可憐なお嬢様の皮を被った脳筋…それが私だ!


『…お、おっと、グランプリ受賞者のお願い事を叶えるは、好きな人への告白かー! 加納君、返事をお願いします!』


 ちょっと動揺している様子の司会者だが、進行を止めないために返事を要求してきた。

 それに対し、涼しい顔した慎悟はステージを見上げて一言。


「お断りします」


 キッパリ断ったのである。


「ほら、付いてる」


 慎悟はミスコンにも告白にも関心がないようで、口元にケチャップをつけてる私の口をティッシュで拭いてきた。

 冷静すぎる。私は衝撃受けて固まってるというのに。


『ひ、ひどい…』


 振られたミスコン受賞者はステージで泣いていた。手のひらで顔を覆って震えているようだ。


「おい! お前サイテーだな!」


 それを見たギャラリーの男子学生が慎悟に向かって非難の声を投げかけてくる。

 そんな。慎悟には私という婚約者が居るのに、告白を受け入れられても困るのですが……。


「お言葉ですが、俺には大事な婚約者がいますので。…その言い分だと、告白されたら必ず付き合わなければならなくなるのですが、その辺どうお考えでしょうか?」


 慎悟は冷めた目つきで相手へ淡々と返していた。

 そうだよ。私の立場はどうなる。婚約は二階堂家・加納家両家にも関わる問題なんだぞ。お付き合いとは違って結婚する約束をしているんだ。彼は正義感で彼女の味方をしているのだろうが、こればっかりは余計なお世話だと思うんだ…


「身の程知らずもいいところですわっ」

「ポッと出の庶民が慎悟様にお相手していただけるとでも思っていますの!?」

「思い上がりも大概になさいな!」


 どこからともなく彼女らは現れた。

 慎悟を援護しに来たのか、それとも火に油を注ぎに来たのかは定かじゃないが、加納ガールズが現れてそれぞれ訴えていた。

 泣いていたはずの受賞者はムッとした顔をしている。言い返された男子学生は顔を歪めて不快そうにしていた。

 …加納ガールズよ、その言い方は一般生との溝を更に深くするからよくない。そんな言い方は良くないぞ。そう窘めようと思ったのだが、彼女たちの怒りの矛先は私に回ってきた。


「呑気にアメリカンドッグ食べてんじゃありませんわ!」

「慎悟様を探して探してようやく見つけたと思ったら、アホ面下げてケチャップまみれになってる女と一緒なんて!!」

「あまつさえ慎悟様にお世話焼かれて…! 羨まけしからんですわ!!」


 最後に至っては願望がダダ漏れである。

 そんな事言われても……食事してるタイミングで慎悟が公衆の面前告白されるとは思わなかったんだもん。私は握ったままの慎悟の手をギュッと握りしめて、キリッとした顔をした。

 すると、巻き毛達はイラッとしたようで、何やらキャンキャン喚いていた。彼女たちのクレームは右から左に受け流しておく。

 

「加納君、心配しなくても、僕が喜んで彼女を引き取るのに」


 なんかサイコパスが寝ぼけたこと言ってるが無視だ。──万が一、億が一、私が慎悟に捨てられたとしてもあんたのところには行かないよ、上杉。


「遠慮しておくよ。ほら行くぞ」


 慎悟は上杉の挑発にも似た発言をサラッと流すと踵を返した。私はそれに大人しくついていく。


「可哀想だけど、婚約者持ちに告白してもねぇ…」

「あの二人仲良しなのにねー」


 すれ違いざまに学生の誰かが囁く声が聞こえてきた。高等部からの内部生の一部は、私達の婚約までの流れを知っているのだが、大学からの外部生はその限りでない。そんなの関係ねぇとでも思われてるのかな…


 私…というかエリカちゃんの可憐な容姿はどうにも人に舐められやすい…侮られやすい気がする。

 だが、中の人は私だ。残念だったな、そう簡単に私から慎悟を奪えると思うんじゃないぞ…!


 後ろでキィキィと加納ガールズが騒ぐ声が聞こえたが、人混みを利用して撒いた。

 ついでにサイコパスも振り切った。


 ようやく、2人きりでデートができそうである。



■□■



「二階堂さぁん! 来てくれたのぉ?」


 あんたが誘ってきたんだろうが。

 現在違う学部に通う瑞沢嬢だが、相変わらず大学構内で私を見かけては声を掛けてくる。『大学祭ではサークルでクレープ屋さんするの! 遊びに来てね!』と声を掛けられたのは記憶に新しい。


 高校時代とは明らかに変わって、彼女には新しい友人ができたようだ。新しい友達の話を聞かされることもある。

 出会った当初は情緒の幼い子だったのに、人との関わり合いを経て、少しずつ成長を見せているのがわかる。現在の居場所が彼女にはいい環境のようだ。

 人間というものは前を見始めたら成長していくものなんだな、と彼女を見ていると感じる。私と彼女の出会いは微妙だし、今も表立って親しくするのは憚れる相手だけど、彼女が変わっていい方向に行っている姿を見るとなんだかホッとする。


「はい、二階堂さんのバナナチョコアイスクレープと、慎悟君のマスカルポーネチョコケーキクレープ、お待ちどおさま!」


 瑞沢嬢はウエイトレス担当のようだが、笑顔の可愛らしい彼女にはぴったりかもしれない。

 綺麗にお皿に盛り付けられたクレープを出され、私は感心する。学生が作ったんだよねこれ…上手なものだ。どこからどこまで業者を頼っているのかは知らないが、準備は学生が行っているはずである。学生の出すクレープ屋だと少々侮っていた。


 ナイフとフォークを使って食すクレープ。

 私としては巻かれた物をかぶりつきたい心境だったが、セレブはお皿で召し上がるのね…。

 うん、おいしい。食事中には表情をあまり変えない慎悟もかすかに微笑んでいる。無類のチョコ好きの慎悟の頬を緩ませたクレープ。

 とても美味しゅうございました。




 瑞沢嬢のサークルのお店を出た後、私達は構内をぶらついていた。あちこちで音楽や歓声が上がっていて、大学祭は盛り上がりを見せている。


「もっと食べて回る気だったけど、生クリームでお腹いっぱいになったかも。次どうする?」

「うちのサークルの上映会に誘いたかったけど、あんたはすぐに寝るからな…」


 慎悟が加入している語学サークルでは映画上映をしているそうだ。だが私が映画鑑賞などで寝落ちする体質なので、難しそうである。

 大学祭終わり後の後夜祭まで微妙に間がある。その間どこに行こうかと話しながら歩いていると、見覚えのある人達が正面からやって来た。先程のミスコン優勝者と、彼女を庇ってきた男である。腕を組んでなんだか親しげである。


 さっきの出来事から交際に発展したのかな? と考えていると、前からやってくる男が方向転換してきた。すれ違う、と思っていたのにこちらに向かって来たのだ。こちらが避ける間もなく、ぶつかって来ようとしてきた。

 衝撃に私が身構えると、ぐい、と力強く腕を引かれた。直後、ドスンという衝撃が身体を襲ったが、痛みはない。

 なぜなら、隣を歩いていた慎悟が身を挺して庇ってくれたからだ。庇われた私の耳にはすごい音が聞こえた。肩の骨がぶつかった痛々しい音だ。


「いってぇな…」


 柄悪く文句をつけてきたのはぶつかってこようとしてきた相手だ。自分からぶつかっておいて文句とは何様のつもりなのだろうか。

 私を庇っていた慎悟は肩を手で抑えて顔をしかめている。


「女に危害を加えようとして…男として恥ずかしくないのか」

「うるせぇ! お前邪魔なんだよ!」


 慎悟はやられて黙っているような性格ではない。彼がハッキリ言い返すと、相手は冷静さを欠いた反論をしてきた。

 邪魔って何を言ってるんだ。ミスコンのときのあの一瞬だけのことで逆恨みしてるのか。そばにいた女は黙ってこちらを眺めているだけだ。心なしか面白くなさそうな顔をしている。

 自分の望み通りに世の中が回らないからこうして暴力を行使してくるのか?


「邪魔なら俺に直接向かってこい。彼女に危害を加えるのなら容赦しない」


 慎悟がピシャリと言い放つと、相手は苦々しい表情を浮かべていた。慎悟は一見線の細い美青年だけど、中身は芯の強い男なんだぞ。あまり見くびるな。こんなくだらない報復する男に彼が負けるとでも思うか? 慎悟は負けないぞ。私が好きになった男はそんなに弱くないんだからな!

 ていうか…なんだ? 相手は好きな女の前でいい顔したかったのか? なんだか腹が立ってきたぞ。私の慎悟に何してくれてんだこの男……


「おい」


 自分が思っていたよりもドス低い声が出た。

 その声は大学祭の賑わいが伝わってくるこの場所で大きく響いた。目の前の男女だけでなく、私の隣にいる慎悟までもがギクリとして固まるのがわかった。

 私は大股で前にズカズカ進んでいくと、ふざけたことを抜かす男の胸ぐらをつかんだ。身長差で格好つかないのは置いておいてくれ。男の洒落たシャツをしわしわになるくらい握りしめて持ち上げると、私は男を見上げた。


「お前の顔覚えたぞ」

「…は」


 私の言葉に男はあっけにとられた顔をしていた。

 どこの学部かは知らんが、調べたらすぐに分かるんだからな。


「殴ったらこっちも悪くなるから殴らんけど、然るべき処置するからな…」


 この男の身勝手さ、慎悟に対する暴力……許すまじ…!

 なんだかどんどん腹が立ってきてしまって、シャツを握る手に力がこもる。


「私の婚約者に手出しするな。二度目はないぞ」


 男はビビっていた。引きつった顔で私を見ていた。

 今更怯えても遅いぞ。お前はそれだけのことをしでかした。私を怒らせたのはお前である。お前が悪いのだ。


「もういいから、行くぞ」


 慎悟に手を引っ張られたので、最後に睨みつけておいた。

 ふんっと鼻を鳴らすと、前を歩いていた慎悟がチラリをこちらを振り返った。


「抑えられるんだな、笑さん」


 てっきりまた短気起こすかと思った。と慎悟が言う。


「失礼な。私が毎回切れてるみたいな言い方して」

「概ね切れてると思うけど」


 緊張状態から解放されたかのように息を吐き出す慎悟。ブチギレた私が相手に飛びかかるかと思ったらしい。

 心外だ。ソンナコトナイヨー。


「肩大丈夫? 何なら医務室に」

「大丈夫。大したことない」


 慎悟はそう言うが心配なのだ。敷地内に備え付けられているベンチに彼を座らせて休ませると、私は冷えたペットボトルのお茶を買ってきた。服の上から冷やしてもあまり効果ないだろうけど…


「…危ないじゃん、庇わないでよ。びっくりした」


 私の身代わりに怪我なんてやめてくれ。心臓に悪い。


「好きな女性を守らない男は男じゃないだろ。あんたが傷つけられるのを黙って見ていられない」


 まっすぐした瞳でそんな事言われたらときめくってものである。むず痒いけど嬉しい。


「俺は男だから笑さんよりは頑丈にできてる。大丈夫、心配するな。」

「慎悟…」


 私がキュンキュンとときめいているとは知らないのだろう。なんで急にそんな男前になるの…ときめいちゃうじゃないの…


「それにあんたは怪我したらすぐに鬱になるだろ。そのほうが困る」


 『怪我でバレーができなくて、今まで何度うつ状態に陥ったと思っているんだ。それなら俺が身代わりになったほうが安心だ』

 ──上げてから落とす。そういう男である、こいつは。いいこと言っていたのに台無しだよ。


「そんなこと!」

「あるだろ?」


 否定できないのが悔しい。

 私が唇を尖らせてむぅと膨れると、慎悟が「なにぶすくれてるんだよ」と笑ってきた。

 生意気な奴め。


「そんな事言う子はこうだ!」


 私は慎悟の首に抱きついて、半開きの彼の唇に噛み付いた。驚いて目を丸くする慎悟を見て私はニンマリと笑った。

 チュッと彼の唇に吸い付くと、すぐに離れる。だってここは外のベンチだもん。出店のある場所から少し離れてるけど、それでも人は通る。だから軽くキスするだけにおさめておく。

 あんまり惚れ直させないでよ。


「…好きだよ、慎悟」


 そう囁くと、慎悟は頬を赤らめていた。

 未だに照れるってなんなの。…可愛いなぁ。


 私のファビュラス&マーベラスな婚約者は、私の前ではとてもかっこよくて可愛い存在なのである。

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