いつまで居座るつもりなんだ。
三浦君は「デートの邪魔してごめんね」と口では言っていたが、ずっとそこに居座っていた。ていうか慎悟の隣で本読んでた。
図書館内のため静かにしなくてはいけない。早々に会話を切り上げて、各々読書をしていたのだけど、いつまで三浦君はこの場に居座るのか……私はすごく気になっていた。
彼とも仲良くしたいのはあるが、今日は慎悟と2人きりのデートをしているんだ。急に割って入ってきて堂々と居座られると……普通に困るよね。
図書館に到着して本を読み始め、三浦君と遭遇してから時間が更に経過して…早くも時刻は正午を過ぎていた。
お腹が空いてきたんだけど、お昼はどうするのだろうか……。私はスポーツ医学の本を読みながら、ちらりと目の前に座る慎悟と三浦君に視線を向けた。ふたりとも本に集中しているので声を掛けにくいなと思っていたら、三浦君が本から視線を外した。
「そうだ、久々に再会できたんだ、食事を奢らせてよ」
その提案に、読書にふけっていた慎悟も読むのを中断して顔を上げていた。
……本音を言うと、全く知らない初対面の人、しかもエリカちゃんを知っている相手と一緒に食事とかちょっと気まずいなぁ。
だけど、慎悟にとっては親友だ。久々の再会になるのではなかろうか。私はちらりと慎悟に視線を向けた。
「…どうする?」
慎悟は一応私の意見を聞き入れようとはしてくれている。だけど本人の目の前で気まずいとか言いにくい。
「…いいよ。久々に会えたんでしょ?」
今日は慎悟の行きたいところに行こうと思っていたから、今日くらいはいいか。また日を改めて2人きりでデートしたらいい。
そんなわけで3人で昼食を取ることになった。
図書館を一旦後にして、私達が向かったのは図書館直ぐ側にあるスペイン料理店。4人がけのテーブル席で、私が慎悟の隣に座ると、斜め前の席に三浦君が座っていた。
「ここ、結構美味しいんだよ。いろんな物を頼んで皆でシェアしよう。二階堂さんは好き嫌いはない?」
「大丈夫だよ。スペイン料理かぁ、普段あまりお目にかからないから楽しみだなぁ」
ランチの時間帯ではあるが、単品の料理も提供してくれるようである。メニュー表を見たら、普段あまり口にすることのないメニュー名がずらりと並んでいた。
「あっ慎悟、ぴんちょす! ぴんちょすがあるよ!」
「前菜代わりに頼むか?」
「うん、うん! これ名前がいいよねぇ響きが好き」
「味じゃないのか」
1年の時のクリスマスパーティで、慎悟から色々教わった料理名の中で一番印象深かったぴんちょす。これは名前が印象深すぎて最初に覚えた。去年のパーティーでも食べたよ。
メニュー表を見ていたら、お米料理も載っていた。パエリアってスペイン料理だったっけ? 私はお米が食べたい気分なのでパエリアをリクエストしておいた。他にもアヒージョやスパニッシュオムレツ、自家製ソーセージの炭火焼などを頼んでいた。
「お待たせいたしました、ガスパチョになります」
注文してすぐに冷製トマトスープがテーブルに到着した。ちょっと酸っぱいけど、暑い夏にはぴったりな野菜たくさんスープだ。それから間もなくぴんちょすが届いたので、私はウキウキしながらそれを摘んだ。
「所で二階堂さんはバレーではどのポジション担当なの?」
ポテトサラダの上にアンチョビが載っかっているぴんちょすを咀嚼して味わっていると、三浦君にバレーボールの担当ポジについて質問された。私は口の中のものを飲み込んで口を開いた。
「ん、スパイカーだよ?」
「…スパイカーってさ、俺の記憶が間違っていなければ、攻撃担当だよね? …身長もだけど、腕力も必要なんじゃない?」
「うん、だから筋トレも欠かさずにやって、2年前よりも逞しくなったよ」
華奢で、風が吹けば吹っ飛びそうな可憐なエリカちゃん。とてもじゃないがバレーボールに向いた体格でもないこともあり、私が憑依した時に肉体改造をとにかく頑張った。今では健康的な筋肉が身に付いたと自負している。
「そう言われてみたら中等部の頃より逞しくなったような…」
「この鍛えた筋肉で強いスパイクを打ってみせるよ」
腕を持ち上げると、二の腕をバシバシ叩いて、ピチピチの筋肉を見せつけた。
ふと思ったけど、私思いっきり三浦君の前で地を出してしまってるな。…まぁいいか。
「そんなこと言って、また空回りして廃人になるなよ」
「ゔっ…でもほら見てよ、この鍛えられた二の腕を!」
横から釘を差して来た慎悟に、二の腕の筋肉アピールをしてみた。今日はノースリーブのワンピースでデートに参上したので、二の腕の筋肉がよく見えるはず…!
慎悟は目を細めて二の腕を見ていた。そして、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「…鍛えられた…ねぇ…」
「何その反応! 慎悟こそ本よりも重いもの持たない生活しているくせに……!?」
半笑いする慎悟のバカにしてくるような反応にムッとした私は、隣に座る慎悟の二の腕を服の上から掴んで…目を見開いた。
私よりも、鍛えられているだと…?
鍛えに鍛えて一回り逞しくなった今の身体。ぐっと腕に力を込めて見たけど、それでも慎悟の二の腕のほうが逞しかった。…多分同じ年齢でスポーツをしている男子に比べたら細身のはずだ…目の前の三浦君はテニスをしているだけあって腕も足もしっかり筋肉がついている。それに比べたら細身に見えたのに。
…趣味程度でたまにスポーツする慎悟のほうが、部活で汗をかいている私よりも鍛えられているって何?
ぎゅうぎゅうと慎悟の腕を揉んでいたら、慎悟から「痛い」と小言を頂いた。
ついつい妬みの心が噴出してきて、慎悟の腕の筋肉を圧縮してやろうと手が勝手に……どういうことだ。
「…重い本を使って負荷かけてるの…?」
「そういうわけじゃないけど…」
「あはは、二階堂さん負けず嫌いなんだね」
身長も負けて、筋肉量でも負けて…その辺は私のほうが頑張っているのに何故だ…さてはプロテインでも飲んでいるのかあんた。はたまた運動している事を知られたくなくて嘘付いてるの? 私彼女なのに秘密にしちゃうわけ!?
「男のほうが筋肉が付きやすい体質だから仕方がないよ。まぁでもスポーツには筋肉が不可欠だもんな。悔しくなる気持ちはわかるよ」
「そうだよ、この筋肉があればもっと強いスパイクが打てるのに!」
「身長をよこせの次は、筋肉よこせか」
慎悟に呆れた目で見られたけど、私は今までの努力が性差に負けたというのが悔しゅうて悔しゅうて…
慎悟が私の彼氏で男という事実の前に、1人のスポーツ選手として悔しいんだ…!
「スパニッシュオムレツと自家製ソーセージの炭火焼になります」
「わぁ、おいしそう」
だけどその悔しい気持ちは美味しそうな料理の到着で何処かへと飛んでいった。美味しいものは正義だ、うん。
その後、魚介と季節の野菜のアヒージョとパエリアがやってきて、私達は美味しい料理に舌鼓を打っていた。
「美味しそうに食べるよね、二階堂さん。ご馳走する甲斐があるよ」
「だって美味しいものは美味しいもの。しかめ面で食べるほうが失礼でしょう?」
「悪いとは言っていないよ。…ただ、前の二階堂さんとは180度性格がガラリと変わっているから驚いてるんだ」
三浦くんの言葉に私は笑顔で返した。このやり取りも何度もした。今更動揺しないよ。
「二階堂さんがこんな子だったなんて知らなかったよ。…今まで猫かぶってたの?」
「…もう自分を偽る必要もなくなったの」
エリカちゃんを知っている人間なら必ずそこが引っかかる。いくらエリカちゃんがボッチマスターでも、同じ学校にいたんだから雰囲気くらいは把握しているであろう。
猫をかぶっていた云々は…どうだろう、かぶる猫が存在しないことがそもそもの問題だ。エリカちゃんのふりをしようと思ったことがないんだもんな。ていうかエリカちゃんを知らなかったから出来なかったとも言う。
三浦君はふーんと気のない返事をしていたが、その瞳は探るような目をしていた。
「慎悟とも全然仲良くなかったし…そもそもこんなにおしゃべりとは思わなかったな」
「事件を機に生まれ変わったの私」
「…ま、凄惨な事件だったもんね。無理もないか」
興味津々というわけでなく、ちょっと気になったから質問しただけのようである。三浦君は私を探るような目を止めて、パッと視線を慎悟に戻すとガラリと打って変わって、友好的な笑みを浮かべた。
「なぁ、慎悟。8月に別荘行かね? 久々にテニスしようぜ」
「…お前は受験があるだろ。俺達のような内部進学組とは異なって、大学受験のいちばん大事な時期なんじゃないのか?」
「だぁいじょーぶだよ! ずっとテニスするわけじゃねーし、もちろん勉強もするさ」
三浦君は「約束な!」と半ば強引に慎悟とお泊まり会の約束をしていた。とても嬉しそうだ。その笑顔からは好意しか伝わってこない。彼が慎悟を心から信頼しているのがわかる。大好きなんだな。
いいじゃないの、青春ぽくて。
是非テニスをする慎悟の姿も見てみたいが、親友同士の時間を邪魔するのは野暮ってものだな。
別荘か…セレブっぽいね。
二階堂家にも一応別荘はあるみたいだけど、それは一族共用の別荘。パパママは多忙だからあまり利用しないみたい。
…従妹の美宇嬢の母親である叔母さんはよく利用するみたいだよ。この間パパが「紗和が夏休みいっぱい別荘を利用すると言っていた」とぼやいていたもの。
お祖父さんの長女である一番上の伯母さんは他家へお嫁にいったとはいえ、二階堂の会社を任された旦那さんのサポートをしているみたいだ。加納家からお嫁さんをもらった息子さんは跡を継ぐために一緒に会社経営している。
伯父さんやパパも同様だ。皆いろんな形で二階堂家に貢献している。
だけど一番下の叔母さんはそうでもない。嫁入り先でのんびりまったり過ごしつつ、事業を手伝うわけでもなく、実家に頻繁に出入りしているそうだ。それは悪いことではないが、一番下の妹さんだけが何もせずに甘い汁をすすっているように見えるのは、私が彼女に対していい印象がないからなのだろうか…
二階堂家はちょっと複雑みたいで、お祖父さんの今の奥さんは後妻で、その人の子供は4番目のその叔母さん…紗和さんだけなんだとパパから聞かされたことがある。パパ含めて上の3人は前妻の子供で、前妻…エリカちゃんの実のお祖母ちゃんは30代の若さで病にてこの世を去ったそうだ。
そのせいか紗和さんは後妻から溺愛され、お姫様のように育てられ…上3人の兄姉とは差別されて育てられたとか…ちょっと微妙な関係らしい。
パパは小学生の頃に実母を亡くして程なくして新しい母が登場して妹が生まれて…継母に差別されて、戸惑いはしたみたいだけど、当時中学生だった一番上のお姉さんがしっかり面倒見てくれたこと、当時お世話してくれていたお手伝いさんが母親代わりをしてくれたこと、そしてお兄さんも一緒になって遊んでくれたから寂しくはなかったみたい。
「知らない話で退屈だったか?」
私が二階堂家の事情を思い出しながらぼんやり食事をしていると、隣に座る慎悟から肩を叩かれた。ついつい考え事をしていただけだよ。「そんなことないよ、ごめん考え事してた」と返しておいた。
その時、斜向かいに座っている三浦君が私を探るような目で観察してきていた。
……彼のその行動がやっぱりどこかに引っ掛かった。最初の違和感は気のせいではないのかもしれない。
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