16 集会(1)
「集まったようだな」
ガフの言葉に小屋の中のざわつきは収まり、皆の注目がガフへ集まる。
「皆、知っての通り、バゴにはいつも村の門番をしてもらっている。そのバゴから今朝あったことを皆に伝えてもらう」
ガフの声はゆっくりとして低く、体に響いてくるような重さがあった。
皆は静かにガフの隣にいるバゴへと注目を移して、その言葉を待った。
「今朝、いつものように村の入口で俺は道を見張っていた。といってもほとんど人が通らないから、只のんびり眺めていただけなんだけど」
バゴの軽い口調に、緊張していた若い村人達がほっとしたように肩の力を抜く。
どうやらそこまで深刻な話ではないのかもしれない。胡坐をかいて座るイサムの体からも緊張が少し抜けた。
「けど今日はいつもと違っていた。道の奥から、山の方じゃない、街の方だ。馬に乗って走ってくる人の姿が見えたんだ」
途端、数人の村人がざわつき、緊張した面持ちとなった。
イサムには今の言葉の何処に緊張する要素があるのか、全くわからなかった。それはユーラに加えて、シーナやペルトを含む大半の村人も同じようだった。
しかしそんな中、数人の村人とナリアだけは何かを察したかのように険しい顔付きとなっていた。
「何人かは知ってると思うけど、村長は他の村と一緒に街道の方へ人を送っていた。それはある噂を確認するためだ。馬に乗ったそいつはその報告に来たんだ」
バゴの口調は相変わらず軽い。だが数人の緊張が伝播して、今は多くの村人が体を強張らせている。
イサムは話の内容を察して、ナリアの方をちらりと見た。
ナリアは先ほどまでの険しい表情を隠し、黙って話の続きを待っているようだった。
バゴが一旦言葉を区切り、ガフへ視線を向ける。ガフがその視線に頷き返すと、バゴは言葉を続けた。
「噂とは、街道沿いで教会が亜人狩りを行っているというものだ。報告はその噂が本当だったということ。そして数日中には教会の者がこの村に来るだろうということだった」
バゴの報告はその言葉で終わり、それから小屋の中には沈黙が訪れた。
話の内容は簡潔にまとまっていた。だがその短さに反して内容は重く、突然知らされたことの大きさに、多くの村人は事態を消化しきれておらず、只々顔に困惑を浮かべた。
「その、報告に来た者はどうしたんだ?」
「次の村へ報告に向かった。教会は巡礼路沿いに全ての村を巡るらしい」
「嘘なんじゃないか?」
「嘘ならそれでいいと思う。村に損はない。只、そこまでして嘘をつく理由はないんじゃないか?」
ようやく口を開いた村人がバゴにいくつか質問が投げ掛けて、バゴはそれに一つずつ丁寧に答えていく。
そうして回答が重ねられていくと、村人達はようやく村に迫り来る事態が大きな危機で、それが現実であることを認識した。
小屋の中は途端、喧騒と混乱に包まれた。
事態は認識したが、それにどう立ち向かっていけばいいのか。誰もがその答えを求めて、自分の中の不安を吐き出すようにガフとバゴに詰め寄り、大きな声で騒ぎ立て始めた。
「落ち着け!」
その様子を前にガフが一喝し、小屋の中は一瞬静まり返った。
「問題は、この村に亜人がいることが知られているかどうかだ。単に村に寄るだけならば遣り過ごせるかもしれない」
無事に済む可能性を示唆するガフの言葉に、村人達はざわつきながらも大人しくなっていく。
「この場に呼んだのは、本人や身内に亜人がいる者だ。周りの者で自分や家族のことを外に知らせた者がいないか、心当たりはないか思い出して欲しい」
ガフのその言葉を契機に、小屋の中には次第に元の喧騒が戻ってくる。
一人で考え込む者もいれば、周りと相談する者もいる。だが段々と増えてきたのは、ガフに対する文句の声だ。
「何で俺達を疑うんだ?」
「自分の娘だってそうなのに、どうして――」
「ここにいない者だって怪しいだろ!」
他の村を訪れるついでとしてならばいい。けれどバゴの話を聞いた限り、聖教会の亜人狩りはこの村を目標にやって来る。その状況での先ほどのガフの言葉は、事態を招いた原因を村の中から探そうとしているようにも聞こえてしまう。
巡礼路を旅してきたイサムは、この森の環境の厳しさをその身で感じてきた。一歩奥に進めば魔物がはびこる場所だ。皆で寄り集まって助け合わなければ、人は生きていけない。
その今まで支え合ってきた隣人を、ガフは疑ったのだ。そもそも今更それをする意味があるのかがイサムには疑問で、村人の反発も当然大きい。
「皆の言いたいことはわかる。しかしこれも村のためだ。どう対処するかを決めるためにも必要なことだ!!」
苦しそうな顔でそう告げるガフ。どうやら本気で言っているようだった。
そんな喧騒が続く中、一つの声が発せられた。
「怪しい奴ならここにいるじゃないか。この村に教会の者は一人しかいない」
その声は誰のものか。決して大きな声ではなかった。けれどその声はざわつく小屋の中でもよく響いた。
そして誰もが話すのを止め、その視線を一人の人物へと集中させた。
「私は知りません」
注目を浴びるナリアは怯むことなく、静かに一言だけそう告げる。
村人達は立ち上がると、ナリアやイサム達から距離を取った。そしてナリアを窺いながら、声を潜めてぼそぼそと話し合い始めた。
恐らく彼女の法術の世話になった感謝の念と、修道士が聖教会の行いを知らないわけがないという思いがぶつかっているのだろう。信じることも疑うことも難しいようで、彼らの話し合う声は止まない。
「彼らはずっと私の家にいた。外と連絡している姿は見ていない。それに彼らは村の恩人だ。恩人を疑うことは許されないぞ」
ガフの凄みのある声に、ナリアに向けられていた疑いの眼差しは外され、村人達は俯く。
「余所者を庇って身内を疑うのか!」
そこに再びナリアを咎める声が響いた。
「誰だ!? 今喋った奴は!!」
しかしガフの前へと進み出る者はいない。そして投げられた言葉に同調するように、小屋の中はまた騒然とし始めた。
目の前の光景がイサムにはひどく不快だった。
会合の最初では事態を聞くなり大変なことが迫っていると思い、村の部外者ながら不安を感じていた。しかし現在の一向に話が進まない会合の状況には呆れる他ない。
先ほどから村人が落ち着き、話が進むかと思いきや誰かから投げられる声に話が止まる。目に映るのは、村人達が自身の不安を他人へとぶつけ合う姿だ。それを前にすると、本当に裏切り者がこの場にいるのではないかと思えてしまう。こんなことをしている場合ではないはずなのに。
ナリアはじっと事態の推移を見守っている。当事者の一人と目されているのだ。迂闊に物は言えないだろう。村人と同じくイサムもナリアのことを信用しきれていなかった。それは昨晩の会話から、聖教会に属するナリアだけが知る何かがあることを察して、それがこの事態に関係しているような気がしたからだ。
またユーラが何をしているかといえば、我関せずと興味なさそうに座っている。亜人狩りというならばユーラにも関係あるだろうに、その態度は何が来ても対処できるという自信の表れか。只、イサムと同じく動きを見せない会合にはうんざりしているように見えた。
一部の村人達がガフとバゴに詰め寄り、大声でまくし立てている。
他の村人達はそれとは別に集まり、時折ナリアに視線を向けながら何事か話し合っている。
シーナやペルト、他の幾人かの村の子供はそれらの険悪な空気から逃れるように、村の大人達と距離を取っているイサム達の傍へ集まっていた。
「ラーメンさん……。ラーメンさん!」
あれからしばらく経っても騒然とし続ける小屋の中で、不意にイサムに声が掛かった。
集会がすぐには終わらないと思うと、イサムは周囲の観察にも飽きて何か考えるでもなくぼんやりとしていた。そうして呆けているところに声が掛かり、偽名もあって最初自分が呼ばれたのだと気付けずにいた。
慌てて声を掛けてきた方にイサムが視線をやれば、そこにはペルトがシーナを連れて立っていた。
「ラーメンさん、どうにかできませんか?」
イサムはペルトの言葉を聞いても、すぐにはその意味を理解できなかった。しばらくしてその場を離れないペルトに言葉の意味を理解するも、そのまま動くことができずにいた。
「どうして俺が?」
「エビチリさんが、ラーメンさんなら何とかできるって……」
イサムの問いに、ペルトに代わってシーナが答える。
イサムはユーラの方を睨むように見た。
しかしユーラはイサムから視線を逸らしたままで、合わせてくることはなかった。
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