第51話 弔い



「ふぅ……、こんな所、かな……」



 俺は、自分の腰ほどの高さがある岩を地面に突き立て、深く息をつく。



(全く、トロール達はよくこんな岩をブンブン振り回せるよ……)



 この岩は元々、トロール達が使う大剣の材料の一部である。

 彼らはあの大剣を自作しているらしく、このような岩を複数所有しているのだ。

 それを思い出し、今回一つ譲ってもらったのだが……



(ぐぬ……、ちょっと腰に来たかも……)



 精霊のお陰で、俺の力もかなり増しているハズなのだが、この岩をここまで運ぶのに三度ほど休憩を挟む羽目になった。

 こんなことなら、トロールの誰かに運ぶのを手伝って貰えば良かった……



『……お主は、やはり変わっているな』



「……そうか?」



『この森でそのようなことをする者は、見たことが無い』



「そうか……。まあこれは、ただの自己満足みたいなもんだよ」



 そう、こんなことをしても、結局はただの自己満足に過ぎない。

 責任感や罪悪感……、そういった感情のぶつけ場所がわからず、こんな行動に出てしまっただけだ。



『ふむ……。所で、客人のようだぞ?』



 その言葉に、一瞬焦りを覚える。

 気を抜いたつもりは無かったのに、全く気付かなかったからだ。

 恐る恐る振り返ると、そこには白髪の少女が立っていた。



(この子は確か双子の……、目を閉じているから、アンナちゃんの方か?)



 アンナとアンネ、二人は双子であり、見た目では中々区別がつかない。

 ただ、姉であるアンナの方は目が不自由らしく、常に目を閉じているだめ、それで判断が可能であった。



「アンナちゃん、だよな? どうしてこんな所に?」



 俺はなるべく優しく、笑顔で問いかける。

 しかしその裏で、俺は若干ながら警戒をしていた。



(一体、何の目的でこんな所へ……?)



 この距離まで近づかれて俺が気づけなかったのは、彼女が隠形を使っているからである。

 レイフに教えて貰わなければ、最後まで俺は気付けなかったかもしれない。

 もし彼女が悪意を持っていたらと思うと、正直ゾッとする……



「あ、あの、警戒しないで下さい。私はただ、貴方が何をしているのかと思って……」



 おっと……、思わず表情に出てしまったか?

 ってそれは無いか……、彼女は相対している今も、目を閉じているのだから。



「……すまない、君を疑っているワケでは無いんだが、俺も一応立場がある身でね……」



 彼女に悪意が無いのはわかったが、だからと言って警戒を解くワケにはいかない。

 俺のような弱者は、常に警戒しておくくらいで丁度良いのだ。



「それにしても、凄い隠形だね。こうして会話をしてる今でさえ、君の存在を希薄に感じるよ」



「こ、これはその……、すみません……。追われていた時、身を隠す癖がついてしまって……」



「あー、いや、別に隠形自体を警戒しているワケじゃないし、気にしないでくれ」



 追われていた時、か……

 彼女達が何故、子供だけで生活することを余儀なくされていたのか?

 その背景から考えれば、それがどれ程過酷なものだったか容易に想像できる。

 そしてその過去こそが、彼女にこれ程の隠形を身につけさせた、ということなのだろう


 この森には、彼女達以外にも少なからずそういった過去を持つ者がいる。

 警戒するあまり、少し浅慮だったかもしれないな……



「え~っと、何をしているか、だったよね? ……これは、墓石を建てていたんだよ。小人族や、君達の仲間のね」



「……? 墓石、ですか?」



「あ、やっぱり通じない? さっきレイフにも変だと言われたからなぁ……」



「い、いえ……、墓石が何かは、わかります。でも、それを何故、トーヤ様が?」



「あー、いや、それはなんて言うか、罪滅ぼしというか……」



 いざ聞かれるとなると、上手く答えることができなかった。

 罪滅ぼしというのも間違いではないし、先程レイフに言ったように自己満足というのも正しい。

 しかし、関係者であるアンナに対して、それをどう説明すれば良いのやら……



「罪滅ぼし……? 何故、トーヤ様が?」



「……え~っとだね、実は俺ってさ、『荒神』って所の軍に所属しているんだけど、つい先日上司から「この森を平定せよ!」って命を受けたんだよ」



「……平定、ですか?」



 平定という言葉に反応して、首をかしげるアンナ。

 どうやら、平定という言葉を知らないようだ。



「ああ、平定っていうのは、平静な状態にするとか、秩序を回復するって意味なんだけど……、簡単に言えばその地を平和にし、まとめ上げるみたいな意味かな」



「平和……。つまりトーヤ様は、私達の仲間や、小人族の皆さんを守れなかったことを悔いていると……?」



「……まあ、そんな所だね」



 配属早々にいきなりこんな事件が起きるというのも相当運が悪いが、だからと言って守れなかったことの言い訳にはしたくない。

 俺がもう少し早く動き出していれば、拾える命はあったハズだ……



「……それは、トーヤ様が責任に感じることでは、無いと思います。いくら命令であっても、全てを守るなんて、不可能ですから……」



「……そうかしれない。でも、もしかしたら守れたかもって思うと、どうしても、ね……」



 自分でも、全てを守ることが不可能なことくらい、十分理解している。

 しかし、それでもと思ってしまうのは傲慢なのだろうか?



「……気持ちは理解できます。でも、その度に気を病んでいたら……、貴方が先に、壊れてしまいます……」



 耳の痛くなる忠告であった。

 それは間違いなく、俺がこれから乗り越えて行かなければならない課題だ。



「……忠告ありがとう。胆に銘じておくよ」



 今日起きたことは、これからも十分に起こり得るものだ。

 それが起きぬように努力することは当然だが、もし起きてしまった場合のことも覚悟しておく必要がある。

 災害や、犯罪への対策と同じだ。

 起こさぬ努力と同等以上に、起きた時の準備もする。

 俺の場合、それが心の問題というだけである。



「すいません……。偉そうなことを言ってしまって……」



「いや、君の言う通りだよ。まあ、これは性分みたいなもんだから、暫くは治らないかもしれないけどね……。もし目に余るようであれば、また忠告してくれると助かる」



 俺は少しおどけた様に言う。

 すると、アンナは何故か驚いたような顔をした。



「……それは、これからも私達を、ここに置いて頂けるということでしょうか?」



「ん? ああ、それはもちろん」



 あれ、俺なんか不思議なことを言っただろうか……?

 先程の話の流れから考えれば、俺がこのまま彼女達を放り出すとは思わないと思うんだが……



「ふ、ふふ……、あははっ、不思議なのはトーヤ様自身ですよ。ねぇ、レイフ様?」



『全くだな』



 俺が不思議そうな顔をしていると、アンナが噴出したように笑いだす。

 しかも、レイフまで相槌をうって……、ってあれ?



「……アンナちゃん、もしかして、レイフの声が聞こえる?」



「はい」



 驚いた……

 今まで、俺以外にレイフの声が聞こえる者はいなかったというのに……



『その娘はエルフだろう。であれば別に不思議なことではない。一部の者は、トーヤと同様、我々と意思の疎通ができるからな』



 そうなのか……

 てっきり俺が異常なのだとばかり……



「でも、エルフの中でも、木々の声が聞こえるものは一部の司祭だけだと伝えられています。それを他種族がとなると……、全く聞いたことがありません」



『うむ、こ奴は相当な変わり種だろうな』



 ぐぬ……、折角自分が異常じゃないと思えたのに、ワザワザ補足しないでも良いじゃないか……



「えーっと、じゃあアンナちゃんは司祭ってことなのかな?」



 俺は一先ず話の矛先を自分から変えることで、これ以上弄られるのを回避する。

 レイフはこう見えて(も何も木なのだが)お喋り好きなので、俺のことについて余計な話までしだす心配があるからだ。



「いえ、私もアンネも、見た目通り子供ですので」



 見た目通り、ね。

 まあ確かに、エルフはこの魔界でもやっぱり長寿らしいし、実際は高齢ですなんてことはあり得るのかもしれない。

 その点、彼女達は見た目通りだというのだから、せいぜい10~14歳くらいだということだ。

 司祭については良くわからないが、要するに子供では司祭になれないって意味なんだろう。



「成程ね。でも、それなら司祭候補って所かな?」



「……いえ、それも多分無理でしょう」



「何故?」



「私達は、こんな見た目をしていますから……」



 見た目か……

 確かに彼女の見た目は、資料で読んだエルフの特徴とはかなり違っている。

 エルフは金色の頭髪に緑色の瞳らしいが、彼女の頭髪は白色だ。

 瞳の色については確認できないが、妹のアンネと双子であるのなら同じように赤色なのだろう。

 しかし、それを言い出したら、ハーフエルフなんてみんな資料通りじゃないのだが……



「もしかして、ハーフエルフじゃ司祭にはなれないってこと?」



「いえ、私達姉妹はみんなとは違って純正のエルフです。それなのに、こんな見た目をしているのが異常なのです」



 成程、彼女達はエルフでありながら、何か異常を抱えてこの姿で生まれてきた、ということか。

 てっきり兎系の獣人とのハーフかと……

 ん……?待てよ? ウサギって……



「そうか! アルビノだ!」



「??? アルビノ、とは?」



「ああ、アルビノって言うのは、君達姉妹のように先天的に皮膚や目、体毛の色素が乏しい状態を意味する言葉だよ。そうか、君達が光に弱いっていのも、そういうことか……」



 魔界には俺の良く知る生物や植物も存在するので、アルビノが存在していても別に不思議ではない。

 いやでも、アルビノが生まれる確率って、確か二万に一人程度だったハズ……

 ってことは、相当希少なケースなんじゃないだろうか?



「っ!? 私達と同じような存在を、知っているのですか!?」



「知識としてだけなら、ね。実際目にするのは、多分初めてだよ。……しかし、そうなると色々と光対策は必要になるか。……あれ? でも魔界って紫外線あるのかな……? あれだけの可視光だし、無いなんてことはないと思うけど……」



 俺はあれこれブツブツと呟きながら、考えをまとめていく。

 まさか、魔界で紫外線を気にするとは思っていなかったなぁ……

 そんな俺目掛けて、アンナが急に突撃をしかけてくる。



「うおっと……、どうした?」



「トーヤ様! 今、対策とおっしゃりましたか!?」



 詰め寄るように迫るアンナ。

 背丈に差があるので、これ以上顔が近づくことは無いが、妙な迫力がある。



「あ、ああ、言ったよ。羊毛はすぐ手に入るし、玉ねぎもあるからね。それだけでも、ある程度の紫外線対策はできると思うよ。ガラスもあるし、目を守るグラスなんかも出来るかもしれない」



「死骸……? グラ……? トーヤ様の言ってることは難しくてわかりませんが、それはもしかして、私達が陽の下でも暮らせるということでしょうか?」



「まあ、確約はできないけどね。でも、ずっと屋内で生活しなきゃならないってことにはならないと思うよ」



 俺がそう言うと、アンナは俯いてしまう。

 腹に頭を押し付けられているので少々苦しいが、流石に空気を読んで黙って待つ。

 その状態で一分ほど経った頃、ようやくアンナの力が緩んだ。



「……トーヤ様。少し長くなりますが、私の……、私達姉妹の話を聞いて頂けますでしょうか」



 表情は見えないが、その声色から真剣さが伝わってくる。

 その気迫に一瞬気おされかけたが、唾を飲みこんで踏みとどまる。

 少女が覚悟を決め、自分達の身の上話をしようというのだ。

 大人の俺が、それを受け止めないでどうする……



「……わかった、聞くよ」





 ――そしてアンナは、彼女達の凄惨な過去について、語り始めた。





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