本当の、和解

「お願いします! もう、僕には……頼れる人が、いないんです……」


 朝斗は、そう懇願しながら、今日何度目か忘れるくらい大安売りしている土下座をしてきた。……そんなに土下座ばっかりしていいのか。男なら多少プライドは持て。


「……なんでそうまでして家出などする?」


 わざと意地悪して、心底嫌そうにそう尋ねてみる。香織は……何とも言えないような表情だ。


「あの家に……僕が安らげる居場所は、ないんです。そんな日常、もう……」

「…………」

「僕は……何も考えずに毎日楽しくいられたあの頃に……香織と一緒に笑っていられたあの頃に、戻りたいだけなんです!」


 多少コメディー色は薄れたが、朝斗の勝手な物言いにムカムカがおさまらない。やんごとなき事情はあったにせよ、朝斗が香織を傷つけたことは事実なんだ。

 果たして、謝罪ひとつでそれをすべて水に流してよいものだろうか。香織が許しても、俺は許したくはない。


 ……決して、朝斗に対して嫉妬しているわけではない……と思う。思いたい。


「……朝斗、もう一度はっきり言うぞ。香織は、おまえに無視されたことを、俺の義妹になってからもずっと引きずっていた」

「………………」

「香織は優しいから、おまえの今さらの謝罪を受け入れて許すだろうとは思っていた。だけど、俺は……いろいろ事情があるとはいえど、簡単に許す気にはなれないのが正直な気持ちだ」

「兄さん……」


 かばいたそうにしてる香織のことは気になるが、朝斗が何も言い返してこないのを良いことに、俺は糾弾を続ける。


「だから、俺はおまえのことをこの家に泊める気はない。頼る人が誰もいなかった香織の気分を、おまえも味わって……」

「兄さん!!」


 香織がらしからぬ大声をあげた。俺はびっくりして糾弾をストップしてしまう。……香織がいつになく真剣な眼差しで俺を見てきた。


「……もう、いいんです……兄さん。わたしのために、本当にありがとうございます……」


 香織の申しわけなさそうな引け目を感じてるような態度は、俺の頭を冷ますのに充分すぎた。ここで俺だけが沸騰しててはいけないな、少し冷静になろう。


「……香織。すまん、ちょっと熱くなってしまった」

「いいえ、兄さんは本当に……本当にわたしなんかのために……」


 そう言いつつ香織の瞳は潤む。だが、涙が頬を伝う前に腕で拭って、また俺に視線を向けてきた。


「……そんな兄さんにお願いがあります。わがままきいてもらっても、いいですか?」


 その内容を推測できた俺は、特にリアクションを起こさずに香織の言葉を待つことにした。


「……あーちゃんを、家に泊めてあげてほしいんです。今のあーちゃんは、兄さんと出会う前のわたしと同じ……信頼できる人が、まわりに誰もいない」

「………………」

「だから……兄さんがわたしを救ってくれたように、今度はわたしが、あーちゃんを救ってあげたい……です。わたしにとって……大事な幼なじみだから」

「香織……!! うう、ごめんなさい、香織ぃぃぃぃ……うぁぁぁ……」


 その言葉を聞いた朝斗は、顔を上げて香織を見ながら嗚咽した。……ひどい顔だ。


 だが……大事な幼なじみ、か……


 もし俺が香織の立場で、朝斗が美久だったとしたら……きっと俺は許すだろう、美久を。

 そう思ってしまうと、朝斗を責める気持ちが急速に薄れていく。俺は白旗をあげた。


「……わかった。香織、俺にできることならなんでも聞いてやるよ。かわいい義妹のお願いだもんな」

「! ……兄さん……!」

「というわけだ。朝斗、香織のことを二度と裏切らないなら、俺も……もうなにも言わない」

「……真一さん……!! もちろんです……!」


 香織と朝斗が同時に俺に抱きついてきて号泣し始めた。香織はともかく……朝斗。おい。おまえ結構柔らかいんだな。本当に男なのか? なよなよしすぎだぞ。


 まあいいか。うん、複雑だけど悪くない気分だ。だが……


 ……やっぱり、香織にとって朝斗は……なのだろうか。俺と美久みたいに。

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