本妻と、現地妻

 さて、放課後だ。帰ろうか。……と思ったら、今日は来客があった。


「……また勧誘ですか、柔道部部長さん」

「矢吹君、頼む! 君なら全国も狙えるはずだ」

「……六十六キロ級では、無理ですよ。ブランクもあるし」

「むう、だが、あの『平成の四五郎』からも認められた君の才能は惜しいと思うのだが…」

「もう過去の話です。だいいち、俺が所属したら柔道部に迷惑かかりますから。では、失礼します」

「……柔道部は、いつでも君を歓迎するからな!」


 ……暑苦しい。俺はもうスポーツ柔道などする気はない。あんな……インチキなど。

 柔道部部長の誘いなど乗るわけもなく、俺は帰路に就こうとした。だがその時。


「……真一。まーた、誘い断ったの? ま、気持ちはわかるけど」


 美久が後ろから声をかけてきた。


「……美久か。まあ、んなことはどうでもいい。これから部活か?」

「ううん、今日は顧問が休みだから部活なし。よかったら一緒に帰らない?」

「ああ、いいぞ」


 美久と帰りが一緒なのも久しぶりだ。二人並んで正門をくぐろうとすると……そこには。


「に、兄さん」


 香織が待っていた。二日連続じゃないか。


「……香織。どうした、いったい」

「に、兄さんと一緒に帰ろうと思いまして。……迷惑、でしたか?」

「……んなことないけど」


 なんだろう、この香織の豹変ぶりに、俺の方が戸惑いっぱなしだ。


「……よかった。じゃあ、帰りま」

「わー! 噂の妹ちゃん? お話しするのは初めてだよね」


 美久が割って入ってきた。そういや、この二人は話したことないな。


「……は、はい。あなたは……?」

「あ、失礼。あたしは有田 美久。真一の幼なじみで、悪友かな? よろしくね、妹ちゃん」

「……い、妹ちゃんじゃありません。香織、です……」

「あ、ごめんね香織ちゃん。まあこれからよろしくだよ!」


 気のせいか、フレンドリーに振る舞う美久と正反対に、香織には敵意が伺える。


「に、兄さんに現地妻が……ううん、わたしは本妻、本妻はわたし……」


 なにやらわけのわからないひとりごとをブツブツ言っている香織がこわい。とりあえず、触れないほうが身のためだな、と直感した俺は、ひとりで先に歩き出した。


―・―・―・―・―・―・―


「そっか。香織ちゃんは受験生なんだもんね。どこの高校受けるか決まったの?」

「あ、はい、一応、兄さんと同じ高校を……」


 美久と香織が仲良く話している……ようにも見える。というより、昨日の時点では決めてなかったはずなのに、うちの高校に決めたのか。


「わー! じゃ、来年からは三人で通えるね! やっぱり、真一がいるから決めたの?」

「………………は、はぃ……」


 香織は真っ赤になりつつ下を向いたまま。やはり、内気な性格はそうは変わらないな。美久は人懐っこいから、相性は悪くないと思いたい。


だが。


「……ふーん。真一もやるわねー、たった一日で」

「……その目はやめろ」


 美久が口元をニヤニヤさせながらも、鋭い目で俺を見て。


「……兄さんは、わたしの、です」


 香織が、敵意らしきものを込めた目で美久を見て。


 俺は、中にある感情を探るように香織を見ている。立派な三すくみだ。なんで香織は、美久を敵視するように睨むのか。


「じゃあ、あたしはここで。真一、香織ちゃん、またね」

「……さよなら」

「おう。また明日な」


 美久が別れを告げ、視界から消えたその時。


「……あの方は、現地妻、ですか?」


 香織が冷たい声で、ボソッと言った。下を向いたままで、視線は合わせていない。


「…………現地妻って、どういう意味だ?」

「本妻は、わたし、ですよね?」

「…………本妻って、どういう意味だ?」

「………………」


 なんとなく香織に見えない壁を感じて、それ以上ツッコミを入れられなかった。背筋が寒くなってきた気がする。


「……兄さんのたぎる欲望は、本妻のわたしが解消しないと……」

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