許せぬ、裏切り

「社長に、近づいた?」

「ええ。会社を乗っ取った後に、時期は不明だけど社長が奥さんと離婚したらしくて。寂しさを紛らわすためなのか、夕子が働いている飲み屋の常連になったのよ」

「…………」

「知り合ったのはたまたまなんでしょうけど、わたしが『近寄らないで』と何度もお願いしたにもかかわらず、夕子と社長はだんだん深い仲になって……」


 世間ってせまい。飲み屋で知り合ったとは……なにかのフラグっぽい。

 一本松市って、うちらの間じゃ修羅の国扱いされてはいるけど、さほど繁華街は広くないから、偶然知り合っても不思議ではないのかな。


「そして、夕子は再婚して、わたしたちの交流はおしまい」

「…………」

「元旦那から助けたときは、『この恩は、一生忘れません!』とか、調子のいいことばかり言っていたのに……夕子は金と権力に目がくらんだんでしょう。許せないわ……」


 ……ふむ。そうして朝斗は現社長の義理の息子となり、親子そろって義母さんと香織を裏切ることとなったわけか。


 義母さんの表情が、憎しみと悲しみとむなしさと後悔を足して四で割ったようなふうに見える。話し方も意識して淡々としてたように感じた。

 香織を犠牲にしてまで庇った相手に裏切られた過去を思い出したくなかったんだろう、と即座に理解した俺は、謝罪するしかなかった。


「……つらいことを思い出させてしまってごめんなさい」

「……いいえ。わたしもなにを言ってるんでしょうね、真一くんに。……軽蔑した?」

「そんなわけないでしょう」


 即座に自虐的発言を否定する俺。話を聞いただけでは、そんな感情を持つのは当たり前だろう。

 しかし……義母さんの言っていることは真実なんだろうけど、いくつか腑に落ちないこともある。


「……ところで、この経緯を香織や朝斗は知っているんですか?」

「どうでしょうね……記憶にあってもおかしくはないけど……詳しい経緯を香織に説明したことはないわ。したくもなかったから」

「……その気持ちはわかります」

「朝斗ちゃんは、夕子に聞いていれば知ってるかも」


 うーん、香織と朝斗がこのことを知っていたら、二人の関係は思った以上にめんどくさくなるであろうが……

 香織が四歳直前と義母さんは言っていた。その年齢ならば、記憶がおぼろげでもおかしくないかもしれない。こればかりは香織に探りを入れるしかない。

 朝斗は……そのあたりを悪びれてないから、たぶん知らないな。だいいちそれを知ってたら、香織に許してもらえるとは思わないだろう。朝斗の性格からして。


「そうですか。では……香織の存在を、今の社長側が知っていることはありますか?」

「それは間違いなく知ってると思うわよ。なにせ一緒にそこに住んでいたわけだから」


 次の疑問解決。由里は、その社長の娘というわけだよな。ならば、由里は香織の出生などをすべて知った上で……いや、知ったからこそハブにしたという推測ができる。

 さすがに朝斗と仲が良かっただけで、嫉妬からハブられるとは……ありえなくはないが動機としては薄かったので、これで納得がいった。


「そうですよね。ところで……裏切られるまで、義母さんにとって夕子さんは、とても親しい友人だったんですよね?」

「………………」


 義母さんが黙り込んでしまった。こんな質問をする俺も俺だけど……


 義母さんは落ちつきなく天井を見たり、下を向いたり、服の襟元を気にしたり、横にある食器棚のガラスに映る自分の顔を眺めたりしてから、観念するように自分の思いをボソッと口にした。


「……ええ。一番の親友だと思っていたわ……」


 そういって悲しそうに微笑んだ義母さんを見て、俺はやるせない気持ちになった。

 一番の友達に裏切られるのは、当たり前につらいだろうな……俺も美久にもし裏切られたとしたら……ああ、我が脳味噌が想像することを拒否しているよ。


 ……あ、そうだ。朝斗を泊める許可をもらわなければならないんだった。……よし、便乗しよう。もう一つ、腑に落ちない点もあることだし。


「……そうですか。では、復讐のために朝斗を我が家に拉致監禁しましょう」

「えっ?」

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