貰ったものに罪はないけど、裏がありそうで怖いです。
「じゃあ二階堂、今日はストレッチ・トレーニングをやるぞ。慣れたら下半身の筋トレだ」
「はい…」
膝を負傷して3日ほど部活禁止令が出たが、4日目にそのお許しが出た。
この間の土曜日にコーチ付添いの元、有名スポーツ選手御用達の立派な病院に連れて行かれた。そこで診察を受けて、具体的な治療計画・リハビリ計画を立ててきたのだ。それに沿って私の練習メニューは決まった。コーチはスポーツリハビリの心得もあるようで、練習メニューやリハビリ計画などはほぼ彼に任せっきりにしてしまっている。
怪我をしてしまって私は弱っているので、そのせいもあってか彼が頼もしく見えるよ…コーチに惚れている平井さんの視線が怖いけどね。言っておくけど、私は好きで怪我をしたんじゃないよ。
仲間たちがバレーボールをしているのを眺めながら、私はコーチと一緒にヨガみたいなことしていた。あーバレーがしたい…
実際にはヨガじゃなくて、関節や腱に負担をかけないようにリハビリしているんだけどね。普段、練習前に簡単な体操はしてたけど、あれじゃ駄目だったってことか…。
ストレッチをしながら私は、サポーターをしている患部を見つめた。以前よりも骨は丈夫になり、しっかり筋肉が付いたはずなのに。…自分の体じゃないってなんて不便なんだろうな。自分の体だったら、多少無理してでも出場できたろうに……
予選試合まで1ヶ月を切った今。
…私は出場が出来るのか出来ないかの瀬戸際にいた。
自分なりに故障の原因・治療法を調べて、工夫をしてみているが…バレーができないストレス半端ない。
普段生活している上では全然痛くないのに、激しい運動した直後にズキンとくるんだもの。これは無理して試合する選手がいるってわけだわ。
「…成長痛だったら良いのに」
「…無理しちゃ駄目よ。あんたには春高予選や来年もあるんだから…」
「…わかってるよ」
ぴかりんの言葉は分かるんだけど…私は項垂れた。エリカちゃん改造ノートのデータを見て私はため息を吐く。横ばい。横ばい状態だ。
ジャンパー膝って言われる膝蓋腱炎は成長期の男子に多い障害。跳ぶことの多い競技をしている女子にもあり得る怪我なんだけど……成長期、そう、成長期だよ。
こないだから5ミリしか伸びてないんだけど! このまま勢いよく20cm伸びないかな!
「…バレーできなくて死にそう…」
もう死んでるけど。
「一生バレーできなくなってもいいの?」
「んー…」
ぴかりんに脅されたけど、私には響かない言葉だな。だって私の一生は1年前に終わったもの。
そういえばもうすぐ1年になるのか。私が死んだのは去年5月のGW明けだった。夢のインターハイの予選出場目前の出来事だった…
…私が死んで、裁判も結審して…世間から私のことは忘れ去られてしまった。家族や友人が私を覚えてくれているからまだいいんだけどさ。でも、私はいつまでもここに居られるわけじゃない。
そうだな…エリカちゃんに五体満足で身体を返さないといけないから、やっぱり無茶は駄目だな。
■□■
「二階堂さん」
「うぇっ」
「…あのね、一応僕も傷つくんだよ?」
「ごめんごめんつい。で、何の用?」
人が呼んでいるとクラスメイトに教えられたので、教室の出入り口に向かうと奴がいた。
いつもどおり、人の良さそうな顔でニコニコしている。…私にかなり雑な扱いをされているというのに、コイツは懲りもしない。割とヤバイ方の変態なのじゃないだろうかと私は疑っている。サイコパスにマゾ気質が混じってるのかな? それとも逃げる獲物を追い詰めるのを楽しんでいるのだろうか…謎だ。どっちにしても変態だけど。上杉は変態、これは決定だな。
上杉は5組だ。同じクラスにならなくて良かったとしみじみ思う。同じクラスだったらどうなっていたことか。
わざわざ3組まで押し掛けてきて、一体何の用なんだろうか。
「これ、父が仕事でイタリアに行ったから、お土産のお裾分け」
「……」
「何も入ってないから」
私は上杉から渡された箱を四方から眺めて異物混入がされていないかを確認した。開いていないようだけど、食べるのが怖いな。見た感じだと中身はチョコレートかな?
貰ったものに罪はないけど…怖いじゃん…ねぇ?
「それとこれね。テーピング」
「……」
「何も仕込んでないから。…なんで疑うかな?」
一体なんの差し金だ。貰えるものは貰うけども! 上杉には話していないのに…何処で私が怪我したことを聞いたんだコイツ。
貰ったテーピングのパッケージに書かれた注意書きを読んでいると、サワっとポニーテールにしている髪を触られた。
ゾワッ
「またっ」
油断するとまたこれだ!
上杉に文句を言ってやろうと見上げると、上杉の手首が別の誰かに掴まれて拘束されていた。
「…上杉、女の髪に触るのはセクハラに該当するぞ。やめろ」
それが誰かと言うと、慎悟だ。慎悟は上杉の手首を掴んで相手を冷たく睨みつけていた。
そうだそうだ! もっと言ってやれ慎悟!
そこの変態、何度言っても止めないんだ! もう病気だよ病気!
「…加納君…この間から妙に僕たちの間に入ってくるよね? 縁戚とはいってもそこまで二階堂さんの面倒をみる必要はないんじゃないかな?」
「…危険因子が近づくのを放置するほうが面倒なことになるだろ」
大変だ。エリカちゃんを巡って二人の男が争っているよ。エリカちゃんたら罪な女なんだから。
だけどこんな目立つ所で喧嘩されても困るな。周りの目が痛い。それが気になった私は二人の間に割って入って、喧嘩を阻止しようとした。
「まぁまぁ落ち着いて慎悟」
「あんたは黙ってろ」
「……」
睨まれてしまった。
慎悟、あんたは私が年上だってことチョイチョイ忘れてるよね? 扱いが結構雑な気がするんだけどな?
「お守りが妨害してるんじゃ、二階堂さんも息が詰まるだろうに」
「…上杉、お前…エリカに何したか忘れたのか?」
ニコニコ笑顔の上杉とそれを睥睨する慎悟。
わぁ…とてもじゃないけど友好的とはいえないね! …前の2人には仲の悪い雰囲気はなかったのに、エリカちゃんを陥れた相手だとわかると、慎悟も上杉を警戒するようになった。当然のことか。
私はため息をつく。私にはこの争いを止められそうにないな…と俯くと、自分の手にお菓子が乗っていたことを思い出した。
なので、お菓子の封を開けて中身を取り出すと、上杉と睨み合いをしている慎悟の肩を叩いた。
「なにっ…ぐっ…」
「おいしい?」
「……」
イライラしている慎悟の口へ上杉から貰ったチョコレートを突っ込んでみたら、慎悟は目を白黒させていた。口元をモゴモゴさせて、何を入れられたか確かめているようである。
よしよし落ち着いたな。
「…それ、二階堂さんにあげたのに…」
「私こんなに食べられないよ。これ、小包装じゃないから、早く消費しないといけないやつじゃないの。友達と分けて食べる」
上杉がムッとした表情で私に文句つけてきたが、貰ったものをどうしようと私の勝手だろうが。無駄にするわけじゃないから良いでしょ。
「…何するんだよ」
「もっと食べる? これイタリアのチョコレートなんだって。上杉のお父さんのお土産だってさ」
口元を手で抑えて慎悟は動揺したように呟いた。喧嘩を抑えるためにしたことだよ。仕方ないでしょ。
まだまだチョコレートはある。好きなだけお食べ。慎悟はチョコレート好きでしょ?
慎悟に向かって新たなチョコレートをつまんで差し出すと、慎悟は目をそらしてしまった。頬がほのかに赤くなっているのは……上杉と対峙して熱が上がったのかな?
「二階堂さん…僕にも食べさせてよ」
「ん? はいどうぞ」
箱ごと差し出したら、上杉は不満そうな顔をしていた。何だその顔は。食べたいんだろ、好きなだけ食べればいいじゃないか。更に上杉に箱を近づけるが、奴はそれを受け取ろうとしない。
2人の男子が私をじっと見つめてきた。注目された私は、2人の顔を見比べて訝しんだ。…なにか言いたいことでもあるのだろうか。
「…何? 顔になにかついてる?」
視線に耐えきれなくて、問いかけてみると、何故か2人は疲れた様子で一斉に深い溜め息をついていた。何だその溜め息は。
その後意気消沈したようにフラフラと2人の男は散っていった。思ったより収まるのが早かったな。
なんだったんだよ。…チョコレートが平和を守ったってことでいいか。
私はそんな2人のことを気にすることなく、友人達の元に戻ると、チョコレートを山分けしたのであった。
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