五十一 関東平定


 たび重なる災害、以仁王の乱の余波、そして福原遷都。

 幾重もの要因で、治承4年6月の都は大混乱に陥っていた。


 一方、関東では、北条政子が猛威をふるっていた。

 伊豆、相模二国を掌握した政子は、手勢を率いて房総半島の南端、安房あわ国に上陸すると、さしたる抵抗もなくこの地の豪族を従える。


 返す刀で、政子は北隣の上総国に攻め込む。

 上総国では、大豪族、上総氏が、親平家と反平家に分かれ、泥沼の争いを繰り広げていた。



「藤九郎! 上総広常かずさひろつねに使いせよ!」


「はっ! 広常殿にはぁ、なんと伝えましょう?」


「ふむ。そうだな……」



 政子は考える。

 反平家の旗頭になっている上総広常は、政子にとって既知の人物だ。

 幼児の折は、大豪族を率いる長として。頼朝が伊豆守になってからは、その与党として、顔を合わせてきた。



 ――だが、今、この時、声をかけるならば。



 政子はにやりと笑い、言った。



力ある将門・・・・・が参ったぞ、ただちに馳せ参じよ――そう伝えよ!」



 幼いころの政子と上総広常のやりとりには、藤九郎も同席して聞いている。



「承知!」



 藤九郎は勢いよく声を張り上げると、一足先に駆けだした。


 数日後、政子のもとに上総広常率いる反平家の軍勢が参集する。



尼御台あまみだい様! どうかご下知を! この老骨を、御台様の――源氏の郎党として、存分にお使いください!」


「デアルカ! ならばこの上総から、平家の与党を叩きだすぞ! ついてこい!」


「ははあっ! この上総広常、御台様の元で戦えること、光栄に思いますぞっ! ぜひとも坂東をわれらの地にっ!」



 意気軒昂たる広常を従え、上総国の親平家勢力をすり潰した政子は、ほとんど休まず北の下総国に攻め込み、有力豪族の千葉常胤ちばつねたねを騎下に納める。


 この頃になると、西隣の武蔵むさし国でも、変化が起きている。



 ――北条政子の侵攻が速すぎる! 平家に援軍を頼んでも、とうてい間に合わない!



 もともと武蔵国では、政子に従っていた者も多い。

 その上、彼女が関東で猛威をふるう様を見せられては、親平家だった豪族たちも、抗戦をあきらめざるを得ない。

 ほとんど無血で、短期の内に武蔵国の諸豪族を従属させた政子は、7月末、相模国衣笠城に戻って来た。東京湾に沿って、各国をぐるりと一周してきた形だ。


 衣笠城は相模三浦氏の居城だ。

 三浦義明みうらよしあきの好意で借り受けて入るが、いずれ本格的な行政府を作らねばならない。



 ――伊豆は関東の西の端。チト遠い。作るなら、やはり鎌倉がよかろうか。



 そんなことを思案しつつ、伊豆から呼び寄せた北条家官僚団に、一連の戦の論功行賞のたたき台をつくらせる。

 親平家勢力の所領を奪ったものの、元は反平家の武士から奪った所領だという事案も多い。下手な賞与はかえって争いを産みかねないので、慎重に行わねばならない。



「御恩と奉公。まずは坂東武者ヤンキーどもにわかりやすく主従関係を教え込まねばな」



 言いながらも、政子の目は西を見すえている。

 決起から二ヶ月。すでに反乱の事実は、平家に伝わっているだろう。


 関東に伝わってくる都の情勢は混乱を極めている。

 すでに平家が関東の反乱鎮圧の軍を出した、という話もあれば、以仁王が南都に逃れ、平家の軍と対峙しているという話もある。


 都に確かな筋を持つ政子でこれだ。他はもっとひどい。与太話の類しか耳に入らない者も多い。


 だが、そんな状態にあっても、政子は都の状況を、ほぼ正確に把握していた。



 ――わしが動く以上、歴史は変わる。それは避けられぬ。



「じゃが、京から入って来る噂を、歴史に照らしあわせれば、おのずと真実は見えて来る」



 以仁王の乱が起こり、福原遷都が行われたならば、畿内が混乱していることは確実だ。

 この状況で関東へ遠征など、望むべくもない。鎮圧にかかる時間、を考えれば。



「――北関東に割ける時間は……すくなくとも、兵馬を用いておっては間に合うまいな」



 上野こうづけ国、下野しもつけ国、常陸ひたち国。

 政子は脳裏に、北関東の情勢を思い描く。


 下野国では有力豪族の小山おやま氏が頼朝の弟、源範頼みなもとののりよりを擁立し、平家方の藤姓足利氏や、隣国常陸国の佐竹さたけ、敵を同じくするはずの志田義広しだよしひろ(源義広。頼朝の叔父)とにらみ合っている。



「御台所様、佐竹は許されざる敵ですぞ!」


「奥方様! 気に食わねえ佐竹野郎をぶっちめてやりましょうぜー!」



 佐竹と土地問題を抱えている上総広常や千葉常胤が、勢いづいて主張してくるのが鬱陶しい。



「平家が畿内の反乱鎮圧に動いておる。それが済めばこちらに来よう。まずはそちらぞ」



 そう言って引き下がらせたが、いずれ解決せねばならぬ問題ではある。



「とはいえ、厄介なのは小山ぞ」



 政子はため息をつく。


 政子とは別の旗頭を持つ勢力だ。本質的には敵と言っていい。

 ただし、小山の当主は在京にて不在。現在は当主の妻である寒川尼さむかわのあまが一族を指揮している。


 寒川尼は頼朝の乳母。

 そして彼女が擁する源範頼は頼朝の異母弟だ。

 勢力として厄介なこと以上に、扱いに困る連中である。



「それに、上野国の新田にったも面倒くさい」



 新田氏は上野国の半ばを領有する巨大豪族だ。

 まだ去就を明らかにしていないが、立ち位置としては平家寄りである。


 攻めるに遠慮はないが、いかんせん勢力が巨大すぎる。

 新田を滅ぼす間に、平家の追討軍に攻めて来られてはたまらない。

 かといって新田を放置すれば、追討軍との戦いの折、背後を気にしなくてはならない。

 史実では日和見を決め込んだ新田だが、状況が変わった今もそうなるとは限らないのだ。



「ええい、いまいましい……」



 政子が苦虫をかみつぶしていると、兄の北条宗時が、思わぬ解決策を持ってきた。



「政子、新田の事だがな。こちら側に引き込めるかもしれない」


「ふむ? 兄者、なにか伝手があるのか?」


「ああ。これは頼朝様の仕込みなんだがな……以仁王の令旨を一緒に持ってきた方を覚えているか?」


「ふむ。あの威丈夫じゃな? 兄上の従者だと思っておったが」


「いや、あの方はだな……新田の当主、新田義重にったよししげ様の甥、八条院蔵人、足利義兼あしかがよしかね殿なのだ」


「よし、首斬れぃっ!!」



 即座に斬首命令を出した政子だが、宗時に全力で止められた。

 ちなみに足利義兼は足利尊氏の先祖であり、織田信長をさんざんに振りまわした足利義昭の先祖でもある。



「ぜいぜい……わかった。しかたない。兄上に免じてあのデクノボウを使者に送ってやるわ」


「はあはあ、ようやくわかってくれたか……」



 政子が仏頂面で送り出した足利義兼は、新田義重の説得に成功。所領の安堵を条件に、義重は政子の騎下に納まる。

 この情勢変化を見て、小山は方向を転換。寒川尼は源範頼とともに政子の元に参じ、その指揮下に入った。


 これにより、北条政子の反乱勢力は、関東の大部分を支配することとなる。

 時に治承4年9月。平家との全面戦争は、間近に迫っている。





宗時「あと頼朝様は、義兼殿に北条の娘を娶らせて、相婿にしたいとおっしゃっていたんだが……」

政子「よしやっぱり斬る!」

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