After8 義妹の相談に乗ってみよう

 ここに生徒会お悩み相談は開始された。

 そう、開始されたのである。


 本日の相談者は俺たちの義妹いもうと星川ほしかわあおい


 相談内容はまさかの『伊織いおりくんがなかなかキス以上のことをしてくれなくて……』というものだった。


 ああ、なんということだろう。

 難しい相談だ。多角的に難しい質問だ。


 ともあれ。

 まずはしっかり話を聞くのがお悩み相談の基本である。


「さあ葵、詳しく話してくれ」


 俺は執務机で指を組み、厳かに促した。

 その後ろでは唯花ゆいかが俺に寄りかかるようにして前のめりになり、ぶんぶんと音がなるほど頷いている。


「えーと、その……」


 葵はなんとも言えない顔。

 しかしやがて諦めたようにため息をついた。


「……はあ。奏太そうた兄ちゃんさんと唯花お姉様さんのスイッチ入っちゃったこの感じ、もう逃げられそうにありません……」


 どうやら義兄と義姉に頼るべきだと悟ったようだ。

 実に懸命な義妹である。


 言いづらそうにモジモジし、葵は口を開いた。


「た、たとえばこれは最近のことなんですが……」

「ふむふむ」

「うんうん」


 恋人同士、葵と伊織はちょこちょこ夜に電話をするという。

 毎日学校で会ってはいても、わざわざ夜に電話するというのは何か特別感があって楽しい。それは俺たちにもよくわかる。


 唯花を如月きさらぎ家に送った後、俺も帰り道に電話で話しながら家に戻ったりするしな。


「でも夜遅くなると、伊織くんが『あ、こんな時間なのにまだ帰ってきてない。ごめん、葵ちゃん。ちょっと待ってて』って言って、一回電話を切ることがあって」


「ほう?」

「ほむほむ」


 俺と唯花は思案顔。


 葵と電話している最中に一度切る、と。

 それは不可解だな。


 伊織がわざわざ葵との電話を中断するなんて、一体何があるのだろう。


「たぶん他の誰かさんに電話してるんだと思います」


「他の誰か? 一体誰だ……?」

「見当もつかないのです」


 唯花と顔を見合わせる。


 中学の生徒会関連だろうか。

 伊織は真面目で責任感が強いからな。


「その電話が終わると、伊織くんは決まって思い詰めてるんです」

「思い詰めてる?」


「はい。まあ思い詰めてるというか、追いつめられてるというか。そしてすごい勢いで……」


 葵は来客用のソファーの上で微妙に肩を落とす。


「『僕は葵ちゃんのこと大切にするからね! 誰かさんたちみたいな不埒なことは絶対しないからね! 僕たちは清くて正しい学生らしい交際をしていこうね!』……って」


「…………」

「…………」


 再び唯花と顔を見合わせる。

 そして同時に首を傾げた。


「よく分からんな」

「伊織は誰に電話してるんだろうね?」

「ええっ、伝わってない!?」


 なぜかソファーから立ち上がらんばかりの葵。


「わたし今、遠回しを装いつつ、結構ストレートに言ったつもりなんですけど!? これで気がつかないって相当ですよ!?」


「まあまあ落ち着け、葵」

「なんか年上顔で諫められた!」


「大丈夫だよ、葵ちゃん。あたしたちは葵ちゃんの味方だから!」

「直接の原因が味方になる恐怖……!」


 葵は頭を抱えてうなだれる。


 誰にも相談できなかった悩みを口にしたことで、感情が不安定になってしまっているんだろう。お悩み相談にはよくあることだ。


 結局、伊織が夜更けに誰に電話をしているのかは分からない。

 その電話の結果、葵と清い交際を決意するというのも謎である。


 状況から察するに伊織に近しい人物たちが不埒な状態にあり、それを伊織が諫めているようだが……思い当たる節もないな。


 ともあれ、俺は厳かに口を開く。


「よく話してくれたな、葵。今まで辛かったろう」

「いえ、辛いといえば、お二人にぜんぜん伝わってない、このもどかしさが今は辛いですが……」


「しかしだ」


 一拍置き、俺は言葉を選ぶ。

 若干、微妙な気まずさはある。

 それでも言わねばならない。


「お前も伊織もまだ中学生だ。キス以上を求めるってのは、その、なんだ……まだちょっと早いんじゃないか?」


「――っ!?」


 途端、ボォッと燃えるように葵の頬が赤くなった。

 間髪を入れず、唯花から俺の頭にずびしっとチョップ。


「奏太、ストレート過ぎ!」

「あいてっ!? いやでもこういうことはストレートに言わねばならんじゃろうて」


 何をどう言っても二人はまだ中学生だ。

 キス以上の行為には責任が伴う。


 そういうことはもっと大人になってから、という判断は至極正しい。


 正直、伊織はとても真っ当なことを言っていると思う。

 真に葵を大切にしていると言えるだろう。


「……わ、わかってます」


 葵は真っ赤な顔を手で隠し、蚊の鳴くような声で言った。


「わたしだって別に積極的に……そ、そういうことをしたいって思ってるわけじゃないんです」


 さっきまで鋭く声を発していた姿から一転、そこには自信なさげな少女の姿があった。

 

「でもたまに不安になっちゃうんです……ひょっとしてわたし、女の子として魅力ないのかなって……」


 ああ、なるほど。

 俺は内心で頷いた。


 今でこそしっかり伊織の隣に立っている葵だが、もともとはとても自信のない少女だった。


 自分は伊織くんに相応しくない。

 かつてはそう言って、とても悩んでいた。


 伊織があまりに無欲なので、そんな気持ちがたまに揺り起こされてしまうのだろう。


 となると、解決の手段には一考を要する。

 伊織は間違っていないし、葵の気持ちももっともだ。


 二人の気持ちを上手く汲むには、そうだな――。


「葵ちゃん」


 ――と考えていると、ふいに唯花が一歩を踏み出した。


 執務机の横を通って、葵のそばに歩み寄ると、小さな体をそっと抱き締める。


「ゆ、唯花お姉様さん……?」


 驚いたような葵の声。

 しかし唯花は落ち着いた表情で頷き、葵のふわふわの髪を撫でる。


「わかるよ」

「え……?」


「大好きだからこそ、不安になっちゃうことってあるよね。あたしもそうだった」


 葵を見つめる瞳はとても優しかった。


「お部屋にこもってる時ね、奏太が毎日きてくれて、すっごく嬉しかったけど、でも『幼馴染として心配してくれてるのかな、それともちょっとは女の子としてみてくれてるのかな』って、あたしもぐるぐる悩んでたんだ」


「あ……」


 葵の唇から吐息がこぼれた。


「唯花お姉様さんでもこんなふうに悩んだんですか……」

「悩んだよー。あたし、自信ゼロのダメダメっ子だったもん」


 ほにゃっと相好を崩した笑顔。

 力の抜けた笑みが逆に頼もしく見えた。


 俺はくるっと椅子をまわして二人から背を向け、窓の方を向く。


 ……どうやら俺の出番はなさそうだな。


 いい感じに唯花のお姉ちゃんモードが炸裂していた。

 普段は俺を甘やかそうとして炸裂するモードだが、これが相談相手――とくに年下の女子などに発動すると、とても良い方向に作用する。


 相手の悩みに真摯に寄り添い、話しているうちに相手の心が解きほぐされることが多々あるのだ。


 とくに葵の場合、唯花の美少女っぷりに憧れている節がある。

 その唯花が自分の経験を話してくれるなら、これ以上の特効薬はないだろう。


「……でね? 結局、男の子は狼さんだと思うんだ。お姉ちゃんのあたしが言うのもなんだけど、たぶん伊織だってそうだと思うよ?」


「……うーん、そうでしょうか。伊織くんは狼っていうよりワンちゃんっていうか、チワワ的な何かに思えます」


「そんな葵ちゃんに目から鱗の一言。――伊織は奏太の弟分だよ?」


「――っ! 悪い方向に謎の説得力……!」


 ……んん?

 なんか話の方向が変わってきてるぞ?


「というわけで男の子の本音を引きずり出す、ベリーグッドな方法を葵ちゃんに伝授してあげる!」


 ガサゴソと何かを漁る音がする。

 これは……ソファーの下の『ゆいか箱』を出してる音か?


「じゃじゃーん!」

「……肉球?」


 背中越しに聞こえてきたのは、葵の不思議そうな声。


 にくきゅー?


 なんだ?

 なんか唐突に嫌な予感がしてきたぞ……!?




              ◇ ◆ ◆ ◇




 同時刻。

 彩峰中学校・生徒会室。


「……ガタガタガタッ!」


「――!? 如月会長、どうしたんですか!?」

「なんかいきなり掘削機みたいに震えてますよ!?」

「風邪!? いやそんなふうに震える風邪なんてないでしょうけど!」


 伊織は顔を引きつらせて立ち上がった。


「なんか本気で嫌な予感がする……! これは気のせいじゃない……!」


 ごめんちょっと行ってくるっ、そう言って伊織は生徒会室を飛び出した。

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