誤解は、正解

 ひっっっじょーーーに、気まずい。


 緊急家族会議開幕。しかし誰もが沈黙を守る。矢吹家存続の危機かもしれない。いや、割と真面目に。そのくらい空気が重い。


「…………」

「…………」

「…………」


 これ、俺と香織が仲良くなる前よりひどいな。……ま、そりゃそうか。


「……真一と香織は、よく、あんなところに……その、行くのか?」


 おお、父さんが先陣を切った。さすがに父親である。……威厳は形無しになってしまったのは仕方ないとしても。


「ちょ、父さん、それは誤解。さっきも入る予定はなかったし、これから入る予定もないから」


 誤解を受けたままではいたたまれないので、一応言い訳はさせてもらうとしよう。『入る予定がなかったのなら、何をしていた』と言われたら言葉に詰まるけど……


「…………えっ、そんなぁ…………」


 なぜ香織ががっかりした顔をするのかはよくわからない。


「……じゃあ、入る予定がなかったのなら、あそこで何をしていた……?」


 うっ。言葉に詰まる質問がやはりきたか。考えろ、俺。


「……それは……香織の濡れた服を乾かそうと……」


 父さんに問いつめられ、しどろもどろに答える俺。大筋では合っているから、まったくの嘘ではないのだが……後ろめたい。


「……香織も。あなたはまだ中3でしょ。子供にはまだ早い場所よ……」


 義母さんもそう言って香織をたしなめる。『子供』という言葉にカチンときたのか、香織がいきなり叫んだ。


「わ、わたし、もう子供じゃないです! その気になれば、兄さんと、あ、赤ちゃんだって作れます!」


 ピシッ。


 絶対零度の寒気がふたたび襲ってきた。凍死者が出ないことを祈りたい。……矢吹家は全員遭難者となってしまったことは、もうどうしようもないとしても。


「………………」

「……真一、おまえ、まさか、すでに……」

「ないないないないないないない神様仏様に誓って何もないから誤解はやめて!」

「えっ……兄さん、わたしのこと、好きだって……愛してるって……」

「何ですって?!」


 父さんは疑いのまなざしを俺に投げつけ、義母さんは身を乗り出して真偽のほどを確認しようとしてきた。


「……いや、あのときは、『妹として』好きだという意味では言いましたけど、異性としてとかの意味ではなくて……ですね。あと、『愛してる』は言ってないです」


「……………………えっ」


 ピアノの不協和音が鳴り響いたような……瞬間。香織の様子をうかがおうと、親子三人でそっと顔をのぞき込むと……


「………………」

「………………」

「………………」


 香織が、まったく動かない。呼吸すらしてない。瞳孔も開いてる。これって……


「……香織?」

「………………」

「………………」


 まさかと思って香織を揺さぶる。すると、香織は目からポロポロと涙をこぼした。


「……そんな、そんなあ……あの日、兄さんが彼氏になってくれたと思って、わたし、わたし、すごく嬉しくて……」

「………………」

「……こんなわたしを、兄さんが好きでいてくれるなら……自分でさえキライだったわたしで、いいのかなって……」

「………………」

「……だから、だから、自分で自分をスキになれるよう、変わらなきゃって、そう思ってたのに……ぜんぶ、わたしの勘違いだったんですかぁぁぁ……うぇぇぇぇぇん」


 香織の号泣があたりに響きわたる。思わぬ香織の反応に対して、俺たちは金縛りにあったように何もできなかった。


「もう、イヤですぅ!」


 そんなセリフを残して、まだ泣きやまないうちに、香織は自分の部屋に戻ってしまった。


「………………」


 うっわ、針のムシロ。……もう勘弁してください、ジーザス。


―・―・―・―・―・―・―


「……ねえ、真一くん」


 義母さんが、香織が去ってしばらくしてから、俺に話しかけてきた。


「……何でしょう」

「香織のことね……付き合えとはいわないけど、妹としてだけでなく、真一くんの『彼女』みたいに、これからも接してもらえないかしら」

「はい? どういうことですか?」


 義母さんの真意が測りかねるので、聞き直すしかあるまい。


「香織は……兄としての真一くんに、どう接していいかわからないうちに、恋人として接してもらったと勘違いしちゃったから」

「………………」

「だから……兄としての真一くんと、異性としての真一くんの境界が曖昧なのね、きっと」

「……それは、なんとなくわかります」

「だから……香織が、自分に自信を持てるようになるまでは、無理に関係を変えずに、兄と恋人の境界を曖昧にしたまま、香織と接してほしいかな、って」


 さっきの香織のセリフを思い出す。


『……こんなわたしを、兄さんが好きでいてくれるなら……自分でさえキライだったわたしで、いいのかなって……』

『……だから、だから、自分で自分をスキになれるよう、変わらなきゃって、そう思ってたのに……』


 俺は『妹として』香織が好きだと言った。香織は、それを『恋人として』好きだと勘違いした。

 だが、それで自分に自信がなかった香織が、良い方向に変われるとするなら……その勘違いを無理に正そうととする必要はない、ってことかな。


『あの子なりに、自分を変えたくて必死』と以前義母さんが言っていたことも、一緒に思い出した。それが香織のためになるなら……俺はかまわない。その場しのぎにならないよう気をつける必要はあると思うけど。


「……わかりました」


 しかし、義母さんにそう返事したはいいが、俺は今まで香織に対し『妹として』しか接してないんだが。どうすりゃいいのだろう。

 ……まあ、今まで通り接すればいいか。下手に意識してはいけない。でも、香織がもし彼女になったとしたら、どうするんだろうか……


「あ、でも、真一くんはまだ高1、香織はまだ中3なんだから、節度は守ってちょうだいね?」


 妄想をぶち壊すように、義母さんから釘をさされた。はい、わかってますとも。


「肝に銘じておきます。じゃあ、あとは……父さん義母さんが、家で二人きりになれる時間を作れるよう、香織と相談してきますね」


 最後にナパーム弾を落とし、俺は香織の部屋へ向かった。


 彼女か……

 俺の脳内に、そんな言葉で連想される、ふたりの顔が浮かぶ。


 香織と……美久。

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