第26話 幼馴染のラブコメアタックact3(後編)

 ごほん。

 えー、前略、幼馴染様。


 ……お前はもう少しポーカーフェイスっていうのを覚えてもいいんじゃなかろうか。

 と、俺は心の底から思った。


「ひょっとして……あたしのことも食べたいの?」


 好意が駄々漏れの顔でそんなことを言われた日には、お前、あれだぞ、本当に……。


唯花ゆいかさんや」

「……なあに?」


 一拍置いて。

 俺はビカァァッと目を光らせた。

 すごい、できた! 唯花がたまにやる謎の発光現象を俺も再現できたぞーっ!

 感動と共に高らかに叫ぶ。



「そんなん食べたいに決まってるだろーがー!」



 景気よくルパンダイブした。

 実際は飛び上がっていないが、気持ち的にはそんな感じだ。


「きゃあーっ!? そ、奏太そうたがケダモノの顔で襲ってくるーっ!?」


 本気? 本気? という表情で仰け反る唯花。

 もちろん慈悲はない。某警部が名台詞で言うところの大変なもの、つまりは心を盗まれてしまった俺は獣のごとしである。


 だがしかし、一握りの正義の心は残されていた。

 両手が唯花の肩に触れる寸前、俺は――。


「ぐううう! ――落ち着くんだ、奏太。使命を思い出せえええええ!」


 心のなかに夢のヒーローを召喚し、セリフを口にすることで、ギリギリ踏み留まった。

 ぐぃーっと手首を反り返らせ、汗をだらだら流しながらホールドアップの体勢。

 ぎゅっと目をつむっていた唯花は、なかなか押し倒されないことに気づき、ゆっくりと瞼を開く。そして目をぱちくり。


「……あ、あれ? ……止まった? ケダモノが理性を獲得したの?」

「……油断してはならない。人間の心にはいつだって小さな怪獣が潜んでいるんだ。でも挫けないで。僕たちは決して怪獣に負けたりしない。ひとりひとりが怪獣に立ち向かい、正しいことをしようと思う気持ち、それを勇気と呼ぶんだ」


「えっと……なるほど分からん。具体的にはどういうこと?」

「まだ谷間が見えているので早く隠して下さいお願いします。俺が怪獣を押さえているうちに早く!」

「すごい。キャラがまったく安定してないところに奏太の余裕のなさを感じる……」


 若干同情の色を見せつつ、唯花は大人しくTシャツの背中側を引っ張った。胸元が直され、俺は安堵の吐息をはく。いや本当、危ないところだったぜ……。


 ただ、今も距離は近い。

 お互いの息も掛かるようなところから、幼馴染が見つめてくる。


「ねえ、この場合、意気地なしって言ったら……ひょっとして奏太、泣いちゃう?」

「むしろ踏み留まったことが勇気の証だと分かれ、と無言でアイアンクローする」

「なるほど、それはヤだなぁ……」


 本当に嫌そうな顔で頬を引きつらせる。

 しかし唯花はすぐにふいっと視線を逸らした。どこか拗ねたように。


「一応……あたしもちょっとは覚悟決めてたんだけどな」

「嘘つけ。思いっきり『きゃあーっ』って悲鳴上げてただろうが。むしろあれで正気に戻ったわ」

「ふんだ、奏太はものを知らないんだから」

「なんだよ、どういう意味だ?」


「イヤよイヤよも好きの内って言うでしょ?」

「……っ!?」


 固まる俺。分かってない幼馴染。


「……? 奏太? なにその顔?」

「…………………」

「? ? ?」

「……………………………」

「………………………………………あっ」


 ペンキをぶちまけたように一瞬で唯花の顔が赤くなった。

 わたわたわたーっ、と両手を振って慌てだす。


「ち、ちちち違うからね!? 今のはただの言葉の綾だからね!?」

「分かってる、分かってる。オレ、分カッテル、トテモ理解シテルノダ」

「分かってない! まったく分かってない顔ですっごくニヤけてる! 違うってばー!」


 ぺちぺちぺち、と胸を叩かれた。もちろんまったく痛くない。

 唯花はもう涙目だ。耳まで赤くなっている。ぶっちゃけ大変可愛い。なのできちんと言葉にしておく。


「はっはっはっ、今日も俺の幼馴染は可愛いなー」

「あーっ、馬鹿にしてる!? ぜったい馬鹿にしてるでしょ!? どんなに主導権握りかけても結局詰めが甘いって、奏太があたしのこと馬鹿にしてるーっ!」


 ……いやいやいや、まったく馬鹿にしてないぞ。むしろさっきのは今日一番のクリティカルだったから戦慄しているくらいだ。

 一瞬でも気を抜けば、俺は今の唯花以上に赤面してしまうだろう。

 よってこの余裕ぶった態度を崩してはならない。何が何でも絶対死守だ。


「まあまあ、落ち着けって。とりあえずクッキー食べようぜ。食べさせてやるからさ。ほら、あーん」

「そんなことで誤魔化されないんだからね! クッキーは食べさせてもらうけど! あーん♪ ん、やっぱり奏太に食べさせてもらうのが一番美味しいっ」

「今思ったけど、唯花って俺に対してかなりチョロインだよな」

「――っ!? どっ、どどどどど、どういう意味よーっ!?」

 

 という感じで、怒らせるのと食べさせるのを交互に繰り返し、どうにか今日を乗り切った。

 あと余談だが、この後しばらくして弟の伊織いおりの部屋から突然、悲鳴が聞こえてきた。


「うわああ!? なんで僕の部屋に大量の黒焦げクッキーの山が――っ!?」


 そう、料理もお菓子作りもしたことのない唯花が一発で成功するなどあるはずなかったのだ。失敗作はぜんぶ弟の部屋に押し付けたらしい。

 おかげで俺は完成品の美味しいクッキーだけ食べられた。


 ……伊織、尊い犠牲になってくれてありがとう。今度、『ToRoveる』のDVD買ってきてやるから許してくれ。合掌。


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