第15話 放課後、今日の幼馴染は眠り姫。
「
「うわ、
部屋に入ると、幼馴染がふらっふらだった
目の下がすごいクマになっている。髪はあちこち跳ねていて、パジャマも心なしかヨレっとなっていた。それでも美少女レベルが下がっていないのはさすがだが、今にも死にそうな勢いだ。むしろ一回死んで蘇ってきた感すらある。
「お前、顔色すごいぞ!? ゾンビウィルスにでも感染したのか!? ハザードか、ハザードなのか? それともオブザデッドか!? 俺はクラシックスタイルのゆっくりゾンビも嫌いじゃないけど、それでも近年の高速ダッシュゾンビにロマンを感じちゃうんだ、正直すまん!」
「んー? 奏太、オカルトは苦手だよね……?」
「ゾンビはオカルトじゃない! コメディだ!」
「そっかぁ、ぜんぜん興味湧かなーい……」
ゾンビみたいな顔色の唯花がふらふらと倒れ込んできたので、慌てて受け止める。
映画ならこれで噛まれてジ・エンドだな。
「……くっ、いいさ! 唯花にだったら噛まれても構わねえよ! 一緒に主人公チームへエレベーターアタックかましてやろうぜ! 高速ゾンビだからケレン味が八割増しでゴアッゴアだ!」
「……あの、ごめんね? ぶっちゃけ、ゾンビとかどうでもいいから妄想から帰還してくれる?」
なんかえらい冷たく言われた。
いかん、ウチの幼馴染がイラッとしてる。
「いえっさー、帰還します。ちょっとゾンビトークにギアが入りそうになってました。ごめんなさい。でも唯花はきっとゾンビになっても可愛いぞ?」
「そういうの、今いいから」
「い、いえっさー……」
な、なんだ、この不機嫌さ……っ。
冗談通じない唯花とか怖いんだけど!
「あのね、奏太、今日あたしは寝てません」
「寝てない? なんで? また徹夜でゲームか?」
「ゲームしてない。純粋に眠れなかったの」
「そうなのか……、今までそんなことあったっけ?」
「ない。17年間生きてきて本当初めて」
「だ、だよな……」
「そう。だから」
俺の腕を支えにしていた唯花は、左右のブレザーの袖をぶんぶん引っ張る。
「奏太を枕にして今から寝るの! コンコンとスヤスヤと睡眠を取りまくるの! だからあたしを甘やかして! 安心して眠れるようにめいっぱい甘やかして! 拒否権はありません!」
「あー、安心した。いつものワガママ放題の唯花だ。俺に一切選択の余地がないところとか平常運転の唯花だな、うん」
「はい、ベッドへダッシュ!」
「ダッシュするほど距離ねえですよ」
ベッドの奥側の壁に背中を預けして座らされた。唯花はあーでもないこーでもないと俺の足の位置を吟味し、やがて太ももの上に頭を乗せた。むふー、と満足そうなお顔である。
布団も掛け、完全におやすみの体勢だ。
「……これ、ひょっとして俺、お前が起きるまで帰れない系?」
「今日は泊まってっていいよ?」
「セリフだけ聞くと素敵だが、俺いま人間扱いされてないよね? 完全に寝具扱いだよね? あと気軽に言ってくれてるが、一応親たちの許可もいるだろ?」
「スマホあるでしょ?
「ぬう、確かに……」
その通りだ。唯花の弟なら二つ返事で話を取りまとめてくれるだろう。
明日は土曜なので学校もない。バイトも遅シフトだからどうとでもなる。
「納得した? じゃあ、手を握って」
「へいへい」
「頭も撫でて」
「なでなで」
「むふー」
ご満悦である。
俺は太ももで膝枕をし、右手で両手を握り、左手で唯花の頭を撫でている。これで子守歌でも歌えばフルコースだ。
「あ、歌はいらないよ? 奏太、歌下手だから」
「このやろ。大声でリサイタルしてやろうか?」
「えー、やだぁ」
甘えんぼう全開でキャッキャッと笑う。そうこうしているうちに唯花はすぐに寝息を立て始めた。よっぽど寝不足だったのだろう。しかし。
「安心して眠れるように甘やかせ、って……何かそんな不安になるようなことがあったのか?」
小声で訊ねながら前髪を梳いてやる。
安らかに寝息を立てているので、もちろん返事はない。
寝顔を見ながら心の中だけで話しかける。
……そろそろ訊いてみてもいいか? ここ最近、お前が何をやってるのかをさ。
もちろん本人が言うまで待っててもいい。ただ唯花はため込む性格だから『言いたくても言えない』なんてことがよくある。そういう時はこっちから訊いてやると、ほっとした顔で喋りだす。
唯花にとって、どうしてあげるのが一番いいのか、明日からもう少し注意深く考えていこう。
そんなことを考えていたら、桜色の唇が小さく動いた。
「……奏太ぁ」
「んー?」
寝言だと分かった上で、小声で返事をしてみた。すると。
「…………しゅきぃ」
「――っ!? !? ! !!! ……っ!?」
なんかとんでないこと口走りおったーっ!
ちょ、おま、何言ってんだ!? いや寝言、寝言だけどさ! だけど、おま、おま、唯花ーっ!
普段なら押し倒したくなるところだが、哀しいかな、今の我が身は寝具である。
テンションに反して身動ぎ一つできないまま、俺は枕の役を続行した――。
………………。
………………。
………………。
やがて夜もどっぷり更けた頃、我らの眠り姫が目を覚ました。
「ふあ~……、よく寝たぁ」
「よいお目覚めで」
「うむ、余は満足じゃ。……って、どうしたの、奏太?」
「なにが?」
「なんか……すっごいニヤけてる。なに? あたしが寝てる間にガチャのSSRでも引いた?」
太ももを枕にしたまま、唯花は怪訝な顔をする。
あー、そんなに俺はニヤけてるのか。この数時間で平常心を取り戻したつもりだったんだが、頬の筋肉が勝手に反応しているらしい。
なんかもう唯花の顔を見てるだけで幸せな気分だ。
「確かにSSRを引いたかもしれん。人生、真面目に生きてればいいことがあるもんだよな、うん」
「はぁ、そうなの? あたしの寝顔が人類史を変えるほど可愛かったとか? あっ、寝てる間にキスしたわけじゃないよね!?」
「しない、しない。今の俺にそんな不埒な行動は必要ないのさ」
「え、そう? だったらいいけど……こんな上機嫌極まってる奏太、初めてみるかも」
「ふふ、まあ俺も人生の新たな段階に到達したってことさ」
「なんか……上機嫌過ぎて心配になるんだけど。平気? ぬか喜びフラグが立ってそうな気配がふつふつとしてるよ?」
「ははは、ありえんて」
「だったらいいけども」
「じゃあ、そうだな、一応、フラグを粉砕しておくか」
ごほん、と咳払い。
さてさて、たとえばあれが何かの聞き間違いだとすると……。
「唯花、別に『手記』とか書いたりしてないよな?」
その瞬間である。
布団を跳ね飛ばして、唯花が起き上がった。
「ちょ、ちょちょちょ!? 見たの!? あたしのルーズリーフ!」
「え、書いてんの!? ガチでぬか喜びフラグなの!? 嘘だろ!? この世にゃ神も仏もないのかよぉぉぉぉぉっ!?」
「え、見てないの!? 見られてないのにあたし、自分で言っちゃたの!? わぁぁぁぁぁぁっ!?」
幼馴染たちはベッドの上で悶絶した。
絶叫の宴は延々続き、俺のスマホがピロリロリーンと鳴り、メッセージで伊織から『奏太兄ちゃん、夜はお静かに』と注意されてようやく幕を下ろした。
お互いにぜーぜーと肩で息をし、俺たちは正座で向かい合う。
「ど、どうやら……何か見解の行き違いがあったみたいね」
「ああ、そのようだ……哀しいことにな」
「奏太が何を勘違いしたのかは聞かないでおくよ。今後のためにその方がいい気がするし」
「賢明な判断だ。じゃあ……お前の手記については?」
「手記っていうより、ルーズリーフに書いたメモみたいなものなんだけど……ああ、でもそれは本当にただのメモだから、あんまり意味ない。大事なのは……あっちに打ち込んだ方」
唯花の視線はテーブルのノートパソコンに向けられていた。
確かにいつだったかもタイピングしてたな。
パジャマの太ももの間に手を入れ、唯花はもぞもぞと身動ぎする。言いずらいことを言う時の癖だ。……おかしなタイミングになってしまったが、どうやら話してくれるらしい。ここ最近、何をしていたのかを。
「実はあたしね……」
どうにも歯切れ悪く、しかしどこか高揚した表情で、唯花は言った。
「……小説を書いたの」
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