第107話 後の世に伝わりし、義妹革命である!前編
「よいせっ……と。よし、ま、こんなもんだな」
また倒れないように注意しつつ、俺は柱時計を元の位置に戻した。
ガラスにヒビなんかは入ってないし、これと言って傷もない。弁償とかって問題にはならないだろう。
ここはホテルのエレベーターホール前。
なぜ俺がいるかというと、もちろん
修学旅行では
……ま、別の意味のメーカー具合がやべえけどな!
何回キスしてんだよ、この中学生共は!? ちなみに16回だ! なんで分かるかって?
時計を支えながらちゃんと数えてたのさ!
「……ふっ、その時の俺の心境と言ったら」
思わず遠い目になってしまう。
まったく、近頃の若いもんは。実にけしからん。
……ふう、んじゃとっとと地元戻って唯花の寝顔を見にいくか。いや別に何か他意があるわけじゃないけどな? キスの回数なんてまったく気にしてないけどな?
と、そんなことを考えていたら、後ろからわっと歓声が上がった。
見れば、中学生たちがテンション高く伊織と葵のもとへ駆け寄っている。
伊織のクラスメートらしき男子たち、たぶんウチの女バスの部長先輩の後輩っぽい女子たち、あとはスマホでこの騒ぎが拡散されたのか、どやどやと他の生徒たちも様子を見にきていた。
「すごいよ、如月君! 目の前で告白とか見ちゃったの、初めてだ! 俺たち感動したよ!」
「えええっ、みんな見てたの!?」
「
「なに撮ってるんですかぁ!? 消してっ、消して下さーい! ……あ、でもわたしに送った後で消してくれたら嬉しいです」
というわけで伊織&葵の告白とキスはもちろん生徒たちにもばっちり見られていた。
少なくともクラスメート男子たちと女バス後輩女子たちは決定的瞬間の目撃者になっている。
「以前から如月君はものが違うって思ってたんだ。やっぱり『夜這い伝説』の後継者は如月君しかいないって!」
「いやいやいや待って! それはもちろん僕も『夜這い伝説』のことは知ってるけど、でもそんないきなりは……っ」
「ねえねえ、星川さん。この後の下着はちゃんと用意してある? ウチの部、彼氏持ちが多いから相談に乗るわよ?」
「そ、相談なんていりません! あんな伝説を実行する人いませんから……っ」
……え? 伝説? 夜這い? なんぞ、それ?
何か不穏なものを感じ、俺は伊織に話しかけていた男子の首根っこを引っ掴む。
「ちょいちょい、そこのお前。ちょっとこっち来い」
「……へ? あっ! ひょっとして
「あー、お前だったか」
今回の一件の始まり、伊織が修学旅行中にいなくなったと電話で知らせてくれた男子だった。
「京都までわざわざ来てくれるなんて……ありがとうございます! 一体どうやって出現したんですか!? ワープですか!? 瞬間移動ですか!?」
「後輩よ、俺をなんだと思ってるんだ……? まあいい。それより夜這い伝説ってのはなんのことなんだ?」
「え、ご存知ないんですか?」
意外、という顔で男子は語る。
「三上先輩も俺たち後輩に色んな伝説を残してくれましたけど、修学旅行には先輩とは別系統の伝説があるんです。それが――美少女Nの夜這い伝説」
「美少女……N?」
なんだろう、ものすっごく嫌な予感がしてきた。
「美少女Nは今から十数年前に在籍していた女子生徒だと言われています。Nは修学旅行中に本気の夜這いを決行したんです!」
「……ほ、ほう」
「美少女Nの夜這いは相手の男子が堅物で失敗したそうです。でもNの本気っぷりは他の生徒たちの心を撃ち抜き、その年の修学旅行は告白と夜這いが大流行! なんと当時、修学旅行に来ていた全生徒が軒並みくっつき、ただ一人の例外もなくカップルになったらしいんです!」
「……お、おう」
「しかも! 修学旅行生たちのカップル熱は巷にも吹き荒れ、古都京都に恋愛フィーバーが到来! なんとその翌年の京都の出生率は――」
「オッケー、ストップ。もういい。頭痛くなってきた……」
俺は男子の背中を押し、中学生たちの輪へ戻らせる。
だいたい分かった。分かってしまって頭を抱えた。
中学の時、俺は唯花を追って学校の奴らとは別行動していたから、耳に入らなかったのだろう。
美少女N……か。
N……な行……
あの人、確か中学の修学旅行で夜這いしたとか言ってたよな……っ。
「ああ、本格的に頭痛がしてきた。……よし、考えるのやめよう。伝説はあくまで伝説。尾びれ背びれがついてるもんだと思って、話半分ってことにしておこう。それよりも今問題なのは……」
ちらりと見れば、少年少女たちは伊織と葵を囲んで盛り上がりまくっていた。
そう、問題なのは中学生たちのこの熱気である。
彼らはどこかの人妻が打ち立ててしまった伝説を信じている。
つまり誰かが勇者になって夜這いを決行したら、学年上げての告白&夜這い祭りが始まってもいいという精神的土壌が出来上がってしまっているのだ。
けしからんにも程があるわ!
今どきの若者、恐ろしすぎるぞ……っ。
「こういうのは教師にビシッと止めてもらわんと。確かさっきどっかに朝ちゃん先生がいたよな……?」
俺は救いの女神を求めて周囲を見回す。
すると柱時計のそばで20代サバサバ系女教師こと朝倉先生が床で寝ているのが見えた。
トレードマークのポニーテールもほつれて、床に突っ伏している。
なぜか目がグルグルして、頭の上でヒヨコがピヨピヨしていた。
まるで緊急時に生徒を助けようとしたら、さらなる速度で後ろからやってきた誰かに轢かれて、失神しているかのような雰囲気だった。でもまあ、そんなわけはない。
「なんでホテルのロビーで寝てるんだよ、先生……。のんきだなぁ」
大方、教師同士で酒でも飲んで酔っ払ったのだろう。
あとで部屋に運んでおくか。
ともあれ……こうなったら今の事態には俺が対処するしかない。
「葵、葵、来い。ちょっとこっち来い」
「? なんなんですか、奏太兄ちゃんさん」
中学生たちの輪をかき分け、俺は我が
さっき伊織とのアレコレを一番近くでばっちり見聞きされた葵は、ちょっと不服な顔をしつつも素直にこっちへ移動してきた。うむ、可愛い奴である。
なんだなんだ? と興味津々な中学生たちを適当にあしらい、葵に耳打ち。
「お前、まさかこの後、本気で伊織と致しちゃうつもりじゃないよな?」
「な……っ!?」
男は理性さんが吹っ飛ぶとケダモノになってしまう哀しい生き物なので、こういうことは女子の方に釘を刺しておいた方がいい。
なんなら唯花得意のアーサー王ガードでも伝授しておこうかと思ったのだが、予想に反して葵は猛然と言ってきた。
「そ、そんなことするわけないじゃないですか!? なに真顔で言ってるんです!? セクハラっ、セクハラですよ!?」
「こら、ちゃんとお兄ちゃんの話を聞きなさい。真面目な話なんだぞ?」
「真面目な話ならお兄ちゃんって一人称を入れちゃダメですよね!? 脳の配線大丈夫ですか!?」
「お前こそ、大丈夫なんだろうな? 伊織が我慢しきれずに襲ってきても、ちゃんとお断りできるのか?」
「そんなの当たりま――」
という言葉の途中で、一瞬、葵の動きが止まった。
伊織が皆に囲まれつつも、どうしたんだろうという顔でこっちを見ていたからだ。
恋人たちの目が合う。
まるでちょっと離れるだけでもお互いが気になって仕方ないというように。
そんなお互いの気持ちが一瞬で伝わり合ってしまったかのように。
2人は同時に赤くなって下を向いた。
で、間にいる俺は葵にジト目。
「……葵さんや。本当に大丈夫なんだろうな?」
「だっ、大丈夫ですよっ。そんなの当たり前じゃないですか。い、伊織くんがオオカミさんになっちゃってもわたしはビシッと注意しますっ」
「たとえば?」
「えっ」
「たとえばなんて注意するんだ?」
「た、たとえば……」
葵はワンピースのスカートを摘まんでもじもじする。
伊織に迫られる状況を想像してしまったのか、さらに真っ赤になって。
ぽつりと。
「………………『伊織くん、めっ』って」
「…………………………………………さよか」
オールオッケーの『めっ』だ。まな板の上の鯉の『めっ』だ。恋する少女の『どうぞ召し上がれ』の『めっ』だ。
とてつもない危機感を覚え、俺は全身が震え上がるのを感じた。
これは本格的にマズいぞ、葵はもう準備万端。伊織も不意打ちのキスとかかますくらいだから出来上がってる。さらには他の生徒たちも全力で2人をサポートしに掛かるだろう。
危機的状況だ。今、伊織と葵を野に解き放ったら、間違いなく今夜中に『あなたと合体したい』してしまう!
この歳で――俺はおじさんになってしまうぞおおおおおおおお!?
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