第50話 アンナ



「…………」



「……アンナ、寝れないのか?」



「……うん」



 今日は本当に色々なことがあった。

 辛いこと、悲しいこと、そして……、これは嬉しいこと、なのだろうか……

 正直、感情が付いていってない。



 コルト達と出会ったのはもう4年前のことになる。

 とある商人の屋敷、その地下牢で、私達は出会った。

 その商人は表向きには普通の商人であったらしいが、裏では人を卸す仕事に手を染めていた。


 ……人を卸す、とは単純に奴隷を扱っているという意味では無い。

 食用や実験用など、様々な目的に合わせ、使いやすく・・・・・加工し、行商などに卸すのである。

 だからあの地下牢は、はっきり言って養豚場のようなものであったと言っていい。


 同じ牢の中にいた亜人が、次の日には別室で屠殺される。

 毎日のように悲痛な断末魔を聞かされる私達の中には、精神を病むものも多かった。

 そして病んだ者は優先的に食用に回されるのか、発見され次第処分された。


 私達姉妹は、商品的な価値が高いためか、比較的大事に扱われていたと思う。

 彼らは私達が出荷されるその日まで、毎日のように体を点検した。

 服を脱がせ、傷や病に侵されていないか、全身くまなく調べられるのである。

 そこに性的な視線は一切無く、本当に商品を扱うように事務的な検査しかされなかった。

 その理由は、私達が10やそこらの年齢で、女性的な魅力に欠けることが理由では無い。

 何故ならば、同じ部屋では私達よりも小さな子供が、下卑た目をした男達に性的な教育・・をされていたからである。

 恐らくだが、私達の買い手は、そういった行為を望んでいないのかもしれない。

 いずれにしろ、私達は教育・・の対象にならなかっただけ、幸運だったと思う。

 ……もっとも、出荷先で何があるかなど、わかったものではないが。



 そんな日々の中、私の目はいつの間にか開かなくなっていた。

 元々、私達の目は光に弱く、日々の検査で当てられる発光石の光が原因じゃないか、と誰かが言っていたのを覚えている。

 でも私は、恐らくそうではないだろうと感じていた。。

 何故ならば、同じ状況下にいる妹のアンネには、何も問題が発生していなかったからだ。

 ……多分だけど、この目の原因は私のことを案じた、精霊の仕業なのではないかと思う。

 一時的にとはいえ、見たくもない行為の数々を見なくて済むようになり、私は救われた気分になったのだから。


 でも、それは本当に、一時的でしかなかった。

 目が見えなくなった私は、その影響なのか、周囲の状況を察知する力が異常に発達してしまったのである。

 それは、私にさらなる苦悩をもたらしたのであった……



「……っ」



 あの頃のことを思い出すと、今でも吐き気がこみ上げてくる。

 コルトが心配そうにこちらを見ていたが、こればかりはコルトどころか、妹のアンネにすら理解できない苦しみだろう。


 私の能力について、皆には「気流を読んで周囲の物事を把握している」としか説明していない。

 実際、気流を介しているので嘘では無いのだが、この能力はもう一つ、特殊な性質を含んでいた。

 それは、物質だけではなく、他者の心の情報すら得られる、というものである。


 この能力が原因で、私は一度狂いかけたことがあった。

 恐怖、憎悪、絶望、愉悦、快楽……、そういった強い感情、感覚が次々と入ってくるのだから、普通の精神で耐えられるハズもなかったのだ。。

 それでも何とか理性を保てたのは、妹の存在があったからだろう。

 私が狂えば、今の負担を妹だけが負うことになる。

 それだけは絶対に避けねばならない……

 その思いが、私にこの能力を制御するすべを与えたのであった。


 そして、転機は訪れる。

 屋敷の警備が、手薄になったのである。

 何か大きな取引を行うためだったようだが、私達にとっては千載一遇の機会となった。


 そんな中、一番初めに行動を起こしたのが、コルト達である。

 コルト達は地下牢から脱出すると、次々に他の牢屋も解放していき、一斉に脱出を図ったのだ。

 いくら警備が薄くなっているとはいえ、脱出は容易なことではない。

 だから、警備を突破するためには、どうしても人数が必要だったのである。


 次々と脱走者が捕まっていく中、私達は無事屋敷を脱出することができた。

 本来忌むべき力であった私の能力が、この時ばかりは大いに役立ってくれた。

 ……それでも、脱出に成功したのは私達を含む10人だけであったが。


 私達はその後、追っ手を撒きながら各地を転々とし、最終的にこの『レイフの森』と呼ばれる地に辿り着く。

 ここは、私達の様なワケありの存在が流れ着く、終着点だと言われているらしい。

 私達は、やっと安住の地を手に入れたと喜んだ。


 ……しかし、やはり現実はそれ程優しくは無かった。

 森は魔獣が蔓延る危険な場所で、犯罪者や暗殺者も潜んでいるらしい。


 そのことを教えてくれたのは、小人族の集落に住む青年である。

 青年は他にも色々なことを私達に教えてくれたし、とても親身に接してくれた。

 みんなは最初、青年のことを警戒していたが、私は問題ないと思った。

 だって、青年の心は、とても綺麗だったから……


 私が警戒していないからか、最終的にみんなその青年を信頼するようになっていた。

 だから、私達はその青年を頼って、集落に入れて欲しいと頼んでみたのである。

 しかし、残念ながら集落には受け入れられないと断られてしまった。

 理由は、エルフの血が混じっているからだそうだ。

 後で聞いたことだが、ハーフエルフはあちこちで忌み者として扱われているらしい。


 それでも青年は、住まいとして私達にあの洞窟のことを教えてくれた。

 青年の思いやりが理解できたため、私達は素直にそこに住むことにしたのである。

 洞窟は多少窮屈であったが、子供が済むには十分な広さがあった。


 それから、私達の自給自足の生活が始まった。

 子供だけでは狩りも満足にはできないので、初めは食に困ることもあったが、青年や一部の集落の人が食料を提供してくれたため、飢えることなく生活をすることができた。

 だから、生活は苦しくても、私達はそれなりに幸せを感じていたのである。


 そう、思い返せば幸せな日々……

 けれども、そんな日々を思い返しても、胸に募るのは悲しみだけであった。。

 一緒に屋敷を脱出した3人も、親切にしてくれた青年も、もういないからだ……



「……っく」



 部屋にはすすり泣くような声が響いている。

 4年という長いような、短いような期間であったが、彼らとは良い関係を保てていたと思う。

 そんな彼らと、もう会うことができない……

 そう思えば、泣いてしまうのも無理は無いと思う。


 ……でも、私は皆とは違い、涙が流れてくることはなかった。

 やっぱり私は、あの時既に、どこか壊れてしまったのかもしれない。



「……!?」



 そんなことを考えていると、私の感知網に人の気配を感じ取る。

 該当する人物は、私達を助けてくれたあの人・・・だ。



(こんな時間に、何を……?)



 あの場所には、私の調べた限りでは何も無かったはず。

 そんな場所に、一体なんのために……?



「……コルト、私、少し外の空気を吸ってくるね」



 私は立ち上がって、衣服を正す。

 どうしてだか、ひどくあの人のことが気になった。



「外のって……、大丈夫なのか?」



「うん、今もちゃんと警戒はしているし、平気だよ」



「……アンナなら心配はないと思うが、まだここの人達が本当に良い人達だってわかったワケじゃない。くれぐれも、注意しろよ」



「わかってる。……それじゃ、行ってくるね?」



 そう言い残し、私は素早く部屋を出る。

 向かうのはもちろん、あの人のいる城外の森だ。



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