After13 幼妻でお料理しちゃう唯花さん
はてさて。
今日も今日とて放課後になり、俺の家である。
場所は一階のリビング。
俺はテーブルで頬杖をつき、キッチンの方に目を向けている。
そこでは
「ふんふふふーん♪ ふふん、ふーん♪」
今期のお気に入りアニメの鼻歌を口ずさみつつ、唯花は料理に勤しんでいる。
制服の上からエプロン着用。
自慢の黒髪は邪魔にならないように髪留めでまとめてある。
その髪が鼻歌に合わせて右に左に揺れ、たまに覗くうなじがまぶしい。
みそ汁のいい匂いがしてきていた。
ご飯もそろそろ炊けるらしく、炊飯器からは白い蒸気が上がっている。
そんなキッチンの中心で唯花はきびきびと動いていた。
もはや幼妻である。
ごっこではなく、限りなく真実に近い、ニアリィ幼妻である。
「いい……」
俺は思わず吐息をこぼす。
いい。すごくいい。なんかもう最高だ。
視線の先では唯花が右手におたま、左手に小皿を持って、みそ汁の味見をしている。
「うーん、まだちょっと味薄いかなぁ……」
最近、唯花は料理に凝っている。
以前はどっちかと言うと料理は不器用だった唯花なのだが、このところ母親の
きっと何かの修行をしているのだろう。
何の修行かはわからんが、俺は頬が緩んで戻らんぜ。
「いい……」
ついつい、しみじみと言ってしまう。
と、唯花が黒髪を揺らして振り向いた。
「ねーねー、
呼ばれたので椅子から立ち上がり、キッチンの方へいく。
「おみそ汁、もうちょっと濃い方が奏太の好みかな?」
エプロン姿の唯花が少しだけみそ汁の入った小皿を差し出してくる。
なんかもうそれだけで俺は、
「いい……」
「いやまだ味見してないでしょ!? 何を言っているのかね、チミは!?」
おたまを上下に振りながら、ぷんすか怒られた。
いやもうその姿を見ただけで俺は、
「いい……」
「ダメだ、この男。早くなんとかしないと……」
がっくりと肩を落とす唯花。
その拍子にエプロンの紐が肩からちょっとズレたのもまた可愛い。
「いつもそうだけど、なんであたしがお料理していると、奏太は『いい……』しか言わなくなるの?」
それはしょうがない。
ニアリィ幼妻な唯花の前にして、言葉は無力なのだ。
最短で最善の賛辞しか出てこなくなる。
これはある意味、病と言ってもいいだろう。
そう、恋の病である。
……ま、なんてことはさすがに恥ずくて言えないが。
「そう、恋の病である」
「なんか恥ずかしいこと言ってるぅーっ!?」
しまったーっ!
言わないつもりが口から出てたーっ!
唯花はおたまをぶんぶん振って、耳を赤くしている。
「もうもうもう! 突然なにを言い出すのよ、奏太ってばもう!」
「いや、なんだ、その……失言だった。忘れてくれ」
やべえ、超恥ずい。
顔が熱くなって、俺は手のひらで覆い隠す。
唯花は唯花でおたまを使って自分の顔を隠そうとしていた。
もちろん小さすぎて隠れておらず、赤くなった頬が見えている。
……うん、可愛いなおい。
「な、なんでじっと見てくるのお……?」
「や、可愛いな……と思いまして」
「また恥ずかしいこと言ってるぅ……っ」
いかん、止まらん。
ニアリィ幼妻の唯花が相手だと本当止まらん。
このままではマズいことになる。
というのも、こういう空気になって夕飯の出来上がりが遅くなり、唯花を家に送っていくのも遅くなって、
ここはなんとか空気を変えねば。
「あー、味見だったか?」
「……あっ。うんうん、そうそう!」
俺の意図を汲み取って、唯花も話を合わせてきた。
「唯花ちゃんのおみそ汁をしかと味見するのです。あ、美味しくてもリアクションで服を爆発させたりしなくていいからね?」
「リアクションで服が爆発するってどういう味見だってばよ?」
食を戟してしまうのか。
「もしくは『美味いぞーっ!』って叫んで、富士山を登り始めちゃうとか」
「キッチンからシームレスに登山に移行するってどういう味見だってばよ?」
味の王になってしまうのか。
「とにかく濃い方がいいのか、薄い方がいいのか、教えるのです。はい、どーぞ」
「うむ……」
とりあえず、ちゃんと味見をしようと頭を切り替える。
しかし直後に俺はハッとした。
唯花が左手の小皿をこっちに向けている。
小皿を渡すというよりは俺に直で飲ませるような形だ。
なんかこれ……新婚さんっぽくないか!?
「いい……」
「なにが!?」
味見をする前に感想がこぼれてしまった。
いかんいかん、と思い、ちゃんとみそ汁を飲む。
……あ、間接キスだな、これ。
「あ、間接ちゅーだ、これ」
「――っ」
ごふっ、とむせてしまった。
苦しいのと照れくさいので俺は膝から崩れて激しくせき込む。
唯花が慌てて背中をさすってきた。
「もう、何してるのー? ふざけてないでちゃんと味見してよー」
「いや今のはお前が悪いじゃろ!?」
「だって思っちゃったんだもーん」
えへへー、と照れ笑い。
おのれ、本当可愛いな、ちくしょう。
「で、お味は?」
「普通に美味いぞ」
「そこは『いい……』じゃないんだ……」
「だって普通に美味いからな」
「むー、普通じゃダメなの。もっとこう、奏太の胃をぐわしって掴む感じにしたいのです」
「掴み方えぐいな……」
下手したら捩じ切れそうだぞ。
決して離さぬ、という不屈の意志を感じる。
しかしだ。
言葉の綾で普通と言ってしまったが、唯花の料理はちゃんと美味い。
たぶん最初から俺の好みを想定して作っているのだろう。
ここから濃い薄いなんてほぼ誤差の範囲だ。
それに正直なところ、唯花が作ってくれるものなら俺はなんだって美味い。
なんたってこんなニアリィ……否、パーフェクト幼妻が俺のために頑張って作ってくれるんだからな。
……あ、いかん。
なんかまた止まらなくなりそうだ。
鎮まれ、鎮まるんだ俺……っ。
「んー? どったの、奏太? また、けほけほしちゃいそう?」
唯花が再び俺の背中をさすり、無防備に顔を覗き込んできた。
その瞬間、俺は悟った。
あ、無理だこれ。
よし、我慢するのは諦めよう。
「聞いてる? ねえってば、奏――」
キスをした。
間接ではなく、直である。
「――ふえっ!?」
真っ赤になって仰け反る唯花。
俺は満足して立ち上がった。
「うむ、みそ汁も美味いが……」
ペロッと唇を舐めて、いい笑顔。
「やっぱり唯花が一番美味いな!」
「~~~っ」
しゅ~っと頭から煙を上げ、ぷるぷる震える唯花さん。
またエプロンの紐がずり下がった。大変かわゆい。
「も~っ、ばかばかっ。恥ずかしいことばっかりする奏太は退場! お料理の邪魔だからあっちいってなさーいっ!」
ぷんすかモードの唯花に背中をぐいぐい押され、追い出されてしまった。
俺は苦笑しながら「へいへい」と退散する。
その後、出来上がった夕飯を2人で美味しく頂いた。
いやぁ、なんつーか。
すげえ幸せだ。
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