バース、デイ

愛佳

バース、デイ

「愛佳ちゃん、誕生日おめでとう!」

 教室に入るとともに一軍の子たちからかけられた大きな声。

 私、いつこのこたちに誕生日教えたっけ。

「え、今日愛佳ちゃん誕生日なの!?」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

 朝から、騒がしい。苦手だ。この雰囲気。

 昔っから他人ひとと接するのが苦手で本音を表に出すことができない。ネットに愚痴ることすらもできない。それにはそれなりの理由があるのだけど、もう過去の話だ。気にするだけ無駄だとは思っても他人と接するのがまだ苦手なあたり、まだ引きずっているのだろう。


 誕生日って、何がおめでたいんだろう。今日ずっとこの雰囲気なのかな。しんどいや。


 朝自習が始まり、終わる。

 1時間目が始まり、終わる。

 2時間目が始まり、終わる。

 3時間目も4時間目も、昼休みも5時間目も6時間目も始まり、終わる。

 この1日、いつもと何も変わらずにすべてが過ぎ去っていく。それなのに他人は誕生日を祝う。嬉しそうに。自分が何か成功したかのように。私は今まで他人の誕生日を心から祝えたことがない。


 だって人間って、害じゃない。地球に悪いじゃない。


 この世に産み落とされるなんて可哀想。これから生きていかなきゃいけないなんて、可哀想。これが私の考え。幼い服を身にまとい鉛筆を握りしめていた頃から、膝より短い丈のスカートをひらひらさせている今まで、ずっと変わらない。

 だから祝われたところで、嬉しくない。何に喜びを感じればいいのか、わからない。

『素直に喜べないなんて、可哀想な人生だね』

 いつか誰かに言われた言葉。どこが可哀想なのかわからなかった。感情って、そんなに必要なのか? あっても意味がないと思っていた。踏みつぶされるくらいなら。

 孤立するのを避けるために厚く厚く積み重ねてきた仮面はもうすでに外せなくなって、もう一人の自分であるかのように感じてきていた。


 偽物なのに。みんな、騙されちゃうなんて。


 1人歩く帰り道、役に立ちもしない考え事をする。私の癖。皮肉を言ったりもする。心の中でだけ。

 後ろから吹いていた風が私の耳の横でぴたっと止まった。見たことある顔。見慣れた顔。ふっと笑顔を作る。今日も、厚い。

「笑ってる顔、可愛い」

 ほら、見慣れた顔でも騙される。仮面はきっと私の特技とも言えるのだろう。

「でも、笑ってない」

「え?」


 笑ってないって、どういうこと? 笑ってるのに。笑ってるのに、笑ってない?


「誕生日、いつ?」

 風は私のことなんてお構いなしに話題を変えた。

 今日。笑顔で返す。

「本当の誕生日は?」

 今日。笑顔で返す。毎年祝ってたのに、どうしたのだろう。今日って言ってるのに。

「君はまだ、生まれられてない」

 言葉を残すと、止まっていた風は耳の横から去っていった。


 私は、ここにいるのに。とっくに生まれているのに。存在しているのに。


 また1人歩みながら考える。うまれるって、なんだろう。

 私はここにいる。ここに立っている。いろんなことを抱えて生きてきた。生まれている。生きていく中で、仮面が生まれた。深く被った。取り憑かれた。本音を隠した。誰にも言えなくなった。


 本当の私は、隠れてしまった?


 隠れてしまってもなお、本当に私はここにいると胸を張って言えるのだろうか。誰にも認識されてない。それでも? 

 言えない。そう風は思っているのだろう。きっと私がもっと奥深くにいることをわかっていて。だから。笑っているのに、笑ってない。


 そろそろ、外しどきなのかな。


 スマホを顔の前にかざして、目の前の人に向かって思いっきり笑って見せた。ぎこちなかった。




『私、今、生まれた』

 誕生日、おめでとう。

 ──ありがとう。

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バース、デイ 愛佳 @furea0825

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