何度でも何度でも言うよ、君が好きだよ。


「おい、こっちは男子パート。あんたはあっち」

「何を言っているの慎悟! 女子パートにいたら、いつあいつと遭遇するかわからないでしょうが!」

「はいはい」


 後夜祭恒例のフォークダンス。私はさっと男子パートに入ったのだが、慎悟によって女子パートに押し込められてしまった。

 やい! 私が上杉の魔の手にかかってもいいのかよ! 


 音楽がスタートしてしまって回り始めたフォークダンスの輪。去年は色々あって慎悟の手を取ることを拒否した私だが、今年はしっかり彼の手を握って踊った。

 その後やっぱり遭遇してしまった奴を避けるのに苦労した。私達だけ他とは異なる動きをしていたので、周りから変な目で見られた。お前に手を握らせない、絶対にだ!

 こんなことになるなら、フォークダンスの時間だけ別のところでサボっておけば…いや、それしたら2年前の恐怖再来だな。上杉はどこからか私を監視しているから…尾けてくるに違いない。 

 避けに避けまくっていたら、次のダンス相手にチェンジしたので、次からは普通に踊った。…こんなに疲れるフォークダンスは初めてだよ。



「慎悟のせいで疲れた」


 キャンプファイヤーを囲んだ生徒たちが後夜祭を楽しんでいるところだが、私は少し離れた中庭のベンチに座ってぐったりしていた。

 すぐさま慎悟に癒してもらわなければいけなかったのだ。人前でははしたないので、人気の少ないここまで引っ張ってきたというわけである。決してふしだらでみだらなことをするわけじゃないよ。ちょっとくっつくだけだ。

 慎悟の肩に頭を預けてため息を吐いた。


「男子のほうが人数余っているのに、女子である笑さんが男子パートに入ったら更に余りが生まれるだろ」

「男子が女子パート踊ればいいじゃない。男子同士仲良く手を取って踊ってもいいと思うの」


 彼の肩にグリグリとおでこを押し付けて、慎悟を充電する。疲れた。あいつなにが何でも私と踊ろうとするんだもん。避けるのが大変だったよ。

 

 中庭には噴水があるが、夜は動作していない。噴水の音がしない分、グラウンドから流れる音楽がここまで聞こえてきた。後夜祭はもう終盤を迎えており、多分あと30分もすれば閉幕の挨拶が行われるのではないだろうか。

 外灯のほのかな明かりに照らされた私達は、それに目が慣れてきた。先程まで彼はミスコン優勝を引きずっていたようだが、なんとか持ち直したように見える。

 充電続行していると、彼が「なぁ」と声を掛けてきた。私が顔を上げると、慎悟は神妙な顔をして私を見ていた。


「…笑さん、西園寺さんとはどんな話をしたんだ?」


 西園寺さん?

 忘れていたとは言わないが、文化祭が色々濃すぎてちょっと忘れ去ろうとしていた。一日の間に色んな人が押し寄せてきたよね。


「話…? カフェの感想とか…お祖父さんと西園寺さんが話しているのを相槌打っていただけだからなぁ。源氏物語に詳しいみたいで、慎悟の役柄も言い当ててたかな。……慎悟が心配しているような話はなにもないよ?」


 私はあくまでホストに徹していただけだ。特別な会話はしていない。

 全く。お付き合いしているというのに、慎悟はまだ西園寺さんを脅威に思えているのか。


「…誘ってもいないのに泰弘が来るし、あんたに粉かけようとするし…二階堂様の前であいつは…」

「あぁ、だぁいじょうぶだよ。お祖父さんだって慎悟が悪いとか思ってない。あんなので印象悪くなるとかないよ」


 タイミングが重なりまくったもんね、お祖父さんの前で緊張していたのに、更に苦手な従兄の来襲。そして西園寺さんの登場。慎悟の不安が一気に加速してしまったのだろう。

 慎悟は予測できない出来事に弱いよね。普段きっちりしている分、そういう弱い部分を見ると人間味を感じるぞ。


 慎悟の従兄は…話では見栄張りと聞いていたけど、慎悟を貶すだけ貶してどこかに消えたからよくわからない人だった。……それにお祖父さんはあれで慎悟の印象を悪くすることはないと思うな。

 彼を安心させるためにそう言ったけど、慎悟は落ち込みからまだ這い出せずにいた。


 …全く、慎悟という奴は目の前に可愛い彼女がいるのに他の男達のことを考えて…けしからん彼氏め。私よりも男のほうがいいというのか?

 気を引くために慎悟の頬をプスッと突いた。狙い通り慎悟はこちらに視線を向ける。私は彼の顔に近づき、静かに問いかけた。


「…ねぇ慎悟、あれだけ好きだって気持ちを伝えたのにまだわからない?」


 私が大丈夫だって言っているんだ。私があんたを好きで、あんたしか考えられないと言っているんだ。お祖父さんが従兄を気にするのは最悪の場面に陥った時にしよう。

 今は目の前の私を見なさい。何も恐いことはない。不安に思うだけ無駄である。

 ──私を信じろ。


「何度だって好きだって言ってあげる」


 教室で公開告白みたいな事をしたけど、私は今一度、慎悟の好きな所をイチからあげていった。

 慎悟の両頬を包んで、私の方にしっかり顔を向けさせる。他に意識を向けさせない。慎悟はされるがまま大人しくしていた。


「…知らない環境に身を投じた私を、知らない人の中で慎悟が見つけてくれて、初めて私の名前を呼んでくれたんだよ。あれ本当に嬉しかったなぁ」


 思い出すと、出会いはあまりいい印象じゃなかった私達だ。

 もしかしたら、あの出会いだけで終わっていたかもしれない。慎悟がエリカちゃんに喧嘩を売るような発言をしなかったら、私がそれに噛みつかなかったら……私はここにいなかったかもしれないのだ。

 慎悟は私を見つけ出してくれた。エリカちゃんに憑依した私を気味悪がるでもなく、怒るわけでもなく、理解を示そうとして冷静に見守っていてくれた。


 色々あったけど、私達は親しくなった。エリカちゃんのことがあったとはいえ、正反対の私達が仲良くなったのは本当にすごいことだと思う。


「命日の日、事故現場にうずくまってる私を抱きしめてくれたじゃない? 驚いたけど、心配して駆けつけてくれて…嬉しかったなぁ。バレーの試合で心折れかけた私を奮起させてくれた時も、慎悟がいなければ私は逃げて、今も後悔していたかもしれないんだ。…本当に感謝している」


 憑依したばかりの頃、私は必死だった。エリカちゃんに体を返すべく、今度こそ悔いなく逝けるよう必死だった。

 あの時は慎悟の気持ちも考えずに、重いお願い事をしていた気がする。ただ体を返した後のエリカちゃんのことが心配で、頼れる彼に何度も後のことを頼んでいたが、もしもあの段階で慎悟が私のことを好いていたのであれば……本当に残酷なことをしてしまったなと反省している。

 だけど慎悟は私のお願い事をしっかり聞いてくれていたようだ。私はいつも慎悟に甘えてばかりだな。


「去年の文化祭で無理やりキスしてきたじゃない? …私ね、上杉にされた時は吐きそうなほど嫌だったけど、慎悟はそうじゃなかったんだよ」


 あの時は慎悟が怖かった。急に男の目を向けられた私は動揺して逃げるしか出来なかった。

 だけど一番怖かったのは友達関係が変わりそうなこと……なにかが変わってしまいそうだったことだ。


「慎悟の瞳はね、この身体の中にいる私をいつも見つめてくれてる気がするの。私、それがくすぐったくて、恥ずかしくて…嬉しかったんだよ」


 親指で慎悟の目元をそっと撫でる。

 キレイなアーモンド形をした慎悟の瞳はいつも私を見つめている。…出会ったばかりの慎悟は年齢の割に冷静で冷めた目をしていた。未来のために堅実に生きているように見えた。

 そんな生き方もいいと思う。人それぞれだ。慎悟には抱えるものがあるのだ。庶民な高校生とは同じ生き方が出来ないというのは今ではわかっている。


 …恋とか、愛とか、そういった不確かなものには全く興味がなさそうだった。なんたってあの瑞沢嬢にも、美少女揃いの加納ガールズにも眉一つ動かさないのだ。相手として条件のいい丸山さんにさえ壁を一枚挟んで距離を作って接していた。

 女に興味ないと硬派気取っているのかと思ったけど、多分自分のことを強く律していたんだろうな。ナメられたくないと言っていたもん。


 だけど今は違う。

 勿論、以前と変わらず慎悟は未来を見つめてしっかり自分の足で歩いていっているが、あの頃の冷めた目をした慎悟はいない。


 いつだって私に気持ちを向けてくれる。私と同じ気持ちを持ってくれている。

 私はそんな慎悟全てひっくるめて好きなんだよ。慎悟が私を受け止めてくれたように、私も慎悟という人を受け止めている。

 どのくらい好きだと伝えたら、慎悟の不安は消し飛ぶんだろう。


「初めてのキスは慎悟が良かったな…出来るなら、自分の身体で慎悟に触れてみたかった…」


 アイツに奪われたのは本当に悔しい。思い出すだけで腹が立つ。上杉に会ったら蹴り飛ばしておこう。


「…笑さん」

 

 私がヤツに対して思い出しイライラしているとは知らない慎悟が掠れた声で名前を呼んだ。胸がきゅうと苦しくなり、ファーストキス泥棒上杉のことはどこかへ消え去っていった。

 親や弟、友人が呼ぶのとはちがう。慎悟だから私は苦しくなるのだ。笑と呼ぶ声はいつも優しい。エミという2文字の名を愛おしそうに呼ばれる度に、私は幸せで泣きたくなるんだ。


「…好きだよ、慎悟」


 ゆっくりと彼の顔が近づいてきた。

 私は慎悟の首に両腕を回して、自分からその形の良い唇に吸い付いた。

 はじめは触れるだけだったキスが激しくなるにつれて、慎悟が私を抱きしめる腕が苦しくなってきた。ここが中庭だとわかっていたが、私には目の前の慎悟しか見えない。


 清く正しい交際をしようと自分から言っておいて、全く守れていないじゃないか。こんな積極的に求めて…まったくもってけしからん。私も、慎悟も。

 お嬢様って実際のところなんなんだろうな…好きな人を前にしても、お淑やかに……

 でも、好きな人だったら触れたいと思わないのかな。こんなに近くにいても、私はまだ足りない。もっと深いところまで求めてしまうのに。


「…ん」


 …今はそんなことどうでもいいか。

 熱くて、口が溶けてしまいそうだ。私は目を閉じてただひたすら慎悟の柔らかい唇を感じていた。

 


「…いつまでイチャついてるの君たち」

「!?」


 ここに居る筈のない奴の声が耳に入ってきて、私はギクリとした。

 私は忘れていた。奴には私の居場所がわかるレーダーのようなものが搭載されているということ……たとえ慎悟と一緒にいてもお構いなしにつきまとうストーカー野郎であることを…!

 一方の慎悟はゆっくり唇を離すと、私を隠すように抱き寄せてきた。私は隣に座った慎悟の胸元に縋り付くような形で固定されてしまう。

 慎悟はというと…上杉を胡乱に見上げて、ハッと鼻で笑っていた。


「覗き見は趣味が悪いんじゃないか上杉?」

「よく言うよ、見せつけるような真似してくれちゃって」


 ふたりのギスギスしたやり取りが始まったが、私は上杉の言葉に疑問を感じた。 


「…見せつける…?」

「独占欲だかなんだか知らないけど、本当君って性格悪いよね」

「お前にそれを言われたら一巻の終わりだな」


 ちょ、まてよ…その言い方だとまるで……

 慎悟よ、上杉が側にいるのわかった上で、キスを中断することなく……

 私が呑気に恋愛脳みたいな思考回路でキスにほわーんとしている間になんてこと…!


「うわーっ! 馬鹿ぁ! 見せつけるもんじゃないのに、慎悟あんた何してんのよ!」


 はしたないはしたないと私のこと注意してくるくせにあんたはどうなんだ!

 よりによってこの上杉に見られるとか恥ずか死ぬ!!


「可愛かったから大丈夫だよ。…相手が僕だったら言うことなかったけどね」

「止めて!? ほら! 慎悟のせいで上杉がまた気持ち悪いこと言ってるじゃないの!」


 上杉が恐いことを言ってきたので、全身鳥肌が立ってしまった。極力奴を刺激しないようにしようよ! こいつ急に豹変するから触らないほうがいいって!

 私はバシバシと慎悟の背中を叩いて文句を言ったが、慎悟は反省する素振りを見せなかった。彼は全く恥じらいを見せずに、堂々としていたのだ。


 私はこんなに恥ずかしいのに……公開告白された時は恥ずかしそうだったのに、キスシーンをストーカーに見られるのは平気なの? 慎悟の恥ずかしいの基準がわからないよ。


「見せつけたら少しは牽制になるかと思ったけど……お前本当しつこいな」

「君に負ける気はないよ。まだ婚約できていない身分で偉そうにしないほうがいいと思うけどな」


 男2人が私を取り合おうとしているが、全く嬉しくない。だって片方サイコホラーなんだもの。


「だから上杉! あんただけはないって言ってるでしょうが!!」


 私は恐怖の表情を浮かべて叫んだ。

 何であんたはわかってくれないんだ!

 あんたはエリカちゃんにしたことを1から順にノートに書き出してみて、これで好かれるかどうか考えたほうがいい。私ももれなく被害に遭ってきたんだよ!?

 あんたへの好感度マイナス突破してますから!!

 

 私は部活で鍛えた声で叫んだ。だが、グラウンドではちょうど閉会の挨拶が行われており、私の怒鳴り声はマイクで挨拶をする生徒会長の声にかき消されたのであった。


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