第19話 一年前の幼馴染~ザ・ニート~(唯花視点)

「ふふ、ふふん~♪ EO残して周回、周回♪ 目指せランカー、1軍装備~♪」


 ベッドの枕元にノートパソコンを置き、あたしはゲームの周回に勤しんでいる。

 奏太そうたはさっき来て、ブレザーをハンガーに掛けてるとこ。


「ご機嫌だな。なんかあったのか?」

「えへへ、ついに1軍入りのしっぽが見えてきたの。ほら、あたし、起きてる限りずっと周回できるから。時間は武器なり! 眠らぬ艦隊は最強なのだ!」

「うん、何言ってるか、さっぱり分らんが、引きこもりが板についてきたのはよく分かった……」


 あたしが引きこもり始めてから数か月。

 屋上での約束通り、奏太は毎日会いに来てくれる。

 ゲームもやり放題でレベルがぐんぐん上がるし、あたしの日々はびっくりするぐらい充実していた。


「こりゃ下手に土産なんてやらない方がいいかもなぁ……ダメ人間な幼馴染がますますダメになりそうだ」

「ん、お土産っ?」


 ピコンッと顔を上げる。

 奏太は素知らぬ顔で学校の課題を始めようとする。


「今、お土産ってゆった? ゆったよね? ゆっ、たっ、よっ、ねーっ!」

「うわ、じゃれついてくんな! 子犬か、お前は!」

「お土産を出したまへ! じゃないと、101匹唯花ちゃんの大行進が始まるお!」

「分身か? 分身するのか? 勘弁してくれ。引きこもりの幼馴染なんて一匹いれば十分だ……」


 観念した顔で、奏太はワイシャツの胸ポケットに手を入れる。

 そこから出てきたのは、黄金に輝く――ような気がするプリペイドカード。


「これ欲しいって言ってたろ?」

「わ、いいの? 本当に? これで課金し放題?」

「し放題じゃねえよ。有限だよ。石油王か、俺は。……ま、好きに使っていいぞ。ちょうどバイト代出たからさ」

「やったー! ありがと、奏太! これでカッコカリ指輪が買えるっ、霞ちゃんにレベル解放してあげられるーっ!」


 カードを掲げて喜びの舞。

 でもその途中でふと気づいた。


「でも奏太、アルバイトなんてしてたっけ?」

「あー、先月の末から始めた。……って、唯花にも言ったはずだが?」

「うそん」

「ほんとん」


 とぼけた顔にとぼけた顔を返し、奏太はため息。


「ったく、大方、ゲームに夢中で聞いてなかったんだろ」

「あー……確かに月末は周回のラストスパートで夢中になってた……かも」

「人の話はちゃんと聞けっての。生徒会長の紹介でな。人手が足りないらしいんで、しばらく手伝うことにした」

「ほへー」

「結構面白いぞ。店長は無駄に派手だし、飼ってる子犬は可愛いし」

「子犬?」

「そう、子犬。ミントって名前なんだけどさ、しっぽ振ってじゃれついてくるんだ。とりあえずしばらくバイトは続けるつもりだから、また買ってきてやるよ」


 そう言って、奏太はあたしの頭をぽんぽん撫でる。

 まあ撫でてくれるのは嬉しいんだけど……なんか嫌な予感がする。


 ひょっとしてこやつ、あたしのことを子犬扱いし始めてなかろーか。


 さっきも子犬って言われたし、考えてみればずっとパジャマで可愛い服とか見せてないし、ペット感覚になってきているのかもしれない。

 これはよくない。女の子的に非常によくない。


「奏太」

「んー?」

「ハグしていいよ」

「はあ!?」


 ノートと奏太の間にずいっと割り込み、両手を広げた。

 当の奏太は面白いくらい動揺してくれた。これは楽しい。


「ハグってなんだよ、いきなり!? なんの遊びだ!?」

「遊びじゃなくて代価。あたしはペットじゃないんだから、一方的にもらったりしないの。だからちょっとの間だけ、あたしを抱き締める許可をあげよう」

「いや許可って、お前、その、んー……」


 最初は渋りつつ、なんだかんだで、奏太はあたしを抱き寄せた。

 ふふ、そうだろう、そうだろう。いくら幼馴染といえど、このスーパー美少女な唯花ちゃんとハグできるとなれば、奏太も男の子として拒否できないはずだよね。


 あたしは別に奏太にラブってるわけじゃないけど、これをきっかけに奏太があたしへの想いを自覚しちゃったりしたら困るなー……なんて思っていたら。


「――唯花」

「……っ!? !! っ!? ! ! ! ……っ!」


 力強く抱き締められ、体が密着し、耳元で名前を呼ばれた瞬間、頭が沸騰して大気圏に突入しちゃいそうになった。


 ああああ、迂闊だったーっ! 頭のなかが今以上に奏太でいっぱいになっちゃうーっ! ただでさえ毎日毎日、奏太のことばっかり考えてるのにぃ!


「はい、終わり!」

「お、おう」

「あのね、奏太っ」

「な、なんだ?」


 ばっと離れ、あたしは大声で言った。

 思いきり戒めるように。



「――あ、あたしのこと、好きになったらダメだからね!」



 うん、そう、あれだ。これはあたしじゃなくて、奏太への戒め。あたしは大丈夫だけど、奏太が勘違いしたらいけないので、予め言ってあげてるのだ。


「わ、分かった」


 奏太はちょっと赤い顔で頷いた。可愛いな、このやろー。

 ああ、それにしても今のあたしの気持ちも筒抜けだったらどうしよう。いやたぶん筒抜けなんだけど。もうどうしようもないとこまで来ちゃってるんだけど。


「あと一応、言っておくけど……」


 筒抜けついでだ。

 こっちも頬が赤くなってるのを自覚しつつ、ワイシャツの袖を摘まむ。


「……課金カードはこれからも買ってきてね」

「ハグは?」

「してあげる」

「ガッテン承知」


 こうしてあたしたちの毎月の習慣は始まったのでした。

 奏太はいつの間にか始まったと思ってるみたいだけど、こっちにはちゃんと理由があるんだよ、もう! つづく!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る