第132話 幼馴染があざとく俺を甘やかしてくる件②
「はい? お、俺を大事に……?」
ワケが分からず、俺は目を瞬いた。
今、腕のなかには
いや訂正しよう。
腕のなかには唯花にゃんがいる。
フード付きのネコさんパジャマを着ているのだ。
ネコ耳&ネコしっぽ付きで、首には鈴があり、手にはニクキュー手袋まで嵌めている。
で、俺にお姫様だっこをされた状態で、唯花にゃんは言った。『あたし今……奏太のこと、すっごく大事にしたいなって思ってるの』と。
ネコさんパジャマもそうだが、脈略が無さ過ぎて本当もうワケが分からない。
「どういうことなんだってばよ……」
「あたしね、女の子としてステップアップしたおかげで、心に余裕ができたの」
「はぁ、そうなのか? ステップアップしたのか?」
「うみゅ、ステップアップしたのです」
「どういう経緯でそうなったのか、という情報は開示されるのか?」
「それは教えにゃーい♪」
ネコ耳をぴこぴこさせ、満面の笑顔で圧倒的NO。
いやこの耳、どうやって動いてるんだ?
……まあ、なんだ、本当にステップアップしたのだとしたら、どう考えてもその要因は先日のお
あの時、居眠りした俺に何かをして、女子としての自信みたいなものを得たのかもしれない。本当に何されたんだよ、俺は……。
「唯花にゃんは心に余裕ができたのです。むしろ唯花ちゃんに心の余裕ができた状態が唯花にゃんだとも言えるのです」
「初めて知ったわ、俺の幼馴染は心に余裕ができると、ネコ耳としっぽが生えるのか……」
「うみゅ! 触ると気持ちいいおっきな肉球もできちゃうぜ!」
ニクキュー手袋が俺の頬を挟み、左右からニキュニキュされた。
ニキュニキュ!
ニキュニキュ!
ニッキュ~~っ!
お、おう。
これは確かに気持ちがいい……。
「でね、
「なんじゃらほい」
「あたしは心に余裕ができて、こう思ったの。――奏太をちゃんと大事にしなきゃって」
と言った瞬間、唯花は俺の首へと抱き着き、振り子のように大きく体を振った。
「は!? いや何してんだ!?」
さすがにバランスを崩し、俺はベッドの方へ倒れる。
唯花も「とぉーっ!」と声を上げて枕の辺りに着地した。
いや『とぉーっ』じゃない、『とぉーっ』じゃ。
いきなりひと様の首を支点にして振り子運動をするんじゃない。
首ってわりとダイレクトな人体急所だからな。
俺は日々の筋トレで斜角筋と僧帽筋を鍛えてるから不意打ちでも支えられたけど、一般人だったら鞭打ちぐらいにはなってるぞ。
「あのな、まさか唯花にゃんの国では『大事にする』っていうのが『問答無用で首狩り技をお見舞いする』って意味なんじゃなかろうな……」
「えー、奏太ならこれくらいノーダメージでしょ?」
「まあ、ダメージは受けてないけれども……」
ベッドに倒れたままげんなりしていると、ニクキュー手袋が俺の頭を掴んで、ずりずりと引っ張り始めた。
「なんかホラーっぽい……」
「はいはい、いいからこっちきて、こっち。あ、寝たままでいいよ?」
言われるがまま、されるがままになっていたら……突然、後頭部に柔らかさを感じた。
「んんっ!? これは……っ」
「唯花にゃんの……膝枕だにゃー」
ちょっと恥ずかしそうにニクキュー手袋で顔を隠している。
気づいたら膝枕をされていた。
これはさすがにテンションが上がるぞ。
普段、唯花はあまり膝枕をしたがらない。俺の膝には乗ってくるのに、自分の膝は使わせないのだ。
その理由は――Fカップを下から見つめられるのが恥ずかしいから。
今、目の前ではパジャマのもこもこ素材に包まれた、大きな膨らみが揺れている。
天井はほぼ見えない。かろうじて谷間から唯花の顔が見えるかどうかという大絶景である。
「奏太、表情がえっちぃ」
ニクキューに両目を塞がれた。
「なっ、そんな殺生な……っ!?」
「えっちぃことのために膝枕してあげたんじゃないの。居眠り奏太には当分、えっちぃチャンスはこないと思いなさい」
「な……っ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! あの居眠りにそんな残酷なペナルティが発生してたのか!? 聞いてないぞ!? いやそれよりも俺の日常に今までエロいチャンスなんてあっただろうかと激しく問いたい!」
「真実は闇のなかなのにゃー」
ニクキュー手袋が完全に視界を覆い尽くした。ガッテム!
なんてことだ、俺にはもう何も見えないし、何も分からない……っ。
暗闇のなかに唯花の声だけが響く。
「今日はね、真面目なお話をしようと思って、膝枕をしてあげたの」
は? なに? 真面目な話……?
いぶかしく思って眉を寄せる。
声は響く。
静かに、ゆっくりと。
「……奏太はさ、いつもあたしのことすっごく大切にしてくれる。大事に守るように、毎日、一日も欠かさずこの部屋に来てくれる」
手袋が離れ、視界が開けた。
フードを脱ぎ、身体を屈めて、唯花が顔を覗き込んでくる。
「でも……気づいたの。心に余裕ができて、あたし、やっと気づいたんだ」
こぼれてきた黒髪が俺の頬に触れた。
水晶のような瞳が見つめてくる。
どこか哀しそうに。
ごめんなさい、と謝るように。
「きっとさ……」
唯花は言う。
「奏太だって、何か他にもやりたいことが色々あったはずだよね……?」
ああ……、と思わず吐息がこぼれた。
俺を大事にする、っていうのはこのことか。
なるほど、と思った。
同時に感心もした。
成長したな、唯花。
本当にちゃんと前に進んでいる。
見つめてくる瞳に怯えの色はなかった。
以前の唯花ならば、こういうことを訊くとしても、おどおどと窺うような目をしていたはずだ。
でも今は真っ直ぐ俺を見つめている。
きっとそうしようと心に決めているのだ。
美しい瞳には『ちゃんと受け止めたい』という覚悟があった。
だから自分の心に目を向けてみた。
……俺のやりたいこと、か。
まさかそんなことを唯花に問われる日がくるとはな。
想像もしてなかったが、唯花の心が外に向かうのならば、いつかは問われることだったのかもしれない。
俺のやりたいこと。
それは何か。
真摯に向けられた問いに対して、きちんと自分の心を見つめ直し、俺は――。
「いや何言ってんだ、お前?」
――やれやれ、と心底呆れ返った。
「へっ!?」
はしごを外されたような顔になる唯花。
俺は手を伸ばす。頬を撫でる程度じゃ足りない。だから後ろ頭に手をやって力強く唯花を引き寄せた。
「きゃっ!? ちょ、奏太……っ!?」
「いいか、よく聞け?」
間近に迫った彼女を見つめる。
「俺のやりたいことは、唯花を幸せにすることだ」
「ふえっ!?」
一瞬で真っ赤になった。
至近距離で見つめ、続ける。
「で、唯花の幸せは俺のそばにいることだろ。違うか?」
「――っ!? や、え、その……違わ……にゃい……ですけれども……っ」
とんでもなく狼狽えた顔で、声がどんどん小さくなる。
「で、でも違うのっ。あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて――」
「そういうことじゃなくて、将来の夢とか就職の話とかだとしても、それも問題ない。ぶっちゃけ、やりたいと思ったことは俺、大抵実現できるからな」
「にゃ、にゃによそれぇ!?」
にゃによも何もただの事実だ。
俺には頼もしい仲間が山ほどいる。おかげで無敵なコネも山ほどある。
正直、大概のことは実現可能だ。
むしろ不可能なことの方が少ないくらいだったりする。
「ほ、本当にないの? 将来への不安とかあたしのために犠牲にしたこととか、何かしらはあるはずでしょ?」
「いや一応、考えてみたんだが……本当になんも思いつかん」
「どういうことなのぉ!?」
「まあ、シンプルな話さ」
苦笑して、肩を竦める。
「誰かを本気で支えようと思ったら、まずは自分がちゃんと立たなきゃいけない。だから俺自身のことはいつもきっちりするように常に心掛けてるんだ。そうやって色んなことをすべてクリアした上で、俺は今、ここにいる」
「む、むう……」
言い返せないようだ。
異論はないようなので、引き続きこっちのターン。
「偉いぞ、唯花」
黒髪をなでなでと撫でてやる。
「まさかお前がこんなふうに俺の心配をしてくれる日がくるなんて思わなかった。すげえ嬉しい。ありがとな。本当偉いぞ。お前はとっても頑張ってる」
「あうぅぅぅ、なんかすごい子供扱いだぁ……」
頬を赤くしたまま、なんとも情けない顔になる唯花。
めそっとちょっと半泣きなところが可愛くて、つい意地悪を言いたくなってしまう。
「ま、なんだな。昨日今日よちよち歩きを始めたばかりのお子様が俺の心配なんて、十年早いってこった」
冗談交じりに唯花の鼻をふにゅっと押す。
「むうぅぅぅぅ……っ」
途端、見る見る頬が膨らみ始めた。
あ、やべ。言い過ぎた。唯花にゃんのお怒りスイッチがオンになってしまう!
「こ、この男はーっ! 肉球ぱんち! の! 連打ーっ!」
左右のニクキューが流星のように顔面へ降り注いできた。
「ちょ、待て!? 痛くはないが、息がっ、もふもふのせいで連打されると息が出来ない!」
「知ったことかーっ! もうーっ、ちょっとは普通の主人公みたいに悩みなさいよぉ! ずっと面倒見てきたヒロインがひとり立ちを始めたなんて、『彼女が助けを必要としなくなったら、僕は何をして生きればいんだ……』ってお悩みイベントが発生する展開のはずでしょーっ! なのになんなのっ、そんな問題は4000年前に通過済みみたいな顔して! あたしの心配を返しなさいっ。肉球ぱんち! 肉球ぱんち! 肉球ぱーんち!」
「いや知らんがな!? それに俺は主人公じゃな――ちょ、息っ!? 本当に息が……ぐはーっ!?」
「肉球ぱーんち!!」
結局、肉球と太ももに挟まれた責め苦は延々と続き、俺は唯花がスタミナ切れするまで長々と耐久レースをさせられたのだった――。
◇ ◆ ◆ ◇
……という話をして、俺は
今は
「……とまあ、序盤はだいたいこんな感じだった。とことん肉球責めされて、唯花のペースに飲まれまくりで本当大変だったんだ。それでその後もさらに色々あって……って、あれ!?」
「ずずー……」
「ずずー……」
「『ずずー……』」
気づいたら、三人が無言でコーヒーをすすっていた。
いやおかしくね!?
ちゃんと真面目に聞いてくれよ……!?
「奏太兄ちゃん」
すっとマグカップが差し出された。
「コーヒー淹れて。豆マシマシ、どろっどろのブラックで」
「は、え、あ…………はい」
思わず頷いてしまった。
目のハイライトが消えている。
いつの間にか、伊織がコーヒーを普通にかぶ飲みするようになっていた……!
次回更新:2/2(日)予定
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