迫りくる終わりの時。
待ちに待った夏休みに入った。
おい、期末テストの結果はどうなったとか聞くな。いつもどおりだよ。赤点がなかった。それだけだ。
髪を切った私の周りは少しだけ騒がしかったけども、皆すぐに慣れた。慎悟はしばらくムッスリしていたが他の人と同様に、ショートボブヘアに見慣れた様子だった。
そう言えば珍しく、私が出場するインターハイの試合の応援に行くと慎悟が言っていた。慎悟もバレーの楽しさに目覚めたのかな? 慎悟もバレー始めちゃう? と勧誘したらやんわりどころかきっぱり断られてしまった。何だよ冷たいな。
…そしてあの上杉は開き直りが早いのか、「こっちも可愛いね」と頭を撫でポンしてくるようになった。
やめろ…身長が縮む。それ以前にお前は触るな。
その時は乱暴に腕を振り払い、奴を見かけたらなるべく速やか早急に逃げるように心がけている。
ズキン…ッ
「…?」
夏休みに入って数日後に開催された強化合宿中、日課となっているストレッチと筋トレを終えた私は胸に鋭い痛みを感じた。痛む部分をそっと手で擦ってみる。
今日はまだ走っていないのにどうしたんだろうか? と不思議に思ったけど、そこでコーチに呼ばれたのですぐにそのことは忘れた。
合宿は去年よりも充実していて楽しかった。去年はあの富田さんが居たから大変だったけど、今年は二人のマネージャーに加え、今年入部してきた新しいマネージャーも加わった。大人数で活動していたので、野中さんものびのび仕事ができているようである。
「そういやエリカちゃん、まだ牛乳飲んでるんだね」
「私身長伸びたんですよ。まだまだいけますよ」
「何cm?」
「ふふふ…去年よりも1cm伸びました!」
「おぉ…」
そうなんだよ。色々ゴタゴタしていたけど、こないだ身長を測ってみたら156になっていた。去年より1cm伸びたの! すごくない!? ていうかもっと行ける気がするんだけど! 膝蓋腱炎になったのも背が伸びるタイミングが重なったんじゃない?
私がクーラーボックスに牛乳を持ち込んでも、もう笑わなくなった二宮さんは「俺も伸びたよ。今189cm」と自慢してきたので、腰辺りを抓っておいた。痛い! と騒いでいたから「ご褒美ですよ。嬉しいでしょ?」と笑顔で声を掛けておいた。
二宮さんはもう身長は十分伸びてるだろ。私に身長を寄越しなさい。1cmと言わずに…もっと伸びてくれよ。
「そうだエリカちゃん、肝試しペア決めのクジ作ってくれた?」
そう、私達は今年の合宿の肝試しの準備班なのだ。準備班はお化け役と裏方で役割分担がされている。私はくじ作りとスタート・ゴール地点で見送り&出迎えをする係を任された。
去年散々な目にあったから肝試しは不参加でいいです。と立候補したのだ。例の富田さんはもう卒業していないけど、獣道置き去り事件実行犯の村上は3年として在籍中だからね。…私は去年の所業を忘れてはいないぞ。
「勿論ですよ。裏工作もバッチリです」
「うん、裏工作はいらなかったかな?」
なんでよ。ぴかりんは彼氏と同じペアがいいに決まっているし、未だにライバル視してくる平井さんをコーチとペアにしてあげようと画策することの何が悪いの。
「でも意外でした。二宮さんが準備班に回るなんて」
こういうイベント好きそうなのに。
「超怖がりなんだー…というのは嘘で、青春に飢えてる野郎どもの勢いに負けたの」
なるほど、そっちはじゃんけんとかで決めたのね。二宮さんは脅かし役を担当している。準備は個人の負担にならない程度のものでいいとなっているけど、どんな脅かし方をするのか気になるところだ。
今年は本当に平和に合宿を送ることが出来ている。なので練習に集中することが出来た。
楽しい時間はあっという間だった。
「平井さん、平井さんこれっ」
「…? なによ…」
くじ引きする平井さんに工作したクジを渡した。それを疑っていた彼女は自分のペアがコーチだと知ると、とても喜んでいた。良かった良かった。…頼むからこれで私に敵対心向けるのはよしておくれよ。
…思ったけどコーチ結構鈍い人だな。あんなにあからさまに好意寄せられているのに何も気づいてなさそう。平井さんが浮かれながらコーチと一緒にスタートして行った。その後も順にペアになった部員たちが出発するのを見送っていった。
結構離れた場所から参加者たちの「ぎゃー!!」「ひぃぃー!」という悲鳴が聞こえてくる。皆楽しそうで何よりである。
「エリカちゃん、俺たちも廻ってこようよ」
「え? でも…ゴール地点に人がいないと…」
脅かし役をしてきたはずの二宮さんがそう言って私を肝試しに誘ってきた。えー、裏方がいないとまずくないか?
「大丈夫大丈夫。工藤先生がいるし。先生、後のことお願いしまーす」
「おー」
顧問の工藤先生に後のことを任せるらしい。まぁ…言うなればゴール地点で出迎えするだけの任務なんだけどさ…。椅子に座ってまったりと泡立てたリアル○ールドを飲んでいる顧問に丸投げした二宮さんに手を引かれて、私も肝試しに向かったのであった。
去年はコースを外れるようにして誘導されて獣道に突き落とされたけども、正しい肝試しルートはこっちなのか。昼にここをランニングしている時は全く怖くないけど、日が落ちるとやっぱり不気味だなぁ。
真っ暗な道を歩く私の隣には血みどろメイクをした二宮さん。汚れてもいいように中学の時の体操服を血糊で汚したそうだ。この不気味な森林道を歩くよりも、横を見たほうが怖いってどういうことよ。生きた人間のほうが怖いってやつ? ここに死んだ人間がいるっていうのに、二宮さんのほうが見た目が怖い。
時折イエーイとノリノリの二宮さんからスマホのカメラを向けられて反応が遅れること数回。途中お化け役の部員と合流して、ゴール地点に戻った。私はお化け役に囲まれながら歩いていたが、私も言うなれば正真正銘のお化けなんだわ。皆怖がっていないけど。
いやぁ実に平和。平和だわ。いいね青春って感じで。楽しかったわ。
肝試しを無事に終え、穏やかな気分で後片付けをしていた私の後ろで「うわっ!」と二宮さんが悲鳴を上げた。
「二宮さんサボってないで、片付け手伝って下さいよ」
「エリカちゃん! やばいやばい心霊写真撮れた!」
「えー?」
心霊写真? 指が写ったとかそういうのじゃないの? それかホコリが写り込んでオーブに見えるとかそういう…
スマホで撮影した写真にうろたえる二宮さんの様子がおかしかったので、彼の手元を覗き込んだのだが…私は声を失った。
エリカちゃんの姿をした私の後ろに、顔は…ぼやけて見えないけど、人影が写っていた。
だけどこれはエリカちゃんではない。…男のシルエットに見えるから。…エリカちゃんの守護霊とか? ごつそうなオッサンみたいだな…エリカちゃんの伯父さんを彷彿させるような…
それが、私に向かって手を伸ばしているように見えた。
「…エリカちゃん、肩に塩振っておいたほうがいいんじゃない? 変なの憑いてるかもよ」
「…し、守護霊とかじゃないですかね?」
あははは…と笑ってごまかしたが、別に肩が重くなったり、頭が痛くなるってことはなかったから放置することにした。そもそもその写真1枚だけ異変があっただけで、その後に撮られた写真にはなんともなかったし。
幽霊ってフラッシュ駄目とか言わない? それでどこかに消えたのかもしれないし。
…もしかしたら、私がエリカちゃんの体に憑依したこともあるし、私が死人だから寄ってきたとかかもしれないな。
──ズキン!
「ウッ…!?」
「どうしたの!?」
再び走った胸の痛み。私はその痛みに耐えきれず、胸を抑えてうめき声をあげた。
失恋したときのあの苦しさとはまた別物の痛み。こんな痛みを自分の体でも経験したことがない私は戸惑った。胸を抑えながら、深呼吸を繰り返すとだいぶ痛みが和らいだ気がする。
…心霊写真にびびったのかな? …やっぱり肩に塩を振ったほうが良いのかもしれない。
「気分悪いの? 大丈夫?」
「…すいません、大丈夫です」
心配してきた二宮さんに大丈夫だと返事を返すと、片付けを再開した。
宿舎に戻った時、炊事場で塩を貰って外で自分に振りかけておいた。さっきの胸の痛みは何だったんだろうか…
…二宮さんには例の写真を消しておいてもらったけど大丈夫なのかなこれで。
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