第21話 再会なう
「アルジャーノン」の赤い扉を開けると、中の喧騒が一気に溢れ出してくる。
ランチタイムということもあって、なかなかの賑わいを見せている。街のご婦人方や商会の上役と見られる人々が、気取らない昼食を楽しんでいた。奥の方のテーブルでは昼間から酒を呷っているのか、賑やかな声も聞こえてくる。
店内に入った俺を見つけたか、それともクレマンやジョルジュの姿を見てか、ベストを着た初老の男性が駆け寄ってきた。応募の書類の中で見た顔だ。
「これはこれは、オオゼキ様、ピアンターテ様にアスラン様まで!ようこそいらっしゃいました!」
「初めまして、オオゼキです。店主の……ええと」
俺の視線が宙を彷徨う。予定に無かったからとはいえ、応募書類を持参しなかったのは失敗だった。店主の名前が出てこない。
言葉を言い淀む俺を見て、店主の男性がふっと小さく息を吐いた。申し訳なさそうに微笑っている。
「そうですよね……私のような木っ端風情を、オオゼキ様のようなお方に記憶していただこうなどとは無礼千万、第三次選考まで進ませていただいたのも過分な評価と相成りましてあぁ何とも申し訳ないこんな私めが」
「デイビッド、少し落ち着かんか。すぐ卑屈になるのはお前の悪い癖だぞ」
「はっ……!?」
微笑を湛えたままなんかネガティブモードに突入した店主を、ジョルジュが諫めにかかる。その言葉に我を取り戻した店主が、その細められた双眸をぱっと見開いた。
漫才のようなそのやり取りに、どうしたものかと戸惑う俺に、改めて店主が頭を下げてきた。
「お恥ずかしいところをお目に入れて申し訳ございません。オオゼキ様、「アルジャーノン」を預かっておりますデイビッド・アルジャーノンと申します。
して、本日はどのような……」
「あっ、普通に食事です。近くを通りがかったので」
俺の言葉を受けて、店主――デイビッドは下げていた頭を上げ、背筋をしっかと伸ばした。柔和な微笑みを顔に湛えたまま、右手をスッと後方に伸ばす。
「かしこまりました。どうぞごゆるりとお寛ぎください。テーブルにご案内いたします」
そう言いつつこちらに背を向けるデイビッド。ゆっくりと足を踏み出したのと、後方のクレマンとジョルジュが俺の背を突いたのをきっかけに、俺は「アルジャーノン」の店内を進み始めた。
カントリー調と言えばいいのだろうか、テーブルも椅子も家具も、木目を生かした優し気な風合いを出している。生成り色の壁紙の暖かな感じも良い。ゆったり寛ぐには最適だろう。
それでいて棚の花瓶や壁の絵など、細やかな調度品が洗練されて上質なのが、その雰囲気で分かる。
やはり、こういう店に温泉旅館「オオゼキ」に来てほしいなぁ、と思いながら、俺はデイビッドに案内されたテーブルに腰を下ろした。店のだいぶ奥まった方だ。
「それではお三方、何かありましたら私や店員をお呼び付けくださいませ」
「ありがとうございます」
両手を前に持ってきて三度頭を下げるデイビッドに、俺がつられてぺこりと頭を下げた瞬間。
「おぉっ?そこにいんのはマコト・オオゼキ殿じゃねぇかぁ~!」
「ちょ、ちょっとエドマンドさん!迷惑ですよ!」
隣のテーブルからいやに親し気に声をかけてくる壮年の男と、それを諫める若い男の声がした。
俺は久しぶりの再会に喜色満面、席を立って隣のテーブルの
「お久しぶりです、エドマンドさん、皆さんも!」
「はっはっは、久しぶりだなぁマコトー、あん時以来だからかれこれ3ヶ月ぶりか?」
「3ヶ月ぶりなのは合ってますね。お久しぶりです、マコトさん」
「私とローランドもいるわよぉ~」
そう、隣のテーブルに座っていたのは冒険者パーティー「
エドマンド、シルヴァーナ、マテウス、ローランドの四名が、何の偶然か隣で宴会をしていたのだ。
突然の再会に喜ぶ俺だったが、四名と面識のないクレマンとジョルジュが、俺の後ろできょとんとしている。怪訝そうな表情でジョルジュが口を開いた。
「なんだねオオゼキ殿、知人か?」
「あっはい、
「あぁなるほど、マコト殿が
俺の説明に、クレマンも得心が行ったらしい。酒をしこたま飲んでか赤ら顔になったエドマンドが、俺の後方に控える二人を見やると、いきなりバシンと俺の肩を叩いてきた。
「あだっ!?何ですかエドマンドさん、いきなり」
「いやーははは、『
宿屋王。寝具帝。まぁまず間違いなくクレマンとジョルジュを指す呼称だろうとは思うが、なんとも仰々しい響きである。
後ろを振り返ると、二人とも揃って肩をすくめていた。
「ほっほっほ、市井でそう呼ばれているのは認識しておりますが、やはり対面して言われますと面映ゆいですなぁ」
「ふん、クレマン、お主は恐縮しすぎる。こういう呼称は堂々と受けてやればよいのだ」
たっぷりした腹を揺らしてまなじりを下げるクレマンと、堂々とふんぞり返るジョルジュ。
対照的な構図だが、実際この二人は帝都どころか帝国を代表する商売人だ。なんか仰々しい呼ばれ方をするのも無理もない。
俺は視線を前方に戻すと、エドマンドの体面に座るシルヴァーナに声をかけた。
「ところで、皆さんはなんでこの店に?」
「そうね、私達、ここ一ヶ月ほどは帝都周辺で仕事をしていたのよ。
今日は大きな案件が片付いて、報酬もたんまり入ったから、いいお店でぱーっと使っているってわけ」
「古くなっていた装備を修理したり新調したりしても、なお余るくらいの額でしたからね」
「たまには、いい酒も飲みたくなる……」
シルヴァーナもローランドも、手にはワインを入れたグラスを持っていた。マテウスのグラスに入っているのはカクテルの類だろうか。
いずれの面々も、いい具合に酒が入っているようである。大きな仕事を片づけた後とあれば、当然だ。俺だって
と、他の面々よりも大量に飲んだらしいエドマンドが、酒臭い息を吐きかけつつ声をかけてきた。
「マコトはどうしたんだ、昼飯かぁ?」
「あ、まぁそうなんですが、この「アルジャーノン」が旅館に入るレストランの候補に挙がってたので、視察をって痛ぁ!?」
俺の言葉が言い切られる前に、またも俺の肩を強く叩くエドマンド。思わず身体がよろけてテーブルにぶつかりそうになった。
「そうかそうか!こういう気楽に入れる店があの旅館に入ってくれたら嬉しいなぁ、俺達みたいな弱小市民としてはなぁ!!」
俺の後ろで、ジョルジュがよく分からない音を喉から漏らしたのが聞こえた。これ幸いと身体を後方に向けて、テーブルに両手をバンと突く。
「ほらだから言ったじゃないですか、こういう店のがあの旅館にはいいんですよ、ああいう格調高い店じゃなくて!」
「いやまぁ、分かった、分かったからオオゼキ殿」
「お気持ちは非常に分かりましたし、需要があることも分かりましたから、座りましょうマコト殿。注文しなくては」
クレマンとジョルジュが同時に俺を諫めてきた。そういえばそうだ、昼食を取りに来たのだ。議論をしに来たわけではない。
俺がテーブルに戻ったタイミングで、デイビッドが伝票を片手に注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうですなぁ、私はこちらの、ビーフシチューとパンのセット、それとフロベールヴァインの赤を。お二人はいかがします?」
「私はポークピカタとパンのセットを。ヴァインは私もフロベールの赤にしようか。オオゼキ殿は?」
「あー……それじゃ俺はクレマンさんと同じで、ビーフシチューとパンのセットにします。それと紅茶を」
「かしこまりました」
一礼して去っていくデイビッド。こちらに背中を向けたことを確認すると、ジョルジュが俺の肩を小突いてきた。
「オオゼキ殿、貴君20歳と聞いているぞ。とっくに飲める年であろうに」
「いやだってまだ昼間ですよ?昼間からお酒ってなんかダメじゃないですか?」
「昼に酒を飲んではいけない、などというルールはございませんからなぁ」
必死に昼間からお酒を飲むことの駄目さ加減を主張しようにも、二人は全く意に介さない。そう、ここは異世界。地球とは倫理観も常識もまるっきり違うのだ。
だから隣のテーブルで、エドマンドたちが酒宴に興じているのもあるわけで。お店の選定についてはもう解決したようなものだが、その辺りの常識の違いも考えて運営していく必要がありそうだ。
「タサックの~
「「かんぱ~い!!」」
隣で何やら変なものに乾杯しているエドマンドと仲間たち。その光景を見やって苦笑しながら、デイビッドが三人分のパンをテーブルまで運んできた。
焼きたてのパンはふかふかとして、断面の小麦色が実に綺麗だ。
「セットのパンでございます。オリーブオイルとバターがございますので、お好きな方をご利用ください」
「美味そうっ、いただきます!」
矢も楯もたまらずパンに手を伸ばす俺。非常に美味しかったです。後からやって来たビーフシチューもめっちゃ美味しかったです。
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