幕間「修学旅行の前後のお話」
第110話 幼馴染が電話にハマりだした件
さて俺は今、京都の鴨川沿いを歩いている。
大きな川がゆったりと流れ、両側は舗装された土手になっていて、散歩気分で歩くにはちょうどいい。土手の向こうには京都の風情ある街並みが広がっている。
観光もせず、直行直帰。
お姫様のご要望通りである。
川辺の涼しい風を感じながら土手を進む。
本当はホテルから市営バスに乗ってもよかったんだが、時間はそう変わらないので歩くことにした。多少は節約しないとな。
実はホテルを出る時に
もちろん葵は『いりません』ときっぱり断ってきた。そう言うだろうなと思っていたが、見事なきっぱり具合だった。
『
しっかり者の
理由は伊織だ。一度地元に帰ったせいで、伊織の財布はおそらくすっからかんのはずである。せっかくの恋人との修学旅行なのにそれでは楽しめるものも楽しめないだろう。
しかし出発前にも俺から小遣いを受け取っているので、伊織の性格上、二回目は遠慮しかねない。だから葵経由で色々都合してやってほしいと思ったのだ。
そこまで伝えると、ようやく葵は小遣いをもらってくれた。ついでに『……い、伊織くん、本当に一度帰ってたんですね』と若干愕然としていた。
ふふ、義妹よ。驚くのはまだ早いぞ。
俺が昨夜、朝ちゃん先生に説教されながら聞いたところによると、如月家のトラブルメーカーぶりにはまだまだ上があるらしいからな。いずれ時が来たらお前にも教えよう。
ま、それはさておき。
「京都駅からはどうするかなぁ。高速バスか新幹線か……朝一だからバスでも夕方には
ちなみに行きに送ってくれた学級委員長は昨夜のうちに帰ってしまったのでヘリは使えない。今ごろどっかのリゾートで休日を満喫してることだろう。
土手を歩きつつ、財布の中身と相談しながら考えていると、ふいにポケットのスマホが振動した。見ると、唯花からのメッセージが来ていた。
「『奏太ー。そろそろこっち着いた?』」
着くわけなかろうが。
箱庭育ちのお嬢様か、お前は。いや引きこもりだから似たようなもんではあるけれども。
「『まだ京都駅にも着いてないっての。今、鴨川の横を歩いている』」
「『なんですと!?』」
即返事が飛んできた。
無駄にレスポンスが早い。
「『何をのんびりしてるのかね! スーパーマッハで帰ってくるようにって言ったでしょ? 横着せずに空でも飛んできたまへ!』」
「『いいことを教えてやろう。人は生身では飛べない』」
「『でも奏太なら?』」
「『飛べるか!』」
「『でもガッツがあれば?』」
「『あっても無理!』」
「『も~っ』」
子猫がむくれているスタンプが飛んできた。
微妙に唯花に似てて面白い。
こっちからはコークスクリューちゃんのスタンプでも送ろうかと思っていると、その前に着信の通知が出た。唯花が電話を掛けてきたのだ。
さっきホテルで電話したばっかりだろうに、と思いつつも、唯花から電話が掛かってくるというのはテンションが上がる。というか、にやけてしまいそうになる。
軽く咳払いをして気持ちを落ち着け、すぐに通話ボタンを押した。
「どうしたー?」
「『どうしたー、じゃないよ。唯花ちゃんが待ってるんだから空ぐらい飛んでみせたまへ』」
「こやつめ、無茶を言いおる……」
「『無茶ではございませぬ。良いですか子羊よ、神は乗り越えられる試練しか与えないのです』」
「いつからお前は神になったんだと小一時間ほど問い詰めたい」
「『逆である。問い詰めるのはこのゴッド・オブ・唯花様の方なのじゃ!』」
「お前がゴッドだったのかよ!? それにこの『おはようからおやすみまで美少女の幼馴染をぜったい最優先』教の隠れ教皇である俺に問い詰められるような案件などあろうはずがない」
「『はい、ダウトー』」
「なん、だと!?」
何がダウトなのか!?
むしろ隠れ教皇なことはスルーなのかよ!
が、ゴッド・オブ・唯花様はすぐには言葉を続けなかった。
ちょっと照れるような間を置いた後、早口気味にまくし立てる。
「『か、隠れ教皇だって言うなら皆まで言わせずゴッド・オブ・唯花様にお電話してくるのですっ。バスとか電車に乗ってるわけじゃないんだったらそれはもう最優先事項っ。せっかくこうして電話できるようになったんだもん。電話でも奏太といっぱいお喋りしたいのーっ!』」
「か……っ」
可愛さのゴッドか、この神は!
街路樹の下で俺はもだえる。
と同時に通話は切れた。
唯花が切ったのだ。
無論、隠れ教皇たる俺は何をすべきか分かっている。
否、もはや隠れる必要などない。
純然たる教皇の威厳を持って、俺は唯花へ電話を掛け直す。
耳元で流れるのはコール中を示すメロディ。
すぐには出なかった。
照れ隠しでわざと焦らしているのだろう。
それが分かっているのに、こうして待っていると妙にそわそわしてしまう。
うん、なんかやっぱ新鮮だな。
そうしてたっぷり五秒ほど焦らして、唯花は電話に出た。
「『もしもし? 反省したかね?』」
「ぬう……っ」
予想外にドキッとした。
もしもし。
それは電話だからこその言葉。
たぶん唯花も意図していないだろうが、だからこそ俺は不意打ちの『もしもし』にコークスクリューされてしまった。
「『んみゅ? 奏太? もしもーし?』」
「ぐぬう……っ」
「『どったの?』」
「あ、あのな……」
そっくりそのままカウンター。
「も、もしもし」
「『にゅ……っ!?』」
あっちにもコークスクリューが入った。
やばい、たった一言二言のやり取りなのにお互いダウン寸前だ。
「『な、なんか……ドキドキしちゃうね』」
「お、おう。びっくりだな……」
「『えっと……』」
「おう……」
気恥ずかしい沈黙。
それをおずおずと破ったのは唯花の方だった。
「『……ね、奏太。もっかい言ってよ』」
「え、俺からか? 唯花が言えって」
「『やだよぉ。だって照れくさいもん』」
「俺だって照れるわ」
「『じゃあ奏太が言ってくれたら、あたしも言ったげる。それならいいでしょ?』」
「ま、まあそれなら……」
「『じゃあ……はい、どうぞ?』」
なんか緊張するな。
軽く咳払いをして、俺は小さくつぶやく。
「も、もしもし?」
「『はう……っ』」
嬉しそうな吐息が返ってきた。
俺は恥ずかしくなって再び咳払い。
「ほら、次は唯花の番だぞ?」
「『わ、分かってるよ。じゃあ……い、いくよ?』」
そっと囁くように。
「『もしもし?』」
「くは……っ」
すげえ照れる!
でもクセになる!
そのまま川沿いを歩きながら「もしもーし」「『もしもし?』」「もしもしっ」「『もしもし♪』」などとバリエーションを変え、京都駅に着くまで延々と囁き合った。
で、駅に着く頃には俺の考えは固まっていた。
さっきまでは高速バスもありかと思ってたんだが……やっぱ帰りは新幹線にしよう。時速280キロでとっとと帰ろう。
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