ようこそきらびやかなセレブの社交場へ。


 私は現在、パーティ会場にいる。

 二階堂パパママの取引先企業が主催の社交パーティーに招待されたのだ。会場には老若男女が集い、お喋りを楽しんでいる。

 このパーティ参加にあたって、ママが新しいドレスを新調しようとしていたが、私は去年のクリスマスパーティで着用したシャーベットオレンジのドレスがあるからと遠慮した。一度しか着ていないのにもったいないじゃない。



 私が社交の場に出たのはこれが初めてだったりする。今まではお嬢様教育の様子見でパーティ参加を免除してもらっていたのだが、ここに来て社交界デビューを命じられたのだ。

 まぁ、二階堂の娘なら? そのうちこんな日がやってくると思っていたよ……とうとうその日がやって来ただけである。


 今日のパーティには慎悟も参加するはずなのだけど、用事があるから遅れて参加すると言っていた。

 数多くのセレブが参加するこのパーティに、一般生の友人たちが参加するわけがない。同じセレブ生の阿南さんのお家は取引先ではないので招待されていないため不在。

 他にセレブな友達がいないボッチな私は、壁の花もとい、オードブルにたかる蟻をしていた。

  

 さっきまでパパママと一緒に挨拶周りをしていたのだが、大人同士商談を始めたため、私は戦線離脱したのだ。

 いや、聞いておいたほうが後々の役に立つとはわかっているが、初参加の社交パーティで私は気疲れしていた。なので胃に食べ物を入れて少しリラックスしようと思ってね…二階堂ママにはちゃんと断っておいたから大丈夫だよ。


 このパーティに参加するに当たって、二階堂パパが用意してくれた、重鎮リストや重要情報を暗記して臨んだので、重要な人物のことはかろうじて覚えてきたけど……それの妻や娘息子までは覚えていない。声を掛けられても「ごきげんよう」と言って、相手の話を聞くだけしか出来ない。

 エリカちゃんはボッチ体質だから絶対に口数少なかったはずだし、今はこれで許されるはずだと思うんだよね!


 知り合いはいないかなと辺りを捜索したが、人が多くて探しきれなかった。

 ひとりでは心許ないから、二階堂夫妻の商談の席に混じろうと私は踵を返した。


「これはこれはエリカさん、お久しぶりです」

「!? ご、ごきげんよう」


 振り返ったら知らないおじさんがいた。その後ろには同年代くらいの少年の姿。背後に誰かがいると思っていなかった私は思わずのけぞってしまった。



■□■



「父親の私が言うのはなんですが、息子は文武両道でして…先日の学校の中間試験では5位だったんです」

「お父さん、恥ずかしいからやめてください」


 二階堂夫妻のもとに行こうとした私は思わぬところで足止めを食らっていた。目の前では知らないおじさんが先程から一方的に喋ってくる。

 どうでもいいけどこの人達なんなんだろう。挨拶もそこそこに息子を紹介してきて自慢て……学年5位はすごいけどさ。


 家庭教師・井上さんのお力でじわじわ順位が上昇しているとはいえ、100位台前半の私には耳が痛い。体育の成績だけはいつだって自信があるんだけど、全体の成績を聞かれるとごめんなさいと謝りたくなる……

 1年前から習っている英会話にしても、まだまだである。語学力強化のために、英語圏への語学留学も視野に入れたほうがいいかもねと二階堂パパにも言われた。……どうせ行くなら慎悟の留学時期とかぶればいいな。ついでに同じ地域だといいな、なんて。

 

「──エリカさん?」


 知らない人からペラペラと自慢話をされ、愛想笑いを浮かべながら他のことを考えていたら横から声を掛けられた。

 私がそっちに顔を向けると、そこには見覚えのある人が立っていた。


「…西園寺さん?」

「お久しぶりです。お元気そうで」


 彼はこちらに悠々と歩いてくると、以前と変わらぬ温和な笑顔を向けてくれた。彼は二階堂のお祖父さんが1年前にセッティングしたお見合いで出会った人だ。

  

「今日、加納君は?」

「彼は遅れて参加することになっています」

「…自分の気持ちに素直になれたんですね、良かったです」


 西園寺さんはそう言って微笑んだので、私は恐縮してしまう。


「あの節は、本当にお世話になりました…。西園寺さんはお変わりないようで」


 ホワイトデーのお返しの時以来だったのでちょっと気にはなっていた。あの日、恋敵に塩を送る形で私を見送ってくれた彼は以前のように親しげに接してくれるではないか。気まずい気持ちが霧散した気がした。

 私が深々と頭を下げると、西園寺さんは朗らかに微笑んでいた。相変わらず好青年100%だなぁ。


「エリカさんは綺麗になりましたね。加納君との仲の良さが窺えます」

「あっ、はい、お陰様で仲良しです!」


 綺麗! いや、エリカちゃんは美少女だもの、綺麗になって当然なんだけどなんか照れるわ! 私がひとりで照れていると、西園寺さんが首を動かしてどこかに視線を向けていた。

 あれ、そういえばさっきの人達いつの間にかいなくなってる…


「…余計なお世話かもしれませんが、エリカさんに交際相手がいるとしても、あなた方はまだ婚約関係ではありません。ああして縁組を狙って近づく人間もおりますので、無防備にひとりでいるのは避けておいたほうがいいですよ」

「…あ、はい…すいません」


 あぁ、さっきのってそういうことだったのか。めちゃくちゃ自慢してくるなぁと思ったら、婿候補としてプッシュしていたのね。そこを見兼ねた西園寺さんが間に入ってあしらってくれたのか。ここに来ても迷惑を掛けてしまっている。面目ない。

 私がしょんぼりした様子をみせると、西園寺さんは苦笑いしていた。


 私と西園寺さんは近況報告としてお喋りしていた。以前と変わらないようでいて、西園寺さんは友人の距離でお話してくれる。本当にいい人である。


「大学は高校のように時間割が決まっているわけでなく、自分で決められますが、偏ると単位が取れなくなるのでそのへんの調節が難しいですね」

「ほう、そうなんですねぇ…」

「多分英学院の大学部でも、一般教養として他の勉強もできると思いますよ。スキマ時間に講義を入れてみてはいかがでしょうか」


 参考がてら大学生活についてお話を聞いていると、どこからかキャイキャイと女子のはしゃぐ声が聞こえてきた。

 「慎悟様」という聞き覚えのある声に私が首を後ろに動かすと女子に囲まれた慎悟がそこにいた。まるでサファリパークの猛獣エリアに投入されたA5ランク肉のようになっているぞ……

 英学院の生徒ではない女性もそこにいて、それから守るように巻き毛が辺りを威嚇している。

 私は「ウワァ…」と声を漏らしてしまった。

 嫉妬よりも前に、魔性の男の威力にドン引きしてしまったのだ。私の横にいた西園寺さんも「すごいですね…」と引き気味だったし、私のリアクションはおかしくないと思うんだ。

 慎悟は確かに優良物件だ。だけどそれ以前にあの美麗な容姿が誘蛾灯の役割を果たしていると思うんだな。本当に美しいって罪だなぁ。


 あーあ、私の彼氏なのに。モヤモヤムカムカしてしまう。慎悟のことだ。あしらっているだろうけど……なんなんだ、女子たちのあのしつこさ。加納ガールズだけでも手一杯なのに、社交の場では更に数が増えるんか!  

 ここでは私の彼氏に近づくなって割って入って行くところだと思うけど、私だって人並みの恐怖心を持ち合わせているんだ。あの肉食獣の群れに特攻するには勇気が必要だ。


「おい、慎悟が迷惑がっているだろ。お前ら離れろよ」


 だけど特攻する前に第三者が慎悟を救出すべく、その群れの中に乱入していた。彼は慣れた様子で、女子に囲まれた慎悟の腕を引く形で力技にて救出していた。

 女の子たちが嫌そうに顔をしかめているが、彼は知らん顔だ。慎悟は相手の顔を見上げて呟いた。


「…三浦」

「よっ」


 その正体は慎悟の親友の三浦君だ。

 この間の試合以来である。…はて、彼は受験生なのにパーティに参加しているのか? エスカレーター式の私達と違って、外部受験があるのに大丈夫なのだろうか。


「…最悪ですわ…何故あなたがここにいますの!?」

「何故って、うちの親が招待されたからに決まってるじゃん。ちょっと考えたらわかるだろ。……相変わらず巻いてんな。お前のそれ、なんなの? ポリシーなの? アイデンティティなわけ?」

「んな…っ! 失礼な人ねぇ! あの女狐と同じこと言って!」


 言ってない。巻き毛とは呼んでるけど、何で巻いているのかとか、ポリシーなのかとか聞いたことないよ。

 三浦君と巻き毛が小学生からの知り合いで、慎悟を巡ってのバトルを繰り広げていた間柄というのは聞いていたが、本当に仲が悪いんだな。

 

「……なぜ、西園寺さんと一緒にいるんだ?」


 私は2人の口喧嘩に目が行っており、慎悟がこちらに近づいてきたことに気づいていなかった。

 私が顔を上げると、慎悟の御尊顔があった。ただしその顔はマネキンみたいに無表情である。しかもその目は疑惑に満ちている。

 言い方に棘があるぞ。西園寺さんはお喋りの相手をしてくれていただけだ。失礼な奴め。今の今までハーレム作っていた奴に言われたくないんですけど。

 私はムッとして慎悟を睨み返した。


「私達はただお話していただけだよ」

「…その割には親しげに見えるけど?」


 今のはムッときたぞ。…その言葉は聞き捨てならないな。

 慎悟が好きでハーレム形成しているわけじゃないのはわかっていた。モテるのもわかっているから、なるべく私は心穏やかに受け入れてあげているのだ。

 この間1年生に抱きつかれていたときだって私は穏便におさめてあげたでしょうが! 慎悟だけが悪いわけじゃないから我慢しているんだよ!?

 なのに、だ。言い方が嫌味ったらしいなぁ。ちょっと狭量すぎないかな?


「何? その言い方。なにか気になることでもあるの?」

「別に」

「またそれ。慎悟のその態度、状況を余計に悪化させるからね? なにもないならそんな棘のある言い方しないでよ」


 別に、とか言いながら目はブリザード。私はこの目に見覚えがある。そうだちょうど1年前のこと、お見合いで出会った西園寺さんに学校前で告白を受けた後の慎悟のリアクションと同じだ。

 多分西園寺さんに嫉妬しているんだ。嫉妬しているならハッキリ言えばいいのに。


「私のこと束縛したいなら、ちゃんと納得させてよ。彼氏が他の女の子にアプローチされてる姿見て、私が平気だとでも思ってるの?」


 私が自分の正直な気持ちを訴えると、慎悟は口ごもっていた。


「一方的に束縛されるのはすごく気分が悪いよ!」

「え…」


 私がぷいっとそっぽ向くと、慎悟が私の名前を呼ぼうしていたが、ここで『えみ』とは呼べないので、寸止めしていた。 


 私だって嫉妬するし、一方的なのは嫌なのだ。いくら私が1歳年上でも我慢できることと、できないことがあるんだ! 慎悟はその辺をよく学べ!

 慎悟が反省し、私に対して許しを乞うまで許してやらん!


「なぁ、こっち向けって」


 慎悟が横から声を掛けてくるが、私はそっぽ向いて無視してやった。私は怒っている。理由をよく考えてみろ!


「……加納君、ちょっといいかな。僕からも話があるんだ」 

「…俺はないですけど」


 この状況を見兼ねた西園寺さんが間に入ってきた。慎悟に話があると言うが、慎悟は聞く耳を持とうとしない。態度が反抗的だなぁ。


「いいから来るんだ。…エリカさん、ちゃんと後で加納君は返すから安心してね」


 西園寺さんにしては強引に、慎悟の腕を掴むと、そのままどこかへと連れ去っていった。慎悟が顔を歪めていたので、もしかしたら結構力を入れて握られているのかもしれない。


 西園寺さんから話……?

 はて、年長者としてご指導してくれるのであろうか?

 

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