十三 驕れ平家

「おかしい」



 北条屋敷の自室で、政子はつぶやいた。

 時に仁安にんあん二年(1167年)。政子は十歳となっている。

 だというのに、身長は八つのころからそれほど伸びていない。

 そのくせ筋力は人並み以上に成長しているのだから、いびつな育ち方である。



「これでは不便で仕方ちかたないわ」



 現状この体でも、弓矢は使えるし馬にも乗れる。

 だが、なんだかんだいって、人間見た目が大事である。

 幼女のままの姿では、戦場にゆくにも、調停の場に出るにも、侮られてしまう。

 魔王オーラでねじ伏せるにしろ、ベースが第六天魔王のぶなが幼女まさこでは影響力がかなり違う。



「くくく、まあ、しょせん成長が遅いというだけのこと。いずれ大きくなる。きっと。大丈夫であろうな……いや、それよりいまは我が家を強くする。そのことよ」



 総動員しても二十騎ていどの中小武士団きぎょうだった北条家も、じりじりと規模を大きくしている。

 じりじりとしか広げられないのは、組織を支える地力がないからだ。とはいえ、国府に納める税の絶妙なちょろまかしや交易など、時政なりにいろいろやっているので、同程度の家よりは、よほど裕福なのだが。



 ――しかし、平安の世とは、これほど商いが貧弱か。



 戦国の世の津島つしま熱田あつたさかいなどの商業都市を知る政子=信長にとっては、そこがいかにも不満である。

 交易も行われるが、それほどの規模ではない。品も豊富とは言い難い。そもそも、銭がろくに流通していない。

 宋銭の大規模流通を図っている平清盛たいらのきよもりを、いっそ全力で支援したいくらいである。支援しようにも北条家こちらは実力不足過ぎてどうしようもないが。


 その清盛も、このたび従一位太政大臣じゅいちいだいじょうだいじんに上り詰めた。

 前世の話であっても、位で追い抜かれるのは微妙に腹立たしいが、ともかく、世は順調に平家の天下に移り変わりつつある。



「それでよい」



 政子は口の端を曲げて笑う。


 清盛はしょせん武士の出だ。

 それが位人臣を極めれば、どうなるか。

 皇族や、摂関家、公家といった目上からは、「なぜこんな下賎げせんが」という不満が。

 下級貴族や坂東平氏などからは、「なぜおれたちを差し置いてあいつらだけが」という不満が。


 上も、下も、不満で満ちるだろう。

 純粋に能力でいえば、武に関しても政治に関しても、清盛は当代一級の人物だ。

 だが、哀しいかな生まれが卑しかった。ただそれだけのことで、清盛の出世は平家にとっての毒となっている。

 だからこそ、清盛は天皇家や摂関家との積極的な融和を図ったのだが、それがよけいに各方面からの不満を産むのだ。



「この不満が、乱を産む。この不満が、世を変える原動力となる。だから平家よ、清盛よ! 栄えよ! おごれ! ……そして、時代のあだ花として滅びるのだ――このわしのために!」



「人間五十年……」政子は「敦盛」の一節を口ずさむ。

 平清盛、この時奇しくも五十歳。







「とはいえ、源平の合戦が始まるのがまだ十年以上先、であるか」



 以仁王の乱から始まる日本全国を巻き込む大乱は、まだ先の出来事だ。

 機が熟す前に派手なことをやらかしては、着実に勢力を広げている平家や朝廷に叩き潰されるだろう。


 ゆえに、出来ることといえば財を蓄え、武力を養い、交流を広げる。それだけだ。



信長わしの人生で例えるなら、いまはまだ吉法師きっぽうしと呼ばれた時代ときか……くくく、北条時政おやじどのは殺しても死にそうにないがな」


「あねうえ、なにを笑っておられるのですか?」



 と、部屋に入ってきたのは、妹の保子だ。

 七歳になる少女は、歳相応のあどけなさで小首をかしげている。



「保子か。気にするな。父が元気なのはいいことだと思ったまでよ」



 政子が答えると、少女は「まあ」と微笑みながら両手を合わせて言った。



「それはとってもよいことだとおもいます!」


「そうであろう、そうであろう!」



 政子は無駄に偉そうに胸を張る。

 いつもならば魔王オーラを盛大に撒き散らすところだが、どうも妹相手だと癒されてしまってオーラの出が悪い。



「そういえばあねうえ、お部屋でなにを思案されていたのですか? あにうえがとっても不安がっていましたけれど」


「ふふ、兄者にはもはや言うべきことはない。あとは実地で経験を積むのみ。我が手となり足となりて存分に働いてもらわねばならぬ。とりあえずは父に代わり家の運営と各方面の折衝を、わしに代わり子弟どもの教育と訓練を任せておこうと思っておる」


「あにうえしんじゃいます」


縁故コネづくりや蓄財に関しては、父に任せて大過あるまい。もろもろの開発については、資金の余裕なきゆえ騙し騙しでしかできん……となると、いま求めるべきは武力、か」


「あにうえをいたわってあげてくださいね?」



 保子の言葉を無視して、政子は思案を深める。



「木っ端武士を寄せ集めるなど性に会わぬ。どうせなら当代一の武辺を従えたいものよ……ふむ、となると畠山重忠はたけやましげただ平教経たいらののりつねか……それとも」



 無茶な人材をさらっと挙げながら、政子は最後に本命の名を口にした。



源為朝みなもとのためともか」



 最大級に無茶だった。






北条保子……後の阿波局。源頼朝の異母弟である阿野全成あのぜんじょうに嫁ぐ。

源為朝……おそらくこの時代最強の武将。保元の乱で源義朝と敵対した頼朝の叔父。九州や伊豆七島で暴れまった無法者。

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