プールにいる君はまるでマーメイド。
三浦くんの家の別荘にはプールがあるということで、私は浮き輪も持ってきていた。素早くテニスウェアを脱いで水着に着替えると、ポンプを使って浮き輪をふくらませる。髪は解けぬようにポニーテールにしておく。水着はビキニに短パンだ。
浮き輪を抱えて部屋を出ると、外で待っていたらしい慎悟がぎょっとしていた。
「…ちょっとは隠すとかしないか」
「これからプールに入るってのに何言ってるのよ。プール行こうプール!」
上着を羽織らず水着一丁で出てきたことに苦言をしてきた慎悟。私はこの身体をしっかり鍛えている。見られて恥ずかしくなるような身体じゃないぞ。慎悟の手を引っ張って、中庭のプールへ向かう。
今回私はめちゃくちゃ泳ぐつもりでいた。そのためにゴーグルも持ってきたのだ。あと水鉄砲と、ボールも。とにかく泳ぐ。そして遊び倒すのだ。
沢山道具を抱えてプールに出ると、太陽光がカッと肌に突き刺さった。これは日焼けするな。一応強めの日焼け止め塗ったんだけど…
「だからあんたはガキかって」
「なんで!? プールと言えばこれでしょ!?」
折角沢山遊び道具を持ってきたのに、先に泳いでいた三浦君に呆れた顔でガキ扱いされた。失礼な。ちょくちょく私の年齢を忘れているなこの野郎。
ビーチボールと浮き輪、そして水鉄砲などの道具をプールサイド脇に置くと、私は日陰で準備運動を始めた。
「ていうか…腹筋…すげぇなおい」
どこを見ているのか。三浦君はお腹を凝視してきた。
「頑張って筋肉増強してるからね」
力を込めたら腹筋がムキィッと現れるが、そうでなければ普通のほっそりしたお腹に逆戻りなのだ。エリカちゃんの身体はやはり燃費が悪い。自分の体は筋肉が付きやすかったんだけどなぁ。体質であろうか。
しっかり準備体操した後、私はプールで体を慣らして泳ぎ始めた。
実は私、中学の時水泳部のピンチヒッターとして…(略)中学の時は色んな部活からヘルプが来てねぇ。男子のみの種目以外の運動部はすべて経験したかも……今思えば、あれはモテ期だったのかもしれないね…。
プールの端から端まで泳ぐが、個人宅用プールなのでなんだか泳ぎ足りない。
「…ガチで泳ぐなよ…しかもバタフライ」
「ふっ…河童の笑の異名も伊達じゃないんだぜ」
三浦君が私を恐れの目で見ている。私の泳ぎに驚異を抱いたのかな?
「河童って…悪口じゃねぇか」
「だって私マーメイドって柄じゃないもん」
県大会に出場していた優勝者とか剛速カジキという異名があったからね。変なあだ名があるのは私だけじゃないさ。因みに剛速カジキは全国大会で準優勝していたよ。
私がゴーグルを眉の上に上げてあたりを見渡すと、慎悟はパラソルの下のゆったりしたチェアに座って読書を始めていた。
えーっプールなのに本読んじゃうの!? まさか慎悟ってばカナヅチ…? 英学院って水泳の授業がなかったから、慎悟が水泳している姿そういえば見たことがない。
「しーんご!」
本を読む慎悟に声をかけると、彼は目を丸くしてこちらを見上げた。髪や身体からポタポタと滴り落ちてくる水滴を目で追っているようだった。
「遊ぼうよ、別に泳がなくてもいいからさ。私の浮き輪貸してあげる!」
プール気持ちいいよ! と私がお誘いすると、慎悟は本を閉じて大人しく立ち上がったので、私は彼の腕に抱きついた。するとビクリと慎悟の腕が震える。
どうした、私の肌がひんやりしていてびっくりしたか。ていうか慎悟の身体が熱いんだ。
テニスした後だから体内に熱が籠もってるんじゃないの? 熱中症になったら大変だ。なおさらプールで冷やしたほうがいい。
私は彼に浮き輪をかぶせてやり、プールにいざなった。
「気持ちいいでしょ」
浮き輪についた紐を引っ張って誘導してあげる。慎悟はなんともいえない表情を浮かべていたが、嫌がっている風ではなさそうである。
「あれ、慎悟お前プール平気になったのか?」
私が慎悟に水鉄砲を手渡していると、軽く泳いでいた三浦君が水面に浮かんで、髪の毛を後ろに流しながら不思議そうに問いかけてきた。
「そう言うわけじゃないけど…」
「大丈夫、溺れても私が助けてあげるから!」
慎悟はプールが苦手なのか。だが心配するな、私がついているぞ。溺れた人を救助する方法を講習で習ったことがある。足のつくプールなら余裕だ!
安心させるようにしっかり慎悟の手を握ってあげると、「別に泳げないわけじゃないよ」と苦笑いしていた。
そのあと私達は3人でビーチボールで遊んだり、水鉄砲で遊んだりしてさんざん遊び倒した。
最初はガキとバカにしていた三浦君もムキになってボールを打ち返していたので、実は楽しんでいると思われる。
「うおっ」
三浦君はボールを追いかけようとして滑ってプールにバッシャンと潜水していった。私がビーチバレーでラリーしようと言ったらバカにしていたくせに……この中で一番熱くなってるじゃないか。三浦君もまだまだガキだねぇ…
プールが苦手だという慎悟もなんだかんだで笑っていた。キラキラ輝く水しぶきの中で笑う慎悟がとても綺麗で、これこそマーメイドだよなぁとうっとりしてしまった。慎悟は全く泳いでないけどさ。
庶民育ちの河童とセレブなマーメイドの恋かぁ…180度回ってある意味ロマンチックじゃない?
■□■
「おや、火が弱いですねぇ。お待ち下さい、火種を取ってまいります」
夕飯時に管理人の稔さんがお庭バーベキューの準備をしてくれていた。沢山泳いだ後でお腹はペコペコだ。嬉しいな。
お肉や野菜を焼き始めたはいいが、炭火が弱い。それに気づいた稔さんが別荘内に引き返していた。待っている間、私はきんきんに冷えた牛乳を呷ってプハーッと息を吐き出していた。今回も牛乳を持参したのだが、牛乳を飲む私を慎悟が憐れみの目で見てくるのが気に入らない。
カルシウムをいくらとっても、もう身長は伸びないと言いたいんだろう…
「すいませーん」
別荘の広い庭を守るかのように閉ざされた大きな門の向こうから呼びかける声が聞こえてきた。トングで生焼けの野菜を拾っていた三浦君が門に向かって近づくと、そこには昼間のテニスコートの学生らの姿があった。
「テニスコート使わせてもらってありがとうございました! あの、鍵をかけていないんですけど…」
「後でこちらで鍵をかけておきますのでご心配なく。ご丁寧にどうも」
よそ行きの三浦君はちょっと気持ち悪いな。だからといって今更あんなふうに他人行儀に話されても気持ち悪いけどさ。
「わっいいにおーい」
「バーベキューですかぁ?」
代表のお兄さんと三浦君がやり取りをしていたのだが、その後ろから肉食系女子が肉の匂いを嗅ぎ取った。さすが肉食女子である。
「あのぉ、私達も混ぜてくれませぇん?」
厚かましいな。初対面の人間のお食事の場に潜り込もうとしているのか。
上目遣いでチラッチラッと三浦君に色目を使う肉食女子ら。さて、三浦君はどうするんだろう。…三浦君ってそういえば彼女とか婚約者とかいるのだろうか。巻き毛とは犬猿の仲っぽいけど、別に女嫌いとかそういうわけじゃなさそうだし……
「おい、やめろって迷惑だろ」
流石に厚意に甘えすぎだと焦ったのか、代表者のお兄さんが止めた。肉食女子らはブーイングを飛ばしている。
「あーすみませんけど、人数分しか食料用意してないんで…」
三浦君もやんわりお断りしようと苦笑いしている。
多分三浦君も慎悟と同じでガツガツした女子は苦手なのかも知んない。類友だから。
「ならトッキーが車飛ばして食料買ってきたらいいじゃん! スーパーならまだ開いてるでしょ!」
「え!?」
代表者のお兄さんをパシろうとする肉食女子。トッキーもといお兄さんが哀れである。
「何いってんだよ。大体失礼だろ」
「だってここで会えたのもなにかの縁かもしれないじゃない!」
いや、違うな。
明らかにセレブ感のある男たちを狙っているんだろう。そらそうだ、こんな豪華な別荘に私有地のテニスコートを持つ男だもん。玉の輿願望がある女なら狙うよね。
だけどな、慎悟は駄目だぞ? 三浦君はいいけど、慎悟だけは駄目だ。
私は慎悟にピッタリくっつくと、肉食女子らを睨みつけた。
「笑さん、肉が焼けない」
稔さんが持ってきてくれた火種のお陰で炭火のパワーがアップした。ジュワジュワと肉が焼け、その芳しい香りが辺りに広がる。
くっついたら肉が焼きにくいと言うので、私は慎悟が着用しているシャツの裾をしっかり握って、肉食女子から彼を守ることに専念したのである。
ぐだぐだと諦めの悪いことを言う肉食女子らを、男性陣が力づくで連れて行くという形で話は片付いた。
「諦めわりーな、全く」
やっとどっか行ったと三浦君が疲れた様子で戻ってきた。お疲れさまです。三浦君がお人好しじゃなくて本当に良かった。
彼らはいつまで滞在予定なのだろう。明日もあの調子で絡まれたくないなと思った。
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