義妹と、おはなし

「ただいまー」


 返事はない。……香織は部屋か。様子を見に行ってみるか。

 階段を上がって、香織の部屋の扉の前に立つ。


 コンコンコン。

「ぴゃっ! は、はい?」

「……香織。起きてるか? 中に入って良いか?」

「あ、に、兄さん? はい、どうぞ」


 ガチャ。

 了解を得て、扉を開ける。……よく考えたら、香織の部屋に入るのは初めてかもしれない。ちょっと緊張する。

 香織は、パジャマのままベッドに横たわっていた。俺が入ったのと同時に、上半身だけ起こす。


「無理しないで寝てて良いぞ。具合はどうだ?」

「あ、はい、大丈夫です。もともと……」

「……? もともと、どうした?」

「い、いえ、なんでもありません」


 香織はベッドで上半身を起こしたまま、下を向いてしまった。


「まあ元気そうでよかった。ほい、お見舞い」


 コンビニの袋に入ったままのハーゲンダッツアイスクリームを、香織に渡す。


「わぁ……ハーゲンダッツだ……ありがとうございます……」


 お気に召したようでよかった。香織の好みがよくわからなかったからな。


「ん。溶けないうちに食べてくれ。じゃあ、ごゆっくり」


 俺がそういって部屋から出ようとしたら。


「あっ……」


 ぎゅっ。

 制服の裾を香織に掴まれた。


「に、兄さん……もう少しだけ、そばにいてください……」


 俺が振り向くと視線をあわててそらしつつ、制服の裾をつまむ手にさらに力を込めてきた。……反則級のかわいさだわ。


「ああ、かまわないぞ」

「……嬉しいです」

「椅子、借りるな」


 香織の机に引っ込んでいた椅子をベッドの前に動かし、着席する。


「……一人で寝てるの、さみしかったです……」

「さみしがり屋なんだな、香織は」


 俺がそう言うと、香織は軽く首を横に振った。


「信頼できる人がそばにいてくれることが、わたしには嬉しかったんですね……」

「…………」

「兄さん。わたしの話をして良いですか……?」

「……ああ、もちろん」

「えへ。……わたしは、小さい頃から、人見知りする、暗い子でした。おかげで、友達といえる子も少なくて……」

「………………」

「……でも、とっても仲の良い友達が、ひとりだけいたんです。小学校までは」

「……小学校、まで、は?」

「はぃ……わたし、中学生になったら、クラスのみんなから無視されるようになって……」

「………………」


 なんと。香織がかわいいから、妬みでシカトされたんじゃないのか。


「……仲が良いと思っていた、その子にまで無視されちゃったのは、ショックでした……」

「………………」

「……そうして、お母さんが再婚して、こっちに引っ越してきて……こっちでも、引っ越してくる前と同じ目に遭いそうになった時に」

「………………」

「……助けてくれたのが、兄さん、なんです……」


 香織は鼻声になっている。


「……知り合って間もないのに、家族になって間もないのに……こんなわたしのために、本気になってくれている……嬉しくて泣いたのなんて、その時が初めてでした」

「………………」

「……信頼できる人は、知り合ってからの時間なんて、関係ないんだって。血のつながりなんて、関係ないんだって。そう教えてくれたのは、兄さんなんです。なのに……」

「…………」

「恥ずかしくて、照れくさくて、こんなわたしが妹でいいのかって、迷惑じゃないかって……いろんな感情がごちゃごちゃになって、兄さんにお礼すら言えなくて……ごめんなさい」

「……」

「兄さんのいないこの家は、さみしくて……泣きそうでした」

「……バカだな。香織」


 俺は、香織の頭をそっとなでた。


「……あっ」

「俺は、香織のことが、大事なんだ。兄として妹を守るなんざ、当たり前のことだ。家族になるって、そういうことだ」

「…………はぃ」

「俺は、香織のことを守るぞ。いやがってもな」

「…………はぃ、はぃぃぃぃ……いやなわけありません、兄さん、大好きです……」


 香織はポロポロと泣きながら抱きついてきた。つらかったろうな、今までは。


「……兄さん、兄さん……」


 いろいろ感情がごちゃまぜになった香織が泣きやむのは、アイスクリームが溶けてしまってからだった。


 ……うん、兄として『大好き』と妹に言われるのは、悪くないな。悪くない。

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