香織の、幼なじみ

 美久とのキスの余韻も醒めぬまま、自宅前まで帰ってくると。


「………………」


 家の前をうろうろしている、不審な男の人影を発見した。……さっき訪問してきた……彼?

 もし、香織の知り合いなら、中3だよな。もう夜の十時になろうという時間なのに、こんな遅くまで出歩くのは問題じゃなかろうか。


「……あのさ、キミ?」

「わっ!」


 声をかけたら予想以上にびっくりされて、こっちもビクッとしてしまった。


「キミ、さっき家を訪ねてきたよね?」

「あ、あ、あ、あ、あ」


 すっごく挙動不審だ。ビクビクと怯えているし、視線はこちらにあわせないし。……香織を男にしたらこんな感じなんだろうか。


「別に殴ったりカツアゲしたりしないから落ち着いて。……単刀直入に聞くけど、香織の知り合い?」

「?! やっぱり……香織はここに住んでるんですか?」


 やっと彼が目を合わせてきた。ビンゴ。だが、呼び捨てかよ。……まあいい。たぶん香織の知り合いといっても、義母さんが再婚する前の知り合いに違いないだろう。ということは……住んでるのって、隣の一本松市いっぽんまつしじゃないのか?


「……キミ、家に帰れるの? 一本松市から来たんだろ?」

「…………」


 どうやら何も考えてなかったようである。困ったもんだ。


「まあ、わざわざここまで来なければならない理由が何かあったんだろ? 香織、呼んでくるかい?」

「……あの、あなたは……」

「香織の、義理の兄だ。矢吹真一やぶきしんいちという」

「義理の、お兄さん……。あ、僕は、大槻朝斗おおつきあさとと言います」

「朝斗くん、か。わかった。悪いが、ちょっと待って……」


 俺がそう言って香織を呼びにいこうとすると、朝斗くんがストップをかけてきた。


「いいえ。真一さん……よろしければ、少しお話をしませんか?」

「……俺と?」

「はい」


 真剣な顔の朝斗くんを見たら、さすがに断れない。話はたぶん……香織のことだろうし。


「わかった。だが、家はわけありでね。すぐそこに公園があるから、そこで話をしないか?」


 俺の提案に、彼は無言で頷いた。


―・―・―・―・―・―・―


 男二人、夜の公園のベンチに座る。奇妙というか怒られそうな状況だが、まあ夜の散歩とでもごまかせばいいだろう。


「で、朝斗くんは、何のため香織に会いに来たんだ?」


 こういう相手には、まわりくどい駆け引きはなしだ。


「……その前に、僕と香織のことを話してもいいですか?」

「OK」

「はい。……僕は、香織が同じアパートに引っ越してきてからの友達でした。小学校時代は本当にいつも一緒に遊んでいたんです。お互いに、あまり活発なほうではなくて、友達も少なかったから」

「…………」


 香織が前に言っていた、『仲の良い友達』ってのは、ひょっとすると……


「僕も香織も、母親しかいない家庭でした。でも、僕が中学に進学するときに、母親が再婚しました。再婚相手には、僕と同い年の女の子がいて……生まれは僕のほうが早かったので、その子が義理の妹になりました」

「……なんと」

「……問題はそこからなんです。僕の母親の再婚相手は、市内で一番大きい日本酒製造会社の社長でした。江戸時代から続いている名家で、地元では強い影響力を持っています」

「……一本松市の日本酒製造会社、って、まさか……大奥酒造おおおくしゅぞう?」


 俺でも知っている大会社だ。CMもバンバン流してる。


「……はい。そして、義妹はそんな名家の一人娘のせいか、大変わがままでした。そんな義妹と、僕と、そして香織が同じ中学に進学したんですが……」

「……ひょっとして、香織が中学時代にいじめに遭ったのは、朝斗くんの義妹が原因か?」


 今の話を聞いて、直感で思ったことを投げてみると、朝斗くんは驚いた顔をしながら肯定した。


「はい。……香織から聞いたんですね、いじめのことを」

「ああ。しかし、なんで香織はいじめに遭わなければならなかったんだ?」

「……たぶん、僕と香織が仲良くしてるのが、義妹には気に入らなかったんじゃないかと思います」

「…………」

「義妹は予想以上に、僕のことを好いてくれました。でも、僕が香織の話をすると、嫌悪感をむき出しにしてくるんです」

「…………」

「義妹は名家の娘ということもあり、クラスでも、いや学年でもリーダーみたいな存在でした。誰も逆らえない……」


 香織がかわいいからいじめられてたんじゃないのか、という俺の推測はあながち間違いではなかったのかな。

 朝斗くんは気弱そうに見えるが、見た目はかなり整っていて、王子様系のにおいがする。たぶん、その義理の妹は、朝斗くんが兄妹以上の意味で好きなのだろう。


 嫉妬、か……


「……僕は、母のことを考えると、義妹に逆らうことはできなかったんです。……いや、度胸もなかった」

「…………」

「そのせいで、香織を……大事な幼なじみを、深く深く傷つけてしまった。香織が引っ越してしまってからも、ずっとそのことが頭から離れませんでした」

「……なぜ、もっと早くこなかった?」


 責めるような口調になってしまったのは朝斗くんに申し訳ないと思いつつも、そう言わずにいられなかった。香織は……ずっと……ああ、だめだ。冷静にならなければ。


「……今さら、香織に謝っても、受け入れてもらえるか……怖かったんです、ただただ」

「…………」

「でも今日偶然に、義理の父が母さんを罵倒するところを聞いてしまって……僕の中で何かが壊れました。そして、香織に謝らなければと強く思って、衝動的に来てしまいました」

「……そうか。すまない、強い口調になってしまって」

「いえ、悪いのは僕ですから。……こちらの知り合いにいろいろ聞き回って、ようやくあの時間にここまでたどりついた、というわけです」


 ふむ。だいたいの事情はわかった。どうやら朝斗くんの家庭も、何やらわけありみたいだ。……それに比べれば、親子でラブホ前遭遇など些細なことに違いない。きっと。


 ………………


 朝斗くんはちょっと気弱だが、悪い奴には見えない。

 だが……なぜか胸がもやもやするな。香織の唯一の友達が……男だとは思わなかったから、だろうか。

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