6. 新しい友人
和也の誘った郊外のアウトレットモールは、冬の合間の青空に誘われたように人であふれ、大きな袋を抱えた女性達やカートを押す家族連れが、楽しげに買い物をしていた。
『よし! 優香に似合うコートを探すわよ!』
『はいはい。……これは長い買い物になるな……優香ちゃん、覚悟は良い?』
『うん!』
賑やかな人の往来に、二年前の秋、エルゼとアッシュと自分の三人でモールを歩き回った光景が浮かぶ。
あのときは夕方まで掛かってコートを選んだ後、モウンとシオン、玄庵と合流して、近くのイタリアンレストランで晩ご飯を食べた。
『モウンとシオンがいると、食べ残しを気にしなくていいから、いろいろ頼めるね』
そう言ってメニューを開いた自分の横で、家計担当のアッシュが青くなっていたのを思い出し笑ってしまう。
今、着ているのは、そのとき買って貰ったコートだ。ゆるく首を振って、優香は待ち合わせ場所に向かった。目印の催事場の、バレンタインデーのチョコレート城が入ったケースの横に立つ。
「優香ちゃ~ん」
東口の方から二人の少女が駆け寄ってくる。
「
今日、和也に一緒に誘われた高校三年生の
「良いんですか? 受験生が遊びに出て」
「共通テストが終わったから。おじいちゃん達がたまには気晴らししても良いよって」
瑞穂は家族と、民間賃貸応急仮設制度を使ったアパートに住んでいる。通っていた関山市の佐伯高校は優香の商業高校同様、学校が閉鎖されているが、さすがに受験生なので、こちらの高校の補講に通っていた。
『麿様が目覚めたら、一番に合格したことをお伝えして、お花見にお連れするんだ!』
と気張っていた顔が、今日は少し落ち着いている。
……共通テスト、上手くいったみたい……。
受験生特有のピリピリした気が幾分抜けた瑞穂が、一緒に連れてくると言っていた友人を優香に引き合わせた。
「で、この子が、塾の友達の
「
ふんわりと柔らかくウェーブを掛けた茶色のロングヘアーの少女が、優香にぺこりと礼をする。
「皐月優香です」
こちらも礼をしながら、優香は内心、あれ? と首を傾げた。
優香は感応力に優れた魔女だ。特に同じ年頃の少女とのシンクロ率が高い。なのに瑞穂からは先ほどから、大きなテストが終わった後の安堵感と、久しぶりに憧れの先輩に会える高揚を感じているが、明紗からは全く何も感じない。
……いつもだったら明紗ちゃんくらいの歳の子なら、意識しなくても何か流れてくるのにな……。
「優香! 瑞穂!」
西口の方の通りから和也がやってくる。流行のカーキダウンを羽織ったミリタリースタイルを着こなした彼は、いつもながらクールに整った面立ちが映えてカッコイイ。
「和也先輩!」
ぱっと瑞穂の心が華やぐ。嬉しそうな弾む心が流れてくる。その気に優香の胸がきゅっと痛んだ。
ファッションショップやグッズショップを回って、モールに入っているチェーン店のカフェで休憩する。
期間限定だという甘ったるいチョコレートドリンクを啜りながら、明紗はテーブルの青年と少女達を伺っていた。
「共通テストの自己採点どうだった?」
「結構、良い点が取れました。先生がこれで後は前期試験、油断さえしなければ大丈夫だろうって」
「良かったな。じゃあ瑞穂がうちの大学に来るの楽しみにしているから」
癪だがゲオルゲの予想とおり、あの死神少年は土童神社の土地神の関係者に何かあったとき、すぐに対処出来るように法術の玉を渡していた。
それをたどり見つけ出した冥界の力を持つ富田瑞穂は、青年に惚れているらしい。楽しげに話す二人の横では、皐月優香が複雑な影のある笑みを浮かべていた。
……確か、数ヶ月前、ミュー家の女侯爵を審議した懲罰委員会の手の者の話では……。
ハーモン班に関する情報を集めていたときに、もたらされた報告を頭に浮かべる。
皐月優香がモウン・ハーモンの元を離れたのは、過去にハーモンが原因で彼女が家族に捨てられたことが明らかになったせいだ。
だが少女の顔を見ると、どうやらそれだけでもないらしい。
しかし、それにしても……。
皐月優香は死神少年の玉だけでなく、師の護符も持っている。コートのポケットには冥界の手のモノと思われる、護衛の猫がついていた。
いずれも自分がギリギリまで押さえ込んだ魔気のせいで反応してないが、よほど彼等にとって大切な娘らしい。
その厳重な警護にムラムラと彼女を『破壊』したいという欲望が湧き起こる。
富田瑞穂の側に『友達』として入り込んだ後、邪魔されず彼女の力を奪う為、何日も掛けて術の足掛かりを作っているが……。
……うっとおしい作業の良い気晴らしになりそうだ……。
「私、絶対に合格してみせます!」
「ああ、応援してるよ」
二人の会話にまた、優香の顔が羨ましさが浮かぶ。
明紗はすました顔で何気なく会話に入りながら、心の中でにんまりと微笑んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
眩しい夏の日差しの下、陽炎浮かぶアスファルトの上を大きな背中が去っていく。
「お父さん!」
蝉時雨が鳴り響く中を声を上げて追い掛けるが、背中は振り返ることなく小さくなり、やがて消える。
「……お父さん」
必死に走ってきた道を、たった一つの影法師と共にとぼとぼと帰る。風雨に黒く染まったざらついた木戸を開け、祖母の家の庭に入る。綺麗に剪定された濃い緑の木々の中に、モウンが自分達『家族』の写真の裏に隠していた写真の木があった。その下には若かかりし頃の美しい祖母が立っている。そして……。
「……モウン……」
モウンが時々姿を追っていた、あの熱っぽい目で祖母を見ている。太い逞しい腕を伸ばす。その腕の中に祖母が微笑みながら身を寄せる。
固く抱き合う二人に優香は呆然と地面に座り込んだ。
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