第387話この女を怒らせない様にしよう

「君ら、もう少し頭使おうよ」


 現在私は珍しくマトモに説教中。


 一夜経って記念すべき一戦目。

 これがまた酷い。


 まず第一に連携なんてあったものではない。

 アベルが突撃、ダリアも突撃、二人が射線を空けずに戦う為に後衛は魔法が撃てずに棒立ち状態。

 押し込まれて射線が空けば、後衛をフォローする人間は誰も居ないという状況。

 ヒストリアがなんとか【結界】で一撃を受け止め、そこまでの間、魔力をために溜めていたエイラの攻撃でなんとか勝てただけという、なんとも目を覆いたくなる感じだった。


「そうは言っても俺達だって頑張って──」


「アホか。頑張るのと何も考えないのは違うわボケ」


 言い訳をしようとしたアベルの言葉をぶった切り一喝する。


「まずアベル。盾役として前に出るのは良い。けど後衛の射線を空ける事も無くずっと張り付くだけじゃ意味が無い」


「うっ、はい」


「それにダリアもだ。お前、なんで格上相手に真正面から突っ込んでんだ。勝てるわけねぇだろ? 私はそんなん教えた覚えは全く無いぞ。アベルが正面で抑えてるんだから、後ろに回るなり、注意を逸らすなりいくらでも出来ただろ」


「それは……」


 私の言葉を聞き項垂れるアベルとダリア。そんな二人を見ながら全くだ。と言わんばかりに頷くヒストリアとエイラの二人だが──。


「いや、お前らもだからな……」


「えっ? 私達もですか?」


 むしろなんでそんなに不服そうな顔してるのかが分からない。


「当たり前でしょ。いくらこの二人が馬鹿みたいに突貫して射線防いでても、出来る事もやれる事も山ほどあるだろ」


 私の言葉に二人は思案するが、どうやら思い至らないようだ。


「はぁ……。ヒストリア、お前あれだけ練習してバフデバフ……じゃ無くて、強化魔法に弱体化魔法覚えただろ。あれを使ってアベル達を強化したりは出来たはずだぞ?」


「……すみません。強化は戦闘前に使う物だったので、全く頭に無かったです」


「まあ、戦闘中にいきなり身体能力が上がれば戸惑うから必ずしも正しい訳じゃないけどな。それにしても敵に対しての弱体化魔法は出来た。それに、ヒストリアはこのレベルのモンスター相手だと一人で状況を打開出来る訳じゃないんだ。手持ち無沙汰で戦い見てないで、常に周囲の気配を探って警戒しないと」


「すみません。確かにその通りですね」


「いざとなったらダリアを呼び戻すなり、エイラに頼んで先制攻撃するなり方法は沢山あるんだから」


「はい」


「そしてエイラ。補助魔法が出来なくても、例えば敵の足元を泥にして妨害、相手を凍らせるなんて事も、今のエイラなら出来るはずだよ。それに他の方法だって直接魔法を当てるだけが仕事じゃないぞ」


「そうね……。頭では分かっていたつもりでも、まだ前と同じような考えだったみたい」


「魔法をちゃんと扱う事が出来る今のエイラなら、例え射線を塞がれていても出来る事は沢山あるし、なんならその状態でも当てる事は出来る。だから考えろ。考えて想像して常に模索しろ。これは全員に言える事だからな」


 全員が私の言葉に考え込む。

 修行後の初の実戦は、どうやら前までの感覚との違いがまだ馴染んでいないようだ。


「おい、白亜」


「ん、分かってる。丁度いいから今度こそちゃんと見てろ」


 血の匂いに釣られてやって来たブラッドグリズリーを視界に捉えながら、一歩前に進み出てアベル達にそう伝える。


「瑠璃、前よろしく。私がやったら頼む」


「了解です」


「澪は適当な感じで……倒すなよ?」


「雑だなおい。まあ、わかったが」


 簡単に指示を出した私は、早速ブラッドグリズリーへと向かって行く瑠璃の背中を見送ると、【怠惰の邪眼】をブラッドグリズリーに使い鈍重状態にする。


 鈍重を掛けられ明らかにスピードの下がったブラッドグリズリーの攻撃では、どう足掻いた所で瑠璃にかすり傷一つ負わせる事が出来ない。

 しかしそれだけでこちらのターンは終わらない。

 攻撃を繰り出し続けるブラッドグリズリーが、澪に足元を凍らされ地面に足を縫い付けられる。それと同時に死角に移動していた私はナイフを投げつけた。

 だが、投擲しただけのただのナイフでは、ブラッドグリズリーの身体には傷一つ付けることは出来ない。


 しかしそれで良い。


 攻撃を受けた事で瑠璃から視線を剥がし、私へと増悪を募らせるブラッドグリズリーの隙を突き、瑠璃の痛烈な【柔破拳】の一撃が腹部に突き刺さり、内部からドウッ! と、音を立ててその巨体が崩れ落ちた。


 ……うわ。一撃かよ。


 これは水転流の【水破】を応用して、気と魔力を混合する事で、更に凶悪な進化を遂げた瑠璃の新技【水蛇みずかがち】だ。

 この技は【柔破拳】を打ち込むと同時に、相手の内部へと流し込まれた気と魔力が、身体の内側で蛇のように暴れ回り、内部爆発を起こすという凶悪極まりないものだ。


 しかもこれ何がエグイかって、成長して【柔拳】が【柔破拳】になった事で防御を完全無視出来るようになり、それを搦めた攻撃だから威力がとんでもないんだよね。

 私が喰らえば同じくワンパンだろう。


 見れば瑠璃の一撃だけで決まると思っていなかった澪が、追撃をする為に片手を上げたままの格好で固まっている。

 当然だ。私だってあのクソみたいに硬い外皮を持つブラッドグリズリーを、一撃で倒すなんて思ってもみなかった。


 瑠璃越しに澪と目が合う。


 そして同時にこくんと頷く。


((この女を怒らせないようにしよう))


 私達の心はこの瞬間、確かに一つになった。閑話休題。


「ま、まあ、多少想定外な事があったが大体はこんな感じだ。わかったか?」


 全員が瑠璃の攻撃に戸惑いながら、何度も首を縦に振る。


 どうやら格付けは完了したようだ。私が邪神と戦ってもなかなか得られなかったものを、一撃で見せ付けるとは恐ろしい女だ……。


 そんなこんなで進軍を再開。


 何度かギリギリでやり過ごし、遂に二度目の戦闘が始まった。


 私達の戦闘を見た直後に少しの間話していただけあって、今度は全員が流動的に動いている。

 相手を惹き付け、妨害、死角から攻撃、隙を突いた攻撃とまあまあの出来だ。

 しかし今度は前回と違い、危ない場面も無く、誰もかすり傷すら負わずに戦闘が終わった。


 ふむふむ。これなら行けるな。


 周囲の警戒を怠らず、戦闘の反省点を軽く話しているアベル達を見て、そう判断した私はアベル達を労うと大切な事を伝える。


「さて、じゃあ私等は先に行くから頑張って森から出て来いよ」


「まっ、これなら行けるだろ」


「頑張って下さいね!」


「「「えっ!?」」」


「「「じゃっ!」」」


「「「え〜!!??」」」

 ▼▼▼▼▼▼

 アベル達から離れた私達は、感知出来るギリギリの範囲でアベル達の様子を見守る事にした。


「さて、どれくらいで出られると思う」


「うーん、早ければ二日。遅くても五日かな」


「そんなに掛かりますか?」


「恐らくね。ここで一番強いのはブレードマンティスだけど、それだって魔法が使えれば攻略は難しくない」


「それならもっと早くないですか?」


「いや、増えたとはいえあいつらの魔力量じゃそこまで長続きはしない。回復を視野に入れれば行軍は遅くなるし、時間が経てば経つほど集中も切れる。そうなれば戦闘回数も増えるはずだ」


「なるほどな。加えて言えば、戦闘を避けてもその分迂回するとなれば遅くなる……か」


「うん。まあ、あいつらには極限状態を乗り越えてもらわないとね」


 こうして、アベル達の修行が本格的に開始された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る