第92話 北との戦い⑪ ルーベルトとの取引



 ――――早朝





「伝令! 北の連中が行軍を開始したとのことです!」



「わかった。君は引き続き状況を確認し、報告を頼むよ」



「了解しました! 失礼します!」



「……だそうだよ? トーヤ」



「ああ」



 俺がいるのは城郭に設置された、一番高い物見やぐらだ。

 ここからでも確認できないということは、本当に行軍を始めたばかりなのだろう。

 先遣隊も何もない。小細工一切なしの真っ向勝負。



 ……舐められているのだろうか?

 いや、あるいは本当に何も考えていない?


 どっちにしても好都合である。

 森の中腹には、既に様々な罠が張り巡らされている。

 そのまま真っすぐ突っ込んでくれるのなら、大いに手間が省けるというものだ。



「おはようございます。トーヤ」



「ん、イオか。体の方は大丈夫か?」



「ええ、問題ありません。十分休みましたし、あとはこうして朝日を浴びていれば、ほぼ完治します」



 そう言って伸びをする彼女。袖口から覗く脇やらなんやらに少しドキリとさせられる。

 前々から思っていたが、魔界の女性は少し無防備過ぎやしないだろうか……



「……トーヤ、あの男が出てきたら、また私を使ってください」



「それは……」



「もちろん、無謀なことは百も承知です。ですが、あの男からは学ぶことが多い……。次もきっと盗んでみせます」



 学ぶ、と言いながら盗むと言うのも変な話だ。翻訳がおかしいのだろうか?

 まあ、意味合い的にはどっちも間違ってないけど。



 彼女はあの戦いで、ルーベルトの動きに食らいつくため、その動きを細部まで逃さず見て・・いた。

 その情報を俺が共有し、俺なりの解釈で再現したことで、彼女はあの移動方法の片鱗を掴んだようである。

 もっとも、再現した俺自身はまだ、あの動きを使いこなすことはできないが……



「……まあダメだって言っても、どうせ聞かないんだろ? だったらせめて俺なりに協力させてもらうさ」



「ありがとうございます。私は見取り稽古は得意な方なのですが、頭が固いせいか、理解に至るまでにかなりの時間をかけてしまいます。ですが、『繋がり』を通じて、トーヤが私の情報をかみ砕いて理解してくれるので、ここ最近の私は以前より遥かに速く成長しているのです。……感謝していますよ」



 こう感謝の念を真っすぐ向けられると、少し恥ずかしくもある。



「……っ!?」



 どう返すか悩んでいると、張り巡らせた感知の網に引っかかる存在が現れる。



「どうしました? トーヤ」



「……早速だけど、本人のお出ましだよ。それも堂々と正面から、ね」





 ◇






 その男、ルーベルトは、城門の前で腕を組んで待っていた。



「……先日はどうも。今日は何用で?」



 なるべく平静を装いながら問いかける。

 いや、俺が平静を装っても、この状態じゃあまり意味ないんだけどな。

 なにせ俺の周りを固めるように、ウチの最大戦力達が取り囲んでいるのだから……


 突如城門の前に現れたルーベルトは、俺を呼び出せと主張した。

 俺がそれに応じると言うと、皆に猛反対されたのだが、その反対を押し切ったら結果的にこうなってしまった。

 俺の前方は女性陣により固められている。

 背丈の関係で自然とそうなったのだが、女性を盾にしているようで何だかとても気まずい。



「……そう警戒しないでいい。俺は取引をしに来ただけだ。最も、お前の回答次第では戦闘になるかもしれんがな」



「……取引?」



「そうだ」



 この状況において、なんの取引をするというのだろうか?

 先日の件で、アンナ達は渡さないという意思は伝わっているはず。

 今更それを持ち出すとは思えないが……



「……一応、話は聞こう」



「ふん、話は簡単だ。取引に応じれば、俺はこの戦に参戦しないでやる」



「!?」



「俺の見立てでは、この戦はグラ達の負けだ。それも大敗だな。それだけ森におけるドルイドの力は絶大だ。だが、それはあくまで俺抜きで計算した場合だ。そうだろう?」



 図星である。正直、俺はこの戦はほとんど犠牲を出すことなく終える自信があった。

 だが唯一、俺の絵図に収まらない存在がいる。それがルーベルトだった。

 この男の戦力を、俺は魔王クラスと推定している。魔王の本気を知らないので見積もりは正確ではないが、少なくともあの時戦ったキバ様以上の実力をルーベルトからは感じる。



「お前たちの戦力全てを把握しているわけではないが、恐らく最大戦力はその半獣化できる小僧だろう? しかも時間制限付きの、な」



「言ってくれる……」



 挑発にいきり立つシュウを片手で制す。



「すまんな。別に挑発をしたかったワケじゃない。その小僧の実力についてもある程度は認めている。しかし、時間制限付きであれば対処が容易いのも事実だ。それくらいは理解しているだろう?」



「…………」



「話を進めるぞ。俺はこの戦の勝敗については興味が無い。北に住み着いているのも、エルフ共や魔族の動向を探り易いからに過ぎない。……だが、一応俺も北では幹部とされていてな。せめて体裁くらいは守ろうというワケだ」



「……いいから条件とやらを言ってくれ。それを聞かなければ話にならない」



「……条件は3つ。1つは俺の拘束だ。この城郭の内ならどこでもいい。建前上、俺を拘束したことにして貰う。もう1つはこの戦場に解き放った俺の配下を仕留めて見せろ。それができないようであれば、やはりお前達は不要と判断せざるを得ないからな。最後の1つは……、俺にあのダークエルフの娘と話させろ。二人きりでだ」



「……1つ目と2つ目は問題ない。だが3つ目は聞けな――」



「お父さん!!」



「な!? エステル!?」



 あれ程出てくるなと言ったのに、何故!?

 後ろにはコルトも控えている。一番この状況を止めたかったのはコルト自身だったハズだが……



(……エステルに諭されたか)



 コルトの決心めいた表情を見て、そう予測する。

 俺は少し、エステルという少女のことを見誤っていたのかもしれない。

 先日の件といい、この少女はただ気弱なだけの少女ではなかったようだ。



「お父さん、私、そのおじさんと話します。話させて欲しいです……」



「エステル……」



 少女は気弱そうな表情でいながら、その瞳には強い意思が感じ取れた。

 あるいは、先日の時点でこうなることを予期していたのかもしれない。



「親父殿、俺からもお願いします」



 本当は心の底から許可したくない。

 しかし、この子達は決心を蔑ろにすることは、俺にはできなかった。



「……駄目だ、と言いたい所だが、この条件を呑まなければ、結局君達を危険に晒すことになるからな……。ルーベルト、その話とやらに、この子を加えることはできないか?」



「……その二人は、兄弟なのか?」



「ああ」



「ならば、それで構わない。取引は成立した。頭以外は好きに拘束して構わん。好きなだけ縛ったら、俺とその子ら二人をどこかの部屋に移すがいい」



「……見張りは付けさせてもらうぞ」



「好きにしろ。話が終わればその二人も開放する。決して危害を加えないことも誓おう」



「……わかった。ゲツ、トロール達と協力してこの男を縛り上げてくれ」



「りょ、了解しました!」



「……コルト、エステルのことは任せる」



「はい、親父殿。エステルは俺の大事な妹です。どんなことがあっても、必ず守り抜いてみせます……」



「頼んだぞ」



 自ら父親役を買って出たくせに、見送ることしかできないのが情けない。

 俺にもっと力があれば、もっと良い選択があったかもしれないのに……


 ……いや、割り切れ俺!

 無いものねだりをしても仕方がないのだ。

 今はこれが俺にできる最善。

 ルーベルトは2つ目の条件で俺を、俺達を試そうとしている。

 そして、それを満たせないようであれば、今度こそ俺達からエステル達を奪い取ろうとするハズだ。

 ならば、まずはこの状況を全力で乗り切ることに集中しよう。



「トーヤ様! 敵の一陣が森の中腹に到達しました!」



 先程の伝令が状況を報告に来る。

 予想よりも行軍速度が速いのは、恐らく先日の時点で主力を前線付近に待機させていたのだろう。



「わかった。……みんな! それぞれの配置に付いてくれ! 作戦を開始する!」




『応!!!!!』





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