義母の、事情

「……ごめんなさい、真一くん。みっともないところを見せちゃったわね」

「そんなこと……ないですよ」


 しばらくして、ようやく涙が止まった義母さんは、赤くなった目をこすりながら取り繕う。


「……本当に、真一くんは、優しいのね……香織が好きになるのもわかるわ」


 こうも直接的にほめられるのは非常に照れくさい。俺は思わずそっぽを向いて右頬を指で掻く……のだが、まだ疑問は残っていた。


「……で、いったい夕子さんは、そのあと何をしたんですか?」


 疑問を解消するべく、話を朝斗の母親のことに向けると、今泣いた義母さんがもう怒った。背景に『ゴゴゴゴゴ』という文字が見え隠れするくらいに。……こわい。


「……夕子は、わたしたちを裏切ったの」

「裏切った?」

「……わたしは、とある歴史ある酒造会社の社長の孫として生まれてきたわ」

「……んん?」


 それは初耳だ。というより、俺は貴子義母さんと香織がどのような生い立ちなのか、詳しく知らない。そして、酒造会社って、つい最近どこかで聞いたような……


「あの、つかぬことを伺いますが、なんてところですか? その会社」

「真一くんも知ってるかしら。大奥酒造よ」

「えっ」


 やっぱり。ということは……朝斗の母親が再婚した相手は、今の社長か。でもそれなら、香織と親戚にならないか……?


「わたしには妹がいたんだけど、家を出て行ってしまって、行方知れず。父は早くに亡くなったから、歴史ある酒蔵を守るため、わたしは婿養子を迎える必要があったの」

「……歴史ある家柄も大変ですね」


 俺のストレートな言葉に義母さんは苦笑いを一瞬だけ浮かべて、話を続ける。


「そうして、昔の夫が次期社長となるはずだったんだけど……」

「……そうならなかったんですか?」

「そのとき社長だった祖父が亡くなってしまった時に、どさくさに紛れて会社の経営権を奪われてしまったのよ……香織が四歳になる前のときね」

「……なんと」


 なんかこれ、またびっくり箱な予感だと思ったら案の定だ。会社乗っ取り……ってやつか。ドラマの中の出来事みたいだ。


「そのせいで、わたしと昔の夫は会社から締め出され、夫は荒れてしまった。酒に酔っては、わたしたちに暴力をふるう始末」

「…………」

「いろいろなものを犠牲にして、やっと夫と別れて、香織と二人で引っ越してきたら、隣に夕子と朝斗ちゃんが住んでいた、というわけ」


 感情の起伏もなく淡々と義母さんがそう話す。


 ……なるほど、義母さんが夕子さんと重なる、ということの経緯はわかった。

 思ったよりダークな流れでちょっと引いたのは秘密にしておこう。


 ということは、そうならなかったら香織は社長令嬢だった、ということか。……もしそんな立場だったら、俺と知り合うことはまずなかっただろう。そんなふうに思うと、けっこう悲しくなるな……


 まあ、そんなこと考えても仕方ない。今は、義母さんと夕子さんとやらの関係を知ることが重要だ。


「……でも、夕子さんたちとしばらくは仲良かったんですよね。どのあたりからおかしくなったんですか?」

「……夕子が、わたしたちの事情を全て知った上で、大奥酒造の現社長に近づいたあたりから……ね」

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