十三 驕れ平家
「おかしい」
北条屋敷の自室で、政子はつぶやいた。
時に
だというのに、身長は八つのころからそれほど伸びていない。
そのくせ筋力は人並み以上に成長しているのだから、いびつな育ち方である。
「これでは不便で
現状この体でも、弓矢は使えるし馬にも乗れる。
だが、なんだかんだいって、人間見た目が大事である。
幼女のままの姿では、戦場にゆくにも、調停の場に出るにも、侮られてしまう。
魔王オーラでねじ伏せるにしろ、ベースが
「くくく、まあ、しょせん成長が遅いというだけのこと。いずれ大きくなる。きっと。大丈夫であろうな……いや、それよりいまは我が家を強くする。そのことよ」
総動員しても二十騎ていどの中小
じりじりとしか広げられないのは、組織を支える地力がないからだ。とはいえ、国府に納める税の絶妙なちょろまかしや交易など、時政なりにいろいろやっているので、同程度の家よりは、よほど裕福なのだが。
――しかし、平安の世とは、これほど商いが貧弱か。
戦国の世の
交易も行われるが、それほどの規模ではない。品も豊富とは言い難い。そもそも、銭がろくに流通していない。
宋銭の大規模流通を図っている
その清盛も、このたび
前世の話であっても、位で追い抜かれるのは微妙に腹立たしいが、ともかく、世は順調に平家の天下に移り変わりつつある。
「それでよい」
政子は口の端を曲げて笑う。
清盛はしょせん武士の出だ。
それが位人臣を極めれば、どうなるか。
皇族や、摂関家、公家といった目上からは、「なぜこんな
下級貴族や坂東平氏などからは、「なぜおれたちを差し置いてあいつらだけが」という不満が。
上も、下も、不満で満ちるだろう。
純粋に能力でいえば、武に関しても政治に関しても、清盛は当代一級の人物だ。
だが、哀しいかな生まれが卑しかった。ただそれだけのことで、清盛の出世は平家にとっての毒となっている。
だからこそ、清盛は天皇家や摂関家との積極的な融和を図ったのだが、それがよけいに各方面からの不満を産むのだ。
「この不満が、乱を産む。この不満が、世を変える原動力となる。だから平家よ、清盛よ! 栄えよ!
「人間五十年……」政子は「敦盛」の一節を口ずさむ。
平清盛、この時奇しくも五十歳。
◆
「とはいえ、源平の合戦が始まるのがまだ十年以上先、であるか」
以仁王の乱から始まる日本全国を巻き込む大乱は、まだ先の出来事だ。
機が熟す前に派手なことをやらかしては、着実に勢力を広げている平家や朝廷に叩き潰されるだろう。
ゆえに、出来ることといえば財を蓄え、武力を養い、交流を広げる。それだけだ。
「
「あねうえ、なにを笑っておられるのですか?」
と、部屋に入ってきたのは、妹の保子だ。
七歳になる少女は、歳相応のあどけなさで小首をかしげている。
「保子か。気にするな。父が元気なのはいいことだと思ったまでよ」
政子が答えると、少女は「まあ」と微笑みながら両手を合わせて言った。
「それはとってもよいことだとおもいます!」
「そうであろう、そうであろう!」
政子は無駄に偉そうに胸を張る。
いつもならば魔王オーラを盛大に撒き散らすところだが、どうも妹相手だと癒されてしまってオーラの出が悪い。
「そういえばあねうえ、お部屋でなにを思案されていたのですか? あにうえがとっても不安がっていましたけれど」
「ふふ、兄者にはもはや言うべきことはない。あとは実地で経験を積むのみ。我が手となり足となりて存分に働いてもらわねばならぬ。とりあえずは父に代わり家の運営と各方面の折衝を、わしに代わり子弟どもの教育と訓練を任せておこうと思っておる」
「あにうえしんじゃいます」
「
「あにうえをいたわってあげてくださいね?」
保子の言葉を無視して、政子は思案を深める。
「木っ端武士を寄せ集めるなど性に会わぬ。どうせなら当代一の武辺を従えたいものよ……ふむ、となると
無茶な人材をさらっと挙げながら、政子は最後に本命の名を口にした。
「
最大級に無茶だった。
◆
北条保子……後の阿波局。源頼朝の異母弟である
源為朝……おそらくこの時代最強の武将。保元の乱で源義朝と敵対した頼朝の叔父。九州や伊豆七島で暴れまった無法者。
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