第37話 幼馴染は幼妻②

 西暦20XX年、俺の理性は幼妻の炎に包まれた。

 唯花ゆいかの三つ編みカーディガンスタイルと渾身の幼妻セリフに脳をやられ、恐るべきケダモノが目を覚ましたのだ。


 ごはんにする? お風呂にする? それとも……という問いかけに対し、ケダモノはルパンダイブをしながら答える。


「……もちろん、お前だーっ!」

「きゃー!」


 唯花は悲鳴を上げるが、逃げはしない。

 真っ赤な顔でぷるぷる震えつつもその場に留まり、受け入れる姿勢。

 だがダイブからきっかり1秒後、俺の手が唯花に触れる寸前、隣の部屋から壁越しの声が響いた。


「『いいよいいよ! 奏太そうた兄ちゃん、その調子! いっちゃえいっちゃえーっ!』」


 どんがらがっしゃーん!

 俺はつんのめって唯花の横を通過。フィギュアの並んでいた棚に頭から突っ込んだ。

 唯花はぱちくりと目を瞬く。


「い、今の声って…………伊織いおり?」

「……唯花、ちょっと耳塞いで待っててくれ。紳士協定のなんたるかについて、大いに語り合ってくる」


 口からスルメイカのように出ている美少女の足をぺいっと吐き出し、俺は厳かに立ち上がった。

 伊織の部屋へ移動。ここからは音声のみでお楽しんでくれ。



「あれ? 奏太兄ちゃん、なんでこっち来てるの? お姉ちゃんを食べちゃうまであと一歩だったよね? 頑張って! 僕、ここで応援してるから!」

「……おいマジか。まさかの悪気無しなのか」

「だいじょーぶっ、僕は味方だよ! お姉ちゃんをムシャムシャ食べちゃえるように、つまりはムシャっちゃえるようにエールを送り続けてあげる!」


「ああ、伊織、お前は……本当に唯花の弟だな。心の底から唯花の弟だな。この……唯花の弟め!」

「え、奏太兄ちゃん……泣いてるの? 大丈夫? 僕、抱き締めてあげようか?」

「……慰めはいらぬ。それよりお小遣いあげるから今すぐ好きなDVD買ってこい。あと明日学校に持ってく菓子折りも一緒に頼む」


「ええっ、そんな、悪いよ……」

「いいから」

「でもさ……」

「い、い、か、らーっ!」



 以上、音声パート終了。

 お父さん、お母さん、僕は中学生に札束握らせて買い物いかせるような男になりました。なんだろう、とても汚い大人になった気がする……。


 虚ろな目で唯花の部屋に帰還。

 律儀に耳を塞いでいた幼妻は、可愛らしく小首を傾げて訪ねてくる。


「お話、終わった?」

「終わった。俺の少年時代も終わりを告げた……」


 唯花が床に女の子座りしているので、俺もそのそばにぐったりと横たわる。

 すると、なでなでと頭を撫でられた。


「よく分からないけど……苦労掛けてごめんね?」

「いいさ。したくてしてる苦労だ」

「奏太のそういうところ、伊織も尊敬してると思うよ」


 それで、と言葉を続け、唯花は囁く。



「…………続き、するの?」



 あー……。

 その決定権を完全にこっちに委ねてる感じとか。

 幼妻姿と相まって、大変にクる。

 が、しかし。


「……やめとく。汚れちまった悲しみに打ちひしがれている俺の心は、これ以上ケダモノ化しそうにない」

「そっか……ちょっと残念」


 とか言いつつ、ほっとした顔。

 本当は『はじめてはやっぱり不安』っていうのが本音だろうに、さっきみたいにいざとなると受け入れようとしてくれるんだから、可愛いったらない。

 あー、くそう、早く恋人にしたい……。なんなら結婚でもいい……。


 ……ん、結婚?


「あー」

「? どしたの、奏太?」

「いや……」


 手を伸ばし、唯花の三つ編みをくりくりといじる。


「昨日の会話――未来予想図がどうのって言ってた意味がようやく分かった。あとお前がこんな格好してたり、『さん付け』してきた理由も」

「むぅ……」


 拗ねた顔で膨れる。


「……気づくの、おそーい」


 口を尖らせているが、ご機嫌はナナメじゃない。

 むしろ照れてて上機嫌。

 エロいこととまではいかなくても、多少の無理は押し通せる雰囲気だった。


「なあなあ」

「なあに?」

「耳そうじしてくれ。膝枕で。せっかくだし」

「えー。なにがせっかくなんだか」


 普段、唯花は膝枕をイヤがる。大きな胸を下から見上げられるのが恥ずかしいからだ。

 だが今の雰囲気だったら……。


「…………仕方ないなぁ、もう」


 困った顔をしつつ、女の子座りの膝がこっちを向く。


「……特別だからね?」


 そう言って、柔らかそうな太ももがぽんぽんっと叩かれた。

 俺は心のなかでガッツポーズ。

 よっし!

 諸君、次回は耳かき回だ!

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