第3話 入植なう

 そこそこ人通りのあるルブルーム通りを、女性に腕を引かれながら、時折通行人にぶつかりそうになりながら、俺は歩いて……否、歩かされていく。

 何しろテンパってるこちらのことなどお構いなしに、ぐいぐいと引っ張っていくのだ。こちらの意思など働こうはずもない。

 通行人がずんずん進む彼女と、その彼女に手を引かれる俺に対し、驚愕と好奇の入り混じった視線を向けてくるのを感じる。

 顔を俯かせつつそのまま足を動かすこと5分、彼女は通りに面した立派な建物の前で足を止める。急に止まられたものだから、彼女にぶつかりそうになって地味に焦った。


「ここが来訪者マレビトについて担当するお役所、異局いきょくです!

 来訪者マレビトの皆さんの入植、ステータスやスキルの確認、住居や職業の斡旋や生活面でのサポート……いろんなことで力になってくれるんですよ」

「へぇ……思っていたよりも、手厚くサポートしてくれるんです、ね」


 レンガ造りの背の高い立派な建物を見上げて、俺は感嘆の声を漏らした。

 転移してきたときの不安と心配が、どんどん軽くなっていっているのが分かる。想像していた以上に、転移してきた人々……来訪者マレビトへの対応システムが整備されているようだ。

 俺は日本人だし、都民だったので、ある程度行政のシステムが整っている環境からやってきた。転移した先でもその辺りが整っているのは、単純に安心感を覚える。

 ここでようやく手を放し、意気揚々と異局の中に入ろうとした彼女が、ふと足を止めてこちらを振り返った。


「そういえば、貴方の……お名前は何て仰るんですか?」


 彼女の突然の問いかけに、俺は目を数度瞬かせた。

 確かに、互いに自己紹介をしていない。ずっと彼女や貴女と呼び続けるのも、地味に申し訳がなくてむず痒い気分だった。

 俺は静かに呼吸を整えつつ、自分の名前をそっと口にした。


「……マコト。大関おおぜき まこと、です。

 そういえば俺、あ、僕も、貴女の名前を知らない」

「マコトさん、ですね……あ、大丈夫ですよそんなに畏まらなくても。

 私の名前はアリシア・ヴォコレです。どうぞアリシアとお呼びくださいね。よろしくお願いします」


 犬獣人の女性――アリシアがこれまで何度も見せてきた人懐っこい笑顔を、改めて俺に見せてきた。

 コミュニケーション能力の高い、人当たりのいい彼女の笑顔に和みつつ、そのコミュ力の高さを何とも羨ましく思う。

 というか俺、こんなにコミュ力低くて異世界で生きていけるのだろうか。言葉が通じてもこれじゃあどうしようもない気がする。

 ともあれ、まずはこの世界で生きていく上での必要な手続きをしなくては。俺はアリシアの後ろについて、異局の建物に足を踏み入れた。




 異局の建物の中は、いかにもファンタジー風の異世界という風合いで、実に心が躍る空間だった。

 色とりどりのレンガが組まれた壁、その壁に掛けられた色鮮やかなタペストリーに旗、木製のカウンターの奥ではエルフの女性がにこやかに微笑んで来客に応対し、さらに向こうでは獣人や妖精が書類片手にせわしなく動き回る。

 あぁ、でも、接客業務はどこの世界でも見目麗しい女性優位の仕事なんだなぁ。人の第一印象は見た目が9割だというし、そりゃそうか。


 傍らに立つアリシアが、腕をすっと伸ばしながら異局の内部を説明する。


「1階の、正面奥のカウンターが総合受付です。あそこに行けば殆どの用事に対応してくれますし、別の場所への案内もしてくれます。

 左手の部屋はチェッカールーム、レベル・ステータス・スキルの確認を行える部屋が5つくらい並んでいます。個人情報保護もばっちりです。

 右手には換金屋と喫茶店ティースペースがあります。換金屋では手持ちのお金を両替したり、不用品を買い取ってもらったりできますよ。

 とりあえず、まずは総合受付に行きましょう」


 アリシアが真っすぐ、正面のカウンター目指して足を踏み出す。対して俺は、その場から動けずに、否、動かずに建物内を見ていた。

 これでも社会学を学ぶ学生だ、行政の建物の構造や業務の正常性は気にかかる。実際、異世界の行政というのもなかなか直接目にできるものではない。

 もうちょっと、時間が許せば観察に時間を使いたいところだが、まぁ、これは今やらなければいけないことでもないか。

 俺はカウンターの前で手を振るアリシアと、その向こうで微笑みかける受付の女性の方へ、ゆっくりと近づいて行った。


 カウンターの傍まで寄ると、抜けるように肌色の白いエルフの女性が微笑みかけてきた。

 唐突に、緊張のせいでか心臓の鼓動が早くなる。耳がぼうっと熱を持ってくるのが感じられた。ただの事務手続きでここまで緊張して、果たして俺はこの先大丈夫なのだろうか、いろんな意味で。

 心臓が早鐘を打ち出す俺を一瞥して、受付の女性は手元に紙を引き寄せて羽ペンを執った。


「新規の入植手続きと伺っております、来訪者マレビトよ、神聖クラリス帝国へようこそ。

 まずはお名前を名、姓の順で、次に性別、年齢、種族を伺います。口頭で仰ってください」

「あ……はっ、はい。

 名前はマコト・オオゼキ。男性。年齢は20歳。

 種族は……えー……」


 緊張で上ずった声になりながら、俺は自己のパーソナリティを述べ始めた。

 だが、種族のところで言葉に詰まる。ただ「人間」と言ってしまってよいものだろうか。俺は俺自身を「人間」だと認識しているのだけれど。

 たまらず、隣に立つアリシアに目配せする。視線を受け取ったアリシアが俺に耳打ちしてきた。


「(マコトさんの場合は、人間ヒューマンで問題ないと思います)」

「(ありがとう)」


 アリシアに小声で礼を述べ、改めて受付の女性に向き直る。


「種族は、人間ヒューマンです」

「マコト・オオゼキさん、男性、20歳、人間ヒューマン。ありがとうございます。

 ……はい、申請書類についてはOKです。これからステータス確認と並行してパーソナリティー検査を実施いたします。

 案内の者が立っておりますので、チェッカールーム2番にお入りください」


 受付の女性の右手が、俺の左後方、先程アリシアが説明したチェッカールームの方へと伸びる。

 俺は女性にそっと頭を下げると、指示された方へと歩いて行った。後ろからアリシアもぱたぱたとついてくるようだ。


 まぁ、彼女は「お付き添いの方は部屋の外でお待ちください」と、中に入るのは止められてたんだけど。




 チェッカールームは異局の建物の内装と大きく異なり、魔術的で神秘的な様相を呈していた。

 濃紺色の壁に不規則にラインが走り、明滅しているのが見える。

 案内してくれた、ブラウスをぴしっと着こなした竜人の女性が、ルームの中央に据えられた謎の球体を指し示す。


「マコト様の目の前にあります球体に、両手で触れていただければ、パーソナリティーチェックと同時にステータスが表示されます」


 言われるがままに俺は部屋の中央へと進み、謎の球体の前へと立つ。

 一切の歪みもないほどに真球に誂えられた球体は、見た感じ水晶玉のようだ。透き通った内部で光が不規則に脈動しているのが見て取れる。

 恐らく、魔法とか魔術とかそういう不思議パワーで満ちているのだろう。

 俺はごくりと唾を飲み込むと、そっと球体に両手を添えた。


 刹那、目の前にいくつもの光が浮かび上がる。浮かび上がった光は数度瞬くと、バッと広がって長方形を形成する。

 その長方形の中に、数々の文字や数字が自動で入力されていくのが見える。ただし問題が一つ。

 こちらの文字で記されているせいで、全く読めない。

 傍らに立つ竜人の女性が記された内容を一瞥し、目を光らせる。


「来歴世界、ソレーア。魂色ソウルカラー桜色ブロッサム。なるほど、『ニホン』の方ですね。

 そちらの言語に翻訳を行います、少々お待ちください」


 女性が球体に触れて目を閉じると、空中に形成された長方形が崩れて球体に吸い込まれ、再び浮かび上がり形成された。

 そして表示されている内容は、全て日本語に翻訳されている。便利すぎて眩暈がしてくる機能だ。グー○ル先生だってここまでは出来ない。

 改めて、表示された内容に目を通してみる。


『マコト・オオゼキ(人間)


 職業クラス:なし

 レベル:1

 経験値:0/15


 前衛職適性 :●

 魔法職適性 :●●

 炎属性適性 :●

 水属性適性 :●●●●●

 風属性適性 :●

 大地属性適性:●●●

 光属性適性 :●

 影属性適性 :●

 衝属性適性 :●●


 所持技能スキル:鑑定(温泉) 知識(温泉) 深部探知 基礎技能』


 目が点になった。

 職業が「なし」なのはいい。適性がやたら偏ってるのもまぁいい。

 問題は所持スキル。なんで温泉関連のスキルが二つもあるんだ俺。いくら温泉マニアだからって、こんな尖ったスキル構成していていいものか。

 傍らの女性がすぅと目を細めてくる。


「ご確認いただけましたでしょうか。ただいま表示されたのが、マコト様のステータスになります。

 ご覧いただければわかりますが、かなり特殊な……えぇ、特殊なスキルをお持ちでいらっしゃいますね。適性もそれに特化していらっしゃるご様子。

 これらのステータス確認は技能「基礎技能」の一つ、『ステータス閲覧コンフィルメ』にて簡易的にですが確認いただけます。

 それと、お手持ちの魔法板タブレット……あぁ、お持ちですね。そちらをお貸し願えますか?」

「……魔法板タブレットって、このスマホですか?」


 尻ポケットからスマホを取り出し、女性に差し出すと、確かにと頷き、丁寧に受け取った。

 何故ここでスマホが必要なのか、事態を飲み込めずに俺が首をかしげていると、女性が俺のスマホを手に持ち、指さしながら説明を始めた。


「これからマコト様の『スマホ』に魔法回路を組み込みます。

 『ニホン』からお越しの方ですし、こちらは電力で動作するものと判断しますが、魔法回路を組み込むことでこちらの世界に充満する『魔力』を電力に変換することが出来るようにいたします。

 また、魔力波発信機能、暦や時間、地図情報、言語情報をインストールし、こちらの世界でも『スマホ』が使用できるようにいたします。

 機能をインストールした『スマホ』は大気中の魔力を伝播してやり取りしますので、通常通り通信が行え、翻訳機としても動作いたします」


 女性の説明に、俺は再び目が点になった。

 俺の愛用のスマホが、なんだかやたらとハイスペックになって返ってくるらしい。それに会話は問題ないにしても、文字を読めない現実がある以上、翻訳機能を持たせられるのはありがたい。

 俺のスマホを持った女性が、それを球体へとそっと押し当てると、球体からぶわっと魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 浮かび上がった魔法陣は数度回転すると、急速に収束して俺のスマホへと吸い込まれていった。


「インストールが終わりました、ご確認下さい」

「おぉ……」


 恐る恐る、女性の手から差し出されたスマホを受け取る。いつも通りの草津温泉の湯棚の写真が表示されているが、左上のキャリアの表示がされるとこが「Magica」になっていることが確認できる。

 ついでに画面上に表示されるカレンダーも地球上の西暦のそれではない。カレンダーアプリを起動させて月表示に切り替えると、今の年については何とも言えないが、こちらも月は12あり、一月は30日程度のようだ。

 俺がスマホに見入っていると、竜人の女性は深々と頭を下げた。そして告げることには。


「改めましてマコト様、ようこそ『チェルパ・・・・』へ。

 神聖クラリス帝国は、貴方を心より歓迎いたします」


 よかった、俺はこの世界に、少なくともこの国に拒絶されることは無いらしい。

 ホッとした面持ちで、俺は頭を下げ返したのだった。

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