デートではない。カレーランチです。


 3学期といえば、一般的な高校だとこの時期は大学受験シーズンで忙しいのだろうけど、英学院は中高大一貫校だ。大学部進学希望の生徒には進学試験があるものの、基本的にエスカレーター式である。

 英学院から外部の学校を受験する人は忙しいのだが、内部進学を目指す2年生の私は忙しくない。とは言っても今度大学見学しに行こうとは思っているけどね。これでも進路のことはちゃんと考えているのだよ。学部見学のついでに大学のバレー部も見たいな。



 その日は土曜日だった。部活をしていない生徒はお休みだが、部活生は校内で活動していた。


「あの、スポーツ特待受験に来たんですけど、会場はどちらになりますか?」


 売店も食堂もお休みのため、お昼ご飯を買いに一旦学校外のコンビニに行こうと、部活のジャージ姿のままぴかりんと一緒に入門ゲートへ向かって歩いていたのだが、そこで声を掛けられた。

 懐かしい公立中学のセーラー服を身にまとったベリーショートの女の子。顔が小さいのでその髪型がよく似合っている。背はぴかりんの170cmよりも高い。多分生前の私くらいはある。彼女の奥二重の瞳は緊張しているように見えた。


「あぁ、ここを真っ直ぐに行って突き当りを左に向かって。あなたもスポーツ特待枠なんだね」


 ぴかりんが受験会場までの行き方を教えてあげていた。そういえばぴかりんはスポーツ特待生だったな。


「はい、バレー枠で」

「なら入学できたら一緒に部活できるかもね。ね、エリカ」

「そうだね。頑張ってね」


 私は特になにもおかしなことは言ったつもりはない。ただ激励したつもりだった。

 だけどベリーショートの彼女はエッと言いたげな視線を向けて、疑わしげに私を観察してきた。

 なに? なんでそんな目で見てくるの? エリカちゃんの美少女具合に驚いているの?


「ところで時間は大丈夫なの?」

「あっいけない! すみませんありがとうございます! それじゃ失礼します!」


 ぴかりんの指摘で彼女は試験時間が迫っていることに気づいたらしい。頭を下げるとものすごい勢いで走って会場のある方向へと消えていった。

 その姿を見送りながら隣のぴかりんが笑った気配がした。


「懐かしいなぁ。私も緊張してこの門くぐったっけ」

「…スポーツ特待試験って具体的になにするの?」

「ペーパーテストと作文、それと面接かな。中学の時のスポーツ成績結果が一番重要だけどね」


 なら誠心高校の推薦入試と一緒かな。偏差値的にペーパーテストはこっちのほうが難しそうだけど。…英学院の奨学生は授業料とか色々免除なるし当然のことか。

 私の感覚で高校入試がだいぶ前のことに感じるけど…3年前だもんね…


 私達は「さっきの子受かるといいよね」と話しながら、目的の昼食を買うためにゲートを通過したのであった。

 


■□■



 だいぶ前に私は西園寺さんと一緒にカレーを食べに行った。その際に寂しがっていた慎悟にも「今度なにか食べに行こう」と話を持ちかけていたけど、なんだかんだで出かけることが叶わなかった。


「だから今度の日曜に私とカレーを食べに行こう!」

「…突拍子もないな」

「西園寺さんと行ったお店が良いならそこでもいいし、他のお店でもいいよ!」


 週が明けての月曜日。1時間目の授業が終わった後に、慎悟をカレーランチに誘ったら慎悟は胡乱げに見上げてきた。

 何だその顔は。カレーだぞ。カレー嫌いなのか?


「あ、甘い物のほうが良かった? そういえば動植物園近くの高級ホテルでスイーツバイキングやってるってテレビで出てたよ」


 カレーが嫌なら慎悟の好きなものでいいよ。…まさか女子みたいにダイエット中とか言い出さないよね? 

 私が慎悟の返事を待っていると、慎悟は深々とため息を吐いていた。


「…別にカレーでいいよ」

「ならお店は…折角だから西園寺さんが他にも見繕ってくれていたお店の中から選ぼうか」


 私はスマホの液晶を付けて、以前西園寺さんから貰ったメールに載せられたカレー店のホームページを慎悟に見せようとした。


「俺が探すからいい」

「…えっ」


 慎悟はホームページを見る前から却下してきた。

 いや、でもこの中からでいいじゃん…探すの手間かかるし、この中に行ってみたい店が他にもあるんだよ…


「カレーならなんでも良いんだろ」

「そんな…なんでもってわけじゃ…」

「じゃあどんなのがいいんだ」


 慎悟は私の好みのカレー屋について事細かに聞き出すなり「2時間目始まるから席に着けば」と私をあしらった。

 私の扱いが雑! 今に始まったことじゃないけどさ!

 

 そんなこんなで日曜に慎悟とカレーを食べに行くことになったのだが、周りの人には内緒にしておいてくれと慎悟に頼んでおいた。他の人に知られたら何処からか加納ガールズが聞きつけるからさ…

 あの人達怖いねん。前から目をつけられてたけど、クリスマスパーティ以降更に当たりがひどくなってきたの。今だって教室の出入り口に加納ガールズがいないかチラチラ見ながらお誘いしているんだよ。


 折角なので、車ではなくて電車で行こう! と提案すると、慎悟は「車のほうが早いのに…」とボヤいていた。たまには良いでしょ! 



 約束の日曜日の朝、私は日課の筋トレとストレッチを済ませると、朝ごはんをとった。

 二階堂夫妻は普段の仕事の疲れを癒やすために日曜は遅くまで起きてこないのだが、その日は私と同じ時間に朝食をとっていた。


「今日慎悟とカレー食べに行くんだ」


 私は何気なしに、友達とカレー食べに行くという話をしたのだが、それを聞いた二階堂ママが目を輝かせた。


「デート!? 洋服はもう決めてるの!?」

「デートじゃないよ。ランチするだけ。カレーで汚しちゃまずいから動きやすい服にしようとは思っているよ」


 エリカちゃんの洋服はスカートが多い。エリカちゃん自身はパステルカラーが好みだったようで、淡い色の服が多数。可愛いんだけど、私はそれが物足りなく感じていた。

 …正直楽なパンツスタイルの服が着たい。なぜならスカートは動きにくいから。笑の体では私服のスカートとは縁がなかったので尚更、不便さを実感している。

 なので最近は洋服買い替えの時期になったらさり気なくスカート以外の服を買い足してもらっている。

 今日は先日買ってもらったデニムジーンズと適当なニットとスニーカーで出かけるつもりだったのだが、二階堂ママにダメ出しされた。


「ダメよそんな色気ないコーディネートなんて! デートならオシャレしなきゃ! ちょっとした工夫が大事なのよ!」

「だからデートじゃないってば。ただのランチだよ…」

「えっちゃん! 四の五の言わずにスカートを着ていきなさい!」


 キャメルニットにくすんだピンクのバルーンスカートを着せられた私は、二階堂ママによってメイクとヘアアレンジをされて送り出された。わぁ、編み込みヘアのエリカちゃんもかーわいいー。現在の髪の長さは肩にかかるくらいである。更に伸びたらまたショートにしようかな…

 もう準備だけで疲れた。二階堂ママは元気ね。


 私は待ち合わせしている駅まで車で送ってもらい、駅のロータリーで降ろされた。

 駅にある時計で時間を確認すると待ち合わせの15分前。少し早めに到着してしまったなと思ったけど、どこかで時間をつぶすことなくそのまま真っすぐ待ち合わせ場所まで歩を進めた。

 

「笑さん」

「慎悟もう着いてたの? 早いね」


 彼とは券売機前で待ち合わせをしていたが、慎悟は待ち合わせ10分前なのにもういた。いつから待っていたんだろう。


「切符も買っておいた」

「えっ、いつの間に! 私が買い方を教えてあげようと思ったのに!」


 以前丸山さんと3人で動植物園トリオデートに行った時、私は説明せずにさっさと3人分購入してしまった。だから今日は慎悟に買い方を伝授しようと思ったのだが、既に購入済みだなんて…そんな……


「…そんな気がしてた」

「調べたの? 誰かに聞いたの?」


 教えるの楽しみにしてたのに! もうっどうして先に買っちゃうのよ!


「…券売機の指示に従えば買えたよ。あんた俺の事をバカにしすぎだろ」

「バカにしてんじゃなくてお坊ちゃんは庶民の乗り物なんて乗らないでしょ?」


 慎悟はいつも車移動しているじゃない。新幹線や飛行機は普段から乗ってるだろうけど、電車やバスのイメージがないんだもの。だから切符の買い方知らないと思ったんだもん。


「たまには乗るさ」

「えーほんとにぃー?」

「怒るぞ、笑さん」


 おっと、慎悟が不機嫌になり始めたのでこれ以上からかうのはよしておこう。

 駅の改札前の電光掲示板に視線を向けると、5分後に到着する電車が目的地方面だ。それを逃したら15分くらい待ちぼうけになってしまう。


「次の電車が来るよ、急ごう!」


 私は慎悟の手をとると改札に向かって歩き出した。思ったけど慎悟は手が冷たいな。冷え性か。

 本格的なカレー久しぶりだなぁ!

 カレーを早く食べたい一心で私は電車のホームを目指していた為、電車の到着を待っているその間も慎悟と手を繋いでいた事実に全く意識が向かなかったのである。

 


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