもおかしくないということだ。もちろんその場合、矢吹家の人間は犯人扱いだろう」

「「…………」」


 聞きたいようだったから長文で説明したが、疲れた。だが、理解したのか朝斗も香織も青ざめてしまった。

 これは俺の失態かもしれない、なんせ指示したの俺だし。軍師失格だ。


「そこでだ、朝斗。おまえ、ちょっと家に探り入れろ」

「え、どうやって……」

「おまえの話が通じる人間に、電話でもしてみりゃいいんじゃないかと思うぞ」

「………………」


 朝斗が悩んでいる。まあ、話が通じる相手は母親くらいしかいないだろうが、家出してきた手前かけづらい、というところだろうか。


 二回深呼吸したあと、「……よし」と朝斗はつぶやいた。覚悟を決めたのか、落としていたガラケーの電源をオンにして、通話のためのボタンを押し始めた。


 一種の緊張感が広がり、俺と香織はお互いに息を飲んで無言のまま朝斗を見つめる。


 プルルルルル……ガチャ。

「……もしもし、由里?」


 朝斗がコールした予想外な相手に、香織はずっこけ、俺は頭に血が上った。


「なんで由里にかけるんだこのスカポンタン!」


 しまった。思わず声を出してしまった……が、これは叫びたくもなるだろう。


「えっ、えっ、……まずかったですか?」

「そんなこともわからないのかおバカがぁ! ふつうそこはおまえの母親に連絡するところだろうが!」


 もうヤケクソ。感情にまかせて怒鳴ってやる。

 つーか朝斗に関しては、自分の考えで物事を進めさせてはいけないことを悟ったわ。こいつ、たぶん肝心なところでトンチンカンなことをするタイプだ。


「……うん、……えっ、…………はい。あの……由里が、『小十郎に代わりなさい』って……」

「……俺に? 由里が?」


 朝斗が軽く話した後、電話を俺に向かって差し出してくるので、思わず自分を指さしてそう答えたら、朝斗は首を縦に振った。


「……もしもし」

『やはりあなたの声でしたか……ここで会ったが百年目ですわね、源五郎丸小十郎げんごろうまるこじゅうろう。朝斗をかどわかしたら覚悟を決めておきなさいと、ちゃんと忠告しましたのに』

「いや会ってないけど。通話だけど」


 ああもうまた1から説明めんどくさいから、差し支えないなら省略しよう。小十郎でいいわ。


 そんなやる気のなさに襲われながら、会話を録音するため、ボイスレコーダーのスイッチを入れることは忘れない。


「というよりもな、朝斗は自分からこっちに来たんだよ。無理矢理つれてきたわけじゃないし、むしろ大迷惑なんだけど」

「ひどっ!?」


 泣きそうになる朝斗がチャチャを入れてきたがスルー。


『ならば話は早いですわね。小十郎は朝斗をわたくしのもとへ返す、それだけでお互いにウィンウィンではありませんか』

「ところがそうはいかないんだよ。どうやら、由里と俺は少なからぬ因縁があるようでなあ」

『……どういうことですの?』


 おっ、乗ってきた。……ひょっとすると、由里からも情報を引き出すことができるかもしれない。そんな思惑が仕事をする。


「少なくとも、朝斗を返してはいおしまい、というわけにはいかないってことだ。というわけで、提案がある」

『……聞くだけは聞きましょう。言ってごらんなさい』

「おまえと実際に会って、サシで話がしたい。場所はこの前の公園。どうだ?」

『はっ、何をとち狂ってますの。朝斗が小十郎のところにいるとわたくしが警察に連絡するだけで、あなたたちはタイーホされるんですのよ?』


 おおっと、由里はどうしてもマウントをとらずにいられない性格なのかもしれないが、まあそれをやられたら困るのはこっちだ。これは……ハッタリで乗り切るしかない。


「ふっ。そんなことをしたら、おまえたちにも火の粉が飛ぶのくらいわかってるんだろう? 俺の知る情報をもとに考えるなら、むしろそちらのほうが大打撃を受けるんじゃないか?」

『………………』


 思ったよりハッタリが効いた。由里が向こうで怒りにふるえているのがわかるくらいの沈黙である。よし、もう一押しだ。


「そうだな……それができないんなら、朝斗を俺なしではいられないように調教するのも、面白いかもしれないな」

「!?」

「!?」

『!?』


 一瞬で空気が変わる。思ったより効果は絶大だったが、香織は瞳からハイライトを消し去り、朝斗は逆に瞳を潤ませながら身をくねらせている。何かを勘違いしているようだ。


「……どうだ、話をする気になったか?」

『……非常に不本意ですが、そうするしかなさそうですわね』


 由里は渋々同意した。ハッタリ万歳。戦略のミスは戦略で取り返す、これが軍師ってもんだ。


「よし。じゃあ、サシで話だから黒服はなしだぞ。何分で来られる?」

『一時間くらい、見てくださいまし』

「わかった。じゃあ、午後六時にこの前の公園で、ということにしよう。くれぐれもバカなまねは考えるなよ」

『…………わかりましたわ』


 ブツッ。

 かなりいまいましかったのだろう、唐突に由里が通話を切った。

 ――――ふー。ハッタリもたまにはうまくいくもんだな。


「ぼ、僕、真一さんに調教されちゃうんですか……?」


 ハッタリに頼りきりの通話が終わったとたん、赤いままの朝斗が身をくねらせながらそんなことを聞いてきた。くねくねさせるなよ、気持ち悪い。


「そんなことするわけないだろ。あくまで由里へのハッタリだ」

「あ、そ、そうですか……」

「……ほっ」


 俺の一言を聞いて、朝斗は残念そうに肩を落とし、香織は目にハイライトを戻したようである。――――俺はそんな鬼畜に見えるのだろうか。


「で、でも、由里と話をする意味って、なんでしょう?」


 朝斗が気を取り直して叫んだ言葉に、香織も同意するように頷いた。


「バカ、このまま朝斗が戻ったとしても、どうせまた家出したくなるのがオチだろ。何も解決しないんだよ、このままじゃ」

「え、ええと……」

「結果、誰も笑えないんだ。そんな日常、満足か? 幸せじゃなくても、せめて不幸せではないようにしないとな」

「真一さん……」


 我ながら、偽善者の建前に笑っちゃうな。本当の理由は話せないが、これで納得してくれるならいくらでも偽善者になろう。


 ――だが、納得していない香織は、俺と朝斗を同時につねってきた。


「いたっ!」

「いてっ!」

「……二人の世界を作っちゃ、ダメ、です」


 香織がふくれっ面になっている。頬をつつきたくなるくらいかわいい。


 ぷにっ。


「ひゃん! に、兄さん、なにするんですか!?」

「あー、わりい。でもつねられたお返し」

「も、もぅ……」


 つつきたいと思った瞬間、つついていたようである。まあ許せ。香織がかわいいのが悪いんだ。


「ぼ、僕は、真一さんになら、調教されてもいいかも……」


 意味不明なひとりごとを言っている朝斗はほっとこう。さてと……由里と会う前に準備しておこうか。

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