9. 真夜中の攻防

 軽い足音が近づいてくる。明紗は小さくほくそ笑んだ。隣のゲオルゲに目で合図を送る。変化の術で折られた角を元に戻し、更に細かな修正を加えた姿は、従兄弟同士ということもあってハーモンにそっくりだ。

 やってきた少女の暗い、おぼつかない瞳に満足して頷く。護衛だろう、腕に死神が変じた猫を抱いているが、明紗の術は例の死神少年の玉を通して完璧に彼女に掛かっている。後は、これで決定的な傷をつけてやれば、容易に精神を『破壊』することが出来るだろう。

 明紗は口元に妖しい笑みを浮かべ、瞳にとろりとした色気を乗せて、ゲオルゲを見上げた。ゲオルゲが口元に優しい笑みを浮かべて、彼女の腕を取り引き寄せる。

 優香の目が大きく開かれる。衝撃とその奥にあるのは嫉妬。それを横目で確認する。

 ゲオルゲが彼女を強く抱き締める。そのまま二人は熱っぽく見つめ合い、お互いに顔を寄せて唇を合わせた。  

 

 ズサリ……。音を立てて優香が冷たい地面に座り込む。瞬きすらしない目は驚愕に開かれている。明紗はそのうつろな瞳に腹の中で哄笑しつつ、ゲオルゲから離れると、彼女の精神に手を伸ばした。絶望に閉ざされた娘の精神に邪気を込めた力を注ぎ込む。

 そのとき明紗の足下に青い光の魔法陣が広がった。青白い光が彼女を包み

「浄!!」

 張りのある低い少年の声が響く。冥界人が邪気を負わされた魂を救うときに使う、強力な浄化術だ。

「がぁぁっ!!」

 魔力を根こそぎ削ぎ落とされ、思わず悲鳴を上げる。

「明玄!?」

 隣のゲオルゲが驚く。そのゲオルゲに

「よくも班長に化けて、優ちゃんをっ!!」

 マリンブルーの軍服を着たサリガニ少年が青龍刀を手に切り掛かった。


「法稔!」

 蓮っ葉な女性の声が優香の口から飛び出す。すとんと三毛猫が飛び降りると、手に極彩色の手鞠が現れほどける。

 その糸が寄り合わさり縄となり、魔法陣の中の少女を縛り上げた。

 じゃらり、数珠の音と共に黒い僧衣の狸型獣人の少年が優香の前に現れ、呪文を唱え、縄に更に浄化の力を込めた。

「かはっ!!」

 少女が膝を着き、姿が揺らぐ。柔らかなウェーブの掛かった茶色い髪の美少女が、黒いローブ姿の亀魔人に変じた。

「あれは?」

 優香が指を鳴らすと三毛猫が優香に変わる。次に艶然とした笑みを浮かべて、彼女は矢柄に菊を描いた、モダンな着物姿の猫型獣人、お玉に変わった。

「あれは玄さんの『元一番弟子』明玄さ」

「……貴様……」

 明玄が魔法陣の中から憎々しげにお玉を睨む。

「万に一つも優香ちゃんが傷付かないように、あたしが優香ちゃんに、優香ちゃんがあたしになっていたんだよ」

 にんまりと笑う。

「あれじゃあ、優香ちゃんに絶望の演技は難しかったしね」

「だって、いくらモウンに似せていても、土の気が全然違っていたもん」

 感応力の高い魔女がくすりと肩を揺らした。

「しかし、玄さんの言うとおりでしたね」

 明玄を封じながら、法稔が唸る。

「あんたが明玄のことを『沼のようによどみきった』と言ったときから、そうではないかと疑っていたみたいだけどね」

『奴はディギオンの元で禁呪を重ね、自らの魔力を増幅し続けた結果、元からの玄武族の魔力まで邪気に染め上げてしまったようじゃの』

 そう昨夜、明玄を見た玄庵から連絡があった。そこで明玄が優香を『破壊』しようとする、一番油断するときを狙って、法稔が彼が使える一番強い浄化術を掛けたのだ。

「お玉姐さんは優香さんと明玄をお願いします。私はシオンの援護に回ります」

 法稔が気を練り、公園の広場で戦っているシオンとゲオルゲに向いた。

 モウンの指摘どおり、二刀の青龍刀と大きなハサミで攻撃するシオンの四刀流に、ゲオルゲが押されている。

「くそおっ!!」

 シオンの刀を弾いたゲオルゲが力を込める。広場の整地された土がボコボコと浮き上がり、彼を襲う。しかし、それは彼に届く前に青い光に弾かれ霧散した。

「シオン!」

 法稔が印を組んで叫ぶ。

「土の術は私に任せて、剣だけに集中しろ!!」

「解った!!」

 振り下ろした二刀をゲオルゲが受ける。更にハサミが彼を襲う。右のハサミをかわした瞬間、左のハサミがゲオルゲの頬をえぐった。

「こいつっ!!」

 ゲオルゲが地面から土の槍を呼び出す。昨夜、モウンとアッシュをボロボロにした槍は、しかし、ディギオンの加護を受けられない、この地では法稔の防御術にあっけなく崩れた。

「班長なら、ボクの刀もハサミも、かすらせもしないよ!」

 シオンの言葉にゲオルゲが怒る。

「バカにするなっ!」

 シオンがわざと力を緩め、ゲオルゲに刀を弾かせる。後ろに引くふりをして

「はぁっ!!」

 左の青龍刀で下から上にゲオルゲの剣を跳ね上げる。次いで右の刀を横に一閃し、剣を弾き飛ばした。

「今だ!」

 お玉の手から極彩色の縄が飛ぶ。縄がゲオルゲを縛る。

「シオン! 『真水』を呼べ! 私が玄さんの代わりにサポートする!」

「うん!」

 シオンが青龍刀とハサミ四つを合わす。ゆらりとその前が揺らめき、水の第一種族、クラーケン族しか扱えないという、水の力が具現化したモノ、『真水』を魔海の底から召還する。

 じゃらりと法稔が数珠を鳴らして呪文を唱える。呼び出された『真水』が大きな水の玉になり、明玄とゲオルゲを包む。

「こんなものっ!!」

 ゲオルゲがまた土の槍を呼ぶ。しかし、それは『真水』の表にふれるとほろほろと泥となって溶けた。法稔が更に浄化の力を溶かし込む。

「これで、もう脱出は無理だね」

 お玉がふふと笑みを浮かべる。

「捕縛完了!」

 シオンが月の光の下、青龍刀を掲げた。

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