第103話 目覚めよ、三上伝説の後継者③(伊織視点)
拝啓、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。
僕は今……京都にいます。
一回そっちに帰っちゃったんだけど、なんだかんだでこっちに戻ってこられました。
何を言っているか分からないと思いますが、僕にもワケが分かりません。とにかく何か恐ろしいものの片鱗を味わいました。
「世の中って常識では計れないことがあるんだね……」
「そうだな、仲間と力を合わせれば不可能なことなんてないんだ」
「すごくきれいな言葉だと思うけど、物には限度があると思うんだ……」
僕らは今、京都の碁盤目状の街を走っている。
奏太兄ちゃんのクラスの学級委員長さんにヘリコプターで送ってもらい、ヘリポートを下りて、足で神社を目指してる最中だ。
京都は景観のために背の低い建物が多くて、空が高い。
星の輝く夜空の下を僕たちは急ぐ。
「でも……考えれば考えるほど不思議だよ」
「うん? 何がだ?」
「どうして、あんなにたくさんの人が助けてくれたの?」
実際に力を借りた人は数人だけど、奏太兄ちゃんのスマホにはその何倍もの人たちが繋がっていた。そして僕のために尽力しようとしてくれていた。
こんな夜中に、それも見ず知らずの中学生のために……本当に不思議だった。
「ああ、それはな……」
奏太兄ちゃんが答えようとすると、その前に手のなかのスマホから声が聞こえた。
京都に着いた時にグループモードは一度解散にしたけど、何人かの人とは今も通話中だった。
「『それは私から説明しようか』」
「ん? 会長? 別にいいって」
「『いいわけがあるか。三上、お前だとまた適当に誤魔化そうとするだろう。自分の善行はきちんと伝えろ。生徒会長として、生徒の評価が間違って伝わることは看過できん』」
そう言って、生徒会長さんと呼ばれた人は僕に話しかけてくれる。
「『
「あ、はい」
「『如月君、私は一つ断言しよう。君はこの後、恋人の星川さんと再会し、無事仲直りすることができる。必ずできる。そこのお節介な男が首を突っ込むということは、そういうことだ。三上奏太が関わった以上、ハッピーエンド以外はありえない』」
生徒会長さんは続ける。
「『そしてだ。君が恋人と仲睦まじく幸せに過ごしていると、ある日突然、三上から連絡がくる。そしてこう言うんだ。――あの日のお前と同じように、今困ってる奴がいる。手を貸してくれ、一緒にあの日のお前を助けにいこうぜ! とね』」
「あ……」
「『如月君、そんなことを言われたら、君はどうする?』」
「い、いきます! 夜中だってなんだって、絶対に駆けつけます!」
「『そういうことさ』」
生徒会長さんの声はどこか誇らしげだった。
一方、奏太兄ちゃんはすごく微妙な表情。
まるでその顔が見えているような声で生徒会長さんは笑う。
「『三上はね、こんなことをずっと続けてきたんだ。絶望の淵に立たされた者に手を差し伸べ、そうしてすくい上げた者を味方にし、また新たな者へ手を差し伸べる。今では三上が一声かければ、とんでもない数の人間が本気の助力を申し出てくる。巷では三上軍団などと呼ばれているよ。ちょっとしたヒーローさ』」
「やめてくれ。会長、いつも言ってるだろ、俺はヒーローなんかじゃない」
「奏太兄ちゃん?」
心底嫌そうに遮ったことが不思議で、僕は顔を見上げる。
奏太兄ちゃんは走りながらため息をついた。
「勘違いしないでくれよ、伊織。俺は会長の言うような立派な奴じゃない。人助けだって、もともと下心があって始めたことなんだ」
「下心? ……あ、それひょっとして」
すぐにピンときた。
僕には考えるまでもなく分かる。
「お姉ちゃんのため?」
お姉ちゃんは外の世界を怖がっていた。だからその怖さを取り除くために、たくさんの味方を作る。どんなに大変でも、ひとりでも多く、信頼できる仲間を。それはすごく奏太兄ちゃんの考えそうなことだった。
「…………」
答えは返ってこない。
でも奏太兄ちゃんはとっても嫌そうな顔で目を逸らしてる。
ウチのお母さんにからかわれてる時とかにする顔。
つまりは図星ってこと。
「奏太兄ちゃん的には……自分の好きな子のためにやってることだから、ヒーローって言われるのは違うってことだね」
「…………」
「はい、図星の沈黙。はぁ、奏太兄ちゃんってそういうところ本当に……」
僕はしみじみと言う。
「馬鹿だよね」
「『馬鹿だな』」
「『馬鹿だわん♪』」
「『馬鹿だねえ』」
「『ばーか、ばーか! 三上ちゃんの鈍感ばーか!』」
「『馬鹿っス』」
「『馬鹿だと思う』」
「いや、お前ら寄ってたかってひどくない!? あとアー子さんだけなんかニュアンス違うよな!?」
僕だけじゃなく、通話中のみなさんも一斉に同じ感想だった。
すごい、会ったことない人たちばかりなのに、心が一つになった気がする!
それにしても奏太兄ちゃんは本当もう……。
大切な人のために頑張って、信頼できる仲間を作っていく。そんなの下心って言わない。
むしろ正真正銘の……って、僕が言ってもいいことだとは思う。立場的には。
でもヒーローに関する時の奏太兄ちゃんはかなり頑固だ。
そこに雪解けを迎えさせるとしたら、もっと相応しい人がいる。
うん、この件はウチのお姉ちゃんに任せよう。
そう決めた時だった。
目の前がふいに開けた。
大きな歩行者道路の先に石畳の階段が続いている。
ついに神社の正面に着いた。
階段の前、赤い鳥居の下で足を止め、奏太兄ちゃんがスマホに話しかける。
「神職さん、今、神社に着きました。ウチの
「『はいはい、おりますよぉ。お社の前にぽつんと立ってるねえ』」
答えてくれたのは縁結びの神社の神職さん。
なんでか分からないんだけど、奏太兄ちゃんは京都中の神社仏閣の人と知り合いらしい。
それで神職さんに連絡し、夜中にひとりでいる葵ちゃんが危なくないように、こっそり見ててもらっていた。
……うん、ヘリコプターの後だからね、僕はもうどんな展開も驚かないよ。
奏太兄ちゃんは神職さんにお礼を言い、こっちを見る。
「さあ、伊織。俺たちがしてやれるのはここまでだ」
「ありがとう、奏太兄ちゃん。皆さんも本当にありがとうございましたっ」
頭を下げながらお礼を言うと、スマホ越しにたくさんの応援の声が聞こえてきた。
そして奏太兄ちゃんが僕を見つめる。
「ここからがお前の本当の戦いだ。覚悟は出来てるな?」
「もちろん。お姉ちゃんに背中を押してもらって、奏太兄ちゃんにここまで連れてきてもらって、たくさんの人に力を貸してもらった。僕はもう迷いません」
「いい返事だ。だったら――アー子さん、葵のスマホにハッキングしてくれ。通話ボタンを押さなくても勝手に通話モードになるように」
「えっ」
なんで? と訊ねる間もなく、「『んー? ほいほい、オッケー』」という声が聞こえてきた。
「『はい、出来たよん。もう三上ちゃんのスマホと繋がってる』」
「サンキュー。――葵、聞こえるか?」
「『えっ!? そ、奏太兄ちゃんさん!? わたし、どこも押してないのに……なんで!?』」
葵ちゃんの声だ……っ。
心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
そんな僕の顔をちらりと見て、奏太兄ちゃんは口の端をつり上げる。
「よく聞け、葵。こっちは今、神社の階段の下だ。――今から伊織がお前の唇を奪いにいく! 嫌なら全力で逃げちまえ!」
「『はいっ!? 何言ってるんですか!?』」
「ちょお!? 何言ってんの、奏太兄ちゃん!?」
僕らの驚きなんて気にもせず、奏太兄ちゃんは通話を切った。
「お兄ちゃんとしては義妹の味方もしてやんなきゃいけないだろ? だから葵にも逃げるチャンスをあげたってわけだ」
「チャ、チャンスって……っ。そもそも僕、無理やりキ……キスなんてするつもりないよ!?」
「え、マジで?」
「マジだよ!」
「それでよく俺と唯花に負けないなんて言えたなー?」
「……っ!」
言葉に詰まった。
でも同時に気づく。
今までの奏太兄ちゃんなら絶対、僕にこんな意地悪なことはしない。
これは……獅子が我が子を千尋の谷に落とすのと同じ行為。
僕を獅子――男として認めてくれたからこその行動だ。
「……うん、分かった」
お姉ちゃんは無類の優しさで僕の背中を押してくれた。
だから奏太兄ちゃんは強い厳しさで僕に試練を与えようとしてくれている。
「……負けない。そう言った気持ちは本当だよ」
「ほう? じゃあ、どうする?」
「――走る! 奏太兄ちゃん、いってきます!」
「よし、いってこい!
両足に力を込めて、僕は弾かれるように駆け出した。
奏太兄ちゃんが大きな手のひらで背中を叩き、強く送り出してくれた。
もう迷わない。二度と泣かさない。
大好きな女の子のもとへ、僕は一直線に走る――!
―――――――――――――――――――――
【お知らせ】
いつもありがとうございまーす!
三連休で三章終わらせるつもりだったのに終わらなかったーっ!:(;゙゚'ω゚'):
この後は頭の休憩と感想の返信の時間をちょっと頂きまして
11/7(木)からまた隔日更新を再開できればと思っております。
あとフィナーレっぽい展開になってるけど、書籍化も控えておりますし、まだまだ物語は続くよ!
今後ともよろしくお願いしまーす!ヾ(>∀<)ノ
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