神様仏様が許しても、この私が許さない!


 修理工場に運ばれた私の腕時計はすぐさま分解され、水に浸かってしまった各部品を乾燥させたと聞いた。その後は動作確認のために1週間ほど工場に預けていたけども、安全性が確認されたため、この度無事に腕時計が手元に戻ってきた。

 以前と変わりなく作動する時計。私には笑顔が戻った。

 その件でお世話になった瑞沢嬢にお礼を言うと「いいのっお友達として当然のことだから!」と返ってきた。

 ……今回はお世話になったのでそこは否定しないであげた。…本当この子は私に懐いているよな…

 でも彼女のおかげで時計は無事戻ってきたのだ。素直に感謝しよう。 


 この事は二階堂パパママには慎悟が連絡してくれていたので私から2人に説明する必要はなかったけど、しばらく私に元気がなかったことで心配をかけてしまった。それは友人たちにも同様のことなのだけど…


「絶対にもう腕から外さない」

「ボールが当たって壊れたら、また廃人のようになったりしない?」

「やめてそんな縁起でもないこと言うの」


 私が腕時計を撫でていると、ぴかりんが不吉なことを言ってきた。なんでそんな事言うの。


「結局の所犯人は誰なのでしょうね…」

「加納様が風紀委員会の方と犯人探しをなさっていらっしゃるようですけど…見つからないみたいですね」


 そうなのだ。あの後廃人状態になった私の代わりに慎悟が色々捜索してくれたみたいだけど、全然わからなかったみたい。遅刻や早退などをした生徒を探ってみたけど、犯行時刻と思われる時間帯のアリバイがあったり、犯行が不可能とみなされたのだ。

 …犯人は監視カメラの位置を全て把握していたのだろうか? 簡単には侵入出来ないだろうし、多分内部犯…だよね。


「…櫻木たちでは…ないよね? あいつらなら堂々と小学生みたいな嫌がらせしてくるし」

「山本さん、本当のことですけどあまり口に出すのはよろしくありませんよ」

「犯人の目的は何でしょうね…意図がわからないので、目星も付きませんよね…」


 二階堂家の娘として多少なりとも妬み嫉みを受けることもある。だがこんな悪質ないじめを受けるほど恨まれる覚えは……いや、慎悟と仲がいいとか、宝生氏の元婚約者だったとかそういう理由で妬まれる可能性はあるけど…そう考えると沢山いそうだな…

 だが、私を敵対視してくる加納ガールズ・丸山さんは絶対にこういうことはしない。いつだって彼女たちは堂々としていたのだ。

 ……だとしたら誰なんだ?


 手がかりがなにもない状況で、私は手も足も出ない状態だった。



「セレブ生のくせにあんな安物の腕時計で泣くなんてね。バカみたい。…お金持ちなんだし、新しいものを買ってもらえばいいだけじゃない」

「加納君の同情を買う為だったんじゃない? こんな時だけぶりっ子してキモいよねー」


 私がため息をついていると、廊下の片隅でたむろっていた女子生徒たちの声が聞こえてきた。その声はひそひそ声と言うには大きく、話の内容からすぐに私のことを言っているのだとわかった。

 何を言っているんだろうかこの人達。何でそんな事言われなきゃならないのか。

 腕時計の贈り主は一般市民である私の両親だ。湯水のようにお金があるわけじゃないんだ。そんなホイホイとプレゼントを贈れるわけがないだろう。そもそもこの時計は特別なものなのだ。彼女たちには理解できないだろうけどね。


「…あんたたちにとっては安物だろうけど、これは私にとって大事なものなの。新しいものを買ってもらえば済むってわけじゃないの。…それとぶりっ子に見えたのならゴメンね」


 私がその女子生徒たちに声をかけると、彼女たちはギクッとしていた。まさか、私が何も反応しないとでも思ったのだろうか…私はスマホ破壊モンスターとして名が通っているものだと思っていたが、今となってはその名前の威力も弱まってしまったのであろうか…

 可愛いお人形さんのような顔をして性格キツイなぁ……こちらを睨みつけてくる小柄な女の子の顔を見て思い出した。…この子、慎悟を呼び出していた時に、さり気なく私を睨んできた子じゃない?


「…いこっ」


 彼女は数人の友だちを連れてその場から逃げていった。ぴかりんが「何あの女!」とキレ気味だったので、ぴかりんの腕を掴んで阻止しておく。

 確かあの子の名前は滝川さんで、一般生だったかな…もしかしたら慎悟に慰められていた私の姿を目撃して嫌な気持ちになっていたのかもしれない。

 …あれは、慎悟が抱き寄せてきたから、私がしたわけじゃないんだけどな…?

 だが見る人によってはそういう印象になってしまうのか……気をつけよう、と思った矢先のことであった。




 新たな事件はその約2時間後に何の前触れもなく起きた。


 英学院のお手洗いは広くて綺麗で住めそうである。最先端のきれいなトイレは勿論のこと、パウダールームのアメニティも充実している。一見するとどこぞのホテルのようである。本当、どうでもいいところにお金を使う学校である。高校にパウダールームいるかなぁ?


 私はいつものようにお花を摘もうと個室の扉を開けて中に入ったのだが、その直後、突然上から水が落ちてきた。

 バッシャーンと音を立てて、バケツ一杯分くらいの水が頭上から降り掛かった。


「ぶぇっ!? つめたっ、みっ水!?」


 すぐさま上を見上げたが、なにもない。ただの照明とお手洗いの天井しか見えない。

 私は訳も分からず目を白黒させていたのだが、このままここにいても仕方ない。とりあえず出ようと思って扉を開けようとしたら開かない。

 なんだ、英学院の七不思議ハナコさんの呪いか!? 私を黄泉の国に連れて行こうとしているのか! 便器から手が出てきて連れ拐われちゃうのか!? ちょっと、閻魔大王さん話が違うよと恐怖を感じた私が思いっきり扉に数回体当たりをしていたら、先程まで開かなかったトイレの扉が開いた。ドアを塞ぐ障害物が消え去ったようにいとも簡単に。


「きゃあ!」

「いたぁい!」  

 

 ドテ、ドテッとトイレの床に倒れ込んだのは女子生徒2名だ。私は水を滴らせながらその人達を眺めた。

 何だ…ハナコさんじゃなくてこの人達が水を掛けた上でドアを抑えていたのね…何だよ…人間かよ…

 それはそうと、私はその人達に見覚えがあった。


「あんた達…このあいだ滝川さんと一緒に堂々と悪口言ってきた人たちだよね?」

「ヒッ!」

「…どういう事か、話してくれるよね?」


 私は濡れ鼠状態のまま彼女たちの腕をしっかり掴んで、風紀委員会に突き出そうとお手洗いから出た。


「いやぁぁやめてぇ!」

「退学だけは〜!」


 後ろでなにか言っているけど無視である。通行人に注目されながら風紀室にたどり着くと、私は彼女たちを中に押し込んだ。

 風紀室の中には数人の委員がおり、目を丸くしてこちらを見ていた。


「トイレでこの人達から水を掛けられ、扉が開かないように嫌がらせされました!」


 どんな理由かは知らないけど、私は見逃してはやらん!



■□■ 



「二階堂さんはすぐに着替えたほうがいいよ。まだ3月なんだ、寒いでしょ?」

「大丈夫! 事件は鮮度が命なんだよ。はやく事情聴取しよう!」


 確かに濡れ鼠だが、当事者である自分が抜けると支障が出ると思うのだ。


「風邪引かれても困るよ…先にあっちの話を聞いておくから」

「そう…?」


 風紀委員にそう言われてしまっては仕方がない。

 だが今日は体育がなく、体育用のジャージは家に置いている。なので部室に保管している部活用のジャージにでも着替えようかと私は校舎を出て、運動部の部室がある裏庭に出てきた。


 …今日はいい天気だ。太陽の光を浴びるとポカポカする。このままこの太陽の力で濡れた服も乾いてくれないかな…と私が太陽を見上げたその瞬間、目の上を影がよぎった。

 嫌な予感がした私は咄嗟に後ずさる。


 ──ガッシャーン!

「…え」


 時間差で何かが壊れる音がして地面を見ると、割れた花瓶。水や花は入っていないようだ。高い位置から落下した影響で破片が四方八方に飛び散っていた。

 私が呆然と上を見上げると、窓から顔を出してこっちを見ている女がいた。彼女はこっちを見下ろして「ごめんなさーい。手が滑っちゃったぁ」と笑顔で言っているが、ごめんで済む問題じゃない。

 

「…そこで首洗って待ってろ! このクソ女!!」


 下手したら命に関わる一大事になるところだった。高校生ならそのくらいのことわかるはずだろう。

 私が大声でその女…滝川に怒鳴りつけると、相手はぎょっと萎縮したように見えた。わざとじゃなければ私が怒らないとでも思ったのかあの女!!

 私は着替えるのは後回しにして校舎に引き返した。ここはガツンと言ってやらねばならない! 悪い事をした直後に叱らないと、実家のペロ(犬)も悪いことだと覚えられないからね!


 私が階段を駆け上がっていると、すれ違う通行人がサッと避けてくれたのでスムーズに目的地に辿り着いた。

 ──ガラッ

 2−1の教室の扉を力強く開くと、私はためらいなく中へ入った。1組の生徒が驚いた顔で此方を見てくるけど、私が怒っている気配に気づいているのか声を掛けてくることもない。

 花瓶を落とした体制のまま、窓際で固まっていた滝川の元に大股で近づくと、彼女の胸ぐらを掴んだ。


「ヒッ」

 

 滝川は引きつった声を出して怯えていたが、怖かったのはこっちである。


「…ふざけるなよ、3階から花瓶が落ちてきて頭にぶつかったらどうなるか、あんたわからないわけ?」


 物理の知識云々じゃなくて、高校生ならそれが危険だって判断できるよね? 英学院よりも偏差値が低い誠心高校の生徒でもわかるよそんな事。

 睨むとかさ、悪口程度なら頑張って流してあげられるけど、今回の件はあまりにも危険すぎる。

 とうとう短気な私がゴキゲンヨウしてしまった。


「あんたがやっていることは殺人未遂だよ! わかってんの!? 面白半分なのか、嫌がらせでやっているのかは知らないけど、あんたはあの事件の通り魔と同じ事してるの。あれで私が死んだらあんたは殺人犯なんだよ!?」

「いやっ離してよぉ…! 誰か助けて!」


 滝川は涙を浮かべてクラスメイトに助けを求めているようだが、彼らは私の怒り具合にビビって口を挟めないようだ。

 部外者はそのまま口出してくれるなよ。これは私と滝川の問題だ。この女にはしっかり言っておかなきゃいけない。


「わかってんの!? 殺人よ殺人! あんたは殺人犯の家族がどんな目に遭うかわかってんの!? そんな風に覚悟もなく嫌がらせして誰が尻拭いするとか考えてる!? どうなの!?」


 私は加害者家族を見たことがある。散々な目に遭って苦しんでいるのを見てきたのだ。…人は、家族のことを思い出せば、冷静になって犯行には及ばないはずなのだ。家族でなくても、友達でも、恋人でも、はたまたペットでもいい。大切な存在を思い出せば思い留まるはずなのだ。

 いくら子供でも、もうすぐ18になる高校生がいつまでも守られているだなんて思ったら大違いである。


「勉強はできても頭が弱い人間なわけ!? なんでこんな事するの! 文句があるなら直接私に言えばいいでしょう! 何故人に危害を加えようとするの!? どんな理由があったにしてもあんたのやったことは正当化出来ないんだからね!」


 私は彼女を問い詰めた。こいつが悪いことをしたと理解するまで叱り続けるつもりだった。

 …滝川は先程までのか弱い女の子演技はやめたらしい。私を睨みつけて怒鳴り返してきた。

 

「あ、あんたがいるから、加納君は…! あんたの顔に傷がつけば加納君の気持ちが冷めると思ったからよ! 私はあんたに負けないくらい可愛いからきっと、私に興味を持ってくれるはずだもん!」

「…ハァァ!? あんた慎悟のこと見くびり過ぎだから! 私の顔に傷が出来ても慎悟なら離れていかないね! むしろ腕のいい美容形成外科医を調べ上げてくれるに違いない!」


 あんた頭悪すぎない!? そんな事する女を誰が好きになりますか!

 今は美容技術も進化してるんだよ! 慎悟なら問題解決に向けて動くに違いないね。…そもそも慎悟はそんな薄情な男じゃない。なんたって憑依してエリカちゃんになっちゃったワケアリの私を好いてくれているのよ! 

 だいたい慎悟はそんな安い男じゃない! どれだけあいつがモテると思ってるのさ。

 滝川はたしかに可愛いけどそれまでだ。幹さんのように万年主席の才女だとか、丸山さんのように生まれも育ちも良く性格のいいレディじゃなきゃ相応しくないね!


「ていうかあんたみたいな性格ブスには絶対に慎悟はあげません。慎悟がトチ狂ってあんたに惚れても、私が体張って止めるね! なにがなんでも正気に戻す!」 

「な、なによぉ…」

「来るなら来い! 相手してやる!!」


 私はファイティングポーズをとると、滝川を睨みつけて威嚇したのである。

 このままなかったことにはさせない! 肉弾戦も辞さない所存だ!

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