第22話 幼馴染のラブコメアタックact1

「あ、奏太そうた? 少しそこで待っててくれる?」


 今日も今日とてやってきて、恒例のノックをしようとしたところだった。

 扉の向こうから唯花ゆいかに声を掛けられ、俺はちょっと驚いた。


 まだノックしてないのによく来たのが分かったな。ひょっとしたら階段の足音とかで分かるのだろうか。だとしても入る前に声を掛けられたのは初めてだ。


「いいけど、なんかあるのか? またいきなりアーサー王が飛んでくるとかは勘弁だぞ?」

「しない、しない。ちょっと深呼吸したかっただけ。やっぱり……ちょびっと緊張しちゃうから」


 ……マジか、おい。

 緊張するのはこっちも同じだ。でもわざわざ口に出して言わんでも……。


 正直、結構な確率で昨日の唯花の発言はなかったことになるんじゃないかと思ってた。アーサー王が飛んできて、謎の伝説的アサシンに脅迫される、いつかのパターンだ。でも今回はそうはならないらしい。


「……いいよ、入ってきても」


 すーはー、と深呼吸の音が聞こえた後、入室の許可が下りた。

 ってか、会話できるぐらい扉の外までだだ漏れなのな、声。今までの俺たちの会話とか唯花の家族に聞かれてたらどうしよう。いや……まさか聞かれてるから簡単に宿泊許可とか下りるのか? うん、それはそれで大問題だ。

 

 そんなことを考えながら扉を開けて。


「……唯花?」


 俺は言葉を失った。


「いらっしゃい、奏太っ」


 唯花はパジャマを着ていなかった。


 清楚な白いワンピース姿だ。

 肩の出たノースリーブタイプで、アクセントとして腰に紺色のリボンが巻かれている。


 自慢の黒髪はポニーテール。

 揺れる毛先と白いうなじが眩しい。


 唯花はその場でくるっと回ってみせる。スカートが軽やかに舞い、ポニーテールが視界のなかで円を描いた。


「どうかな? 今日のあたし」

「ど、どうかなって……」


 ちょっと言語に絶するほどの可愛さだった。俺の幼馴染がこんなに可愛いのはいつものことだが、今日は輪をかけて可憐で、美麗で、可愛すぎる。


 やばい、心臓がすげえ高鳴ってる。

 この一年半、ずっとパジャマ姿だけだったのに、いきなりこんな全力のよそ行き姿なんて反則だろ……っ。


「……ど、どうしたんだよ、どこか出かけるのか?」

「あはは、出かけるわけないじゃん。何言ってるの、奏太。あたし、引きこもりだよ? 常識でものを言ってよ」


 いやもう何が常識か俺には分かんねえよ……!?

 唯花はワンピースのスカートをちょこんと摘まみ、はにかんだ。


「これはね、奏太へのおもてなしなの」

「おもてなし? 俺への……?」

「そ♪」


 頷き、指をもじもじと組み合わせる。

 

「本当はご飯作ったりしてあげたかったんだけど、夜中に台所でゴソゴソしてるとお母さんに会っちゃうかもだし……だから代わりにあたし自身が可愛い格好してみましたっ」


 スカートをなびかせて近づき、上目遣いで見つめてくる。


「どう? 嬉しい?」

「…………っ」


 め、めちゃめちゃ嬉しいがな!

 でもなぜか上手く言えない。それどころか、唯花の目をちゃんと見られない。

 明後日の方向に視線を逸らし、俺は明言を避ける。


「いきなりおもてなしだなんて……不気味だな。一体、なに企んでんだって話だ」

「もちろん企んでるよ?」


 えへ、と最高に可愛い笑顔。

 少し照れているその表情はキューピッドの大群が矢の雨を降らすがごとし。




「これは――『奏太にあたしを好きになってもらうぞ大作戦』の一環だからねっ」




 もうとっくに好きだっつーの――っ!

 ちくしょう、今日の唯花は可愛すぎる。もはや悶絶するしかない。


 そんな俺の顔を覗き込むため、唯花は跳ねるようにしてまわり込んでくる。


「ねーねー、可愛い? あたしのワンピース姿の感想聞かせてよ? ねー、可愛い? 可愛いって言えよー」


 可愛いよ! ドキドキし過ぎて心臓飛び出るくらい可愛いっつーの!

 ってか、格好もそうだけど、お前の行動がもういちいち超ド級に可愛いよ!


 あーっ、でも上手く言葉にできん!

 おっかしいなっ。俺、この歳にしては女子を――唯花を褒めるのが自然に出来てたはずなのに、なんかまともに言葉が出てこない!

 その結果。


「…………に、似合うんじゃねえの?」


 俺は明後日の方を向いたまま、思春期真っ盛りの不器用主人公のようなぶっきらぼうさで呟いた。

 途端、噴き出す唯花。お腹を抱えて大笑いし、ポニーテールが右に左に揺れ動く。


「あはははっ、言い方! 奏太の今の言い方! あははははははっ!」

「ぐぬぅ……」

「照れちゃったの?」

「照れちゃったの」

「それぐらいあたしに胸キュンしちゃったの?」

「それぐらい唯花に胸キュンしちゃったの」


 オウム返しに言うことで、どうにか素直に伝えられた。

 いや、これはこれでだいぶ恥ずかしいけどさ……。


 しかし唯花は満足そうな顔で背中を向けると、「……やったっ」と小さくガッツポーズ。ああもう本当可愛いな! 


「あのね、奏太」


 ポニーテールを翻して振り向き、指でっぽうで狙いをつけられた。


「これからもどんどん行くから覚悟してね?」

「まじかよ……」


 拝啓、家族へ。

 幼馴染にキュン死させられそうです。

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