メッセージより電話より直接会って話すのが一番確実でしょ。


 色々あったような文化祭はあっという間に終わった気がする。文化祭が終わってからまたいつもの日常が戻った。

 エリカちゃんのキャラを無視して、日々生活しているけど一切悪気はないの。私はただ普通に大人しくバレーしてるつもりなんだけど横からトラブルが押し寄せてくるからね? 

 …もしも後夜祭の時のアレに遭遇したのが本物のエリカちゃんだったら…あの後どうなっていたんだろうと考えてゾッとすることがある。…バレーをしていなくてもどっちにしろ上杉の野郎はエリカちゃんを手に入れようとしてきただろうし…まったくもって油断ならない。 


 私がエリカちゃんに憑依して半年以上経過した。流石に鏡を見てもびっくりすることは無くなったし、鏡に映る美少女を眺めてニコニコしたりすることも大分減った。…たまに愛でるくらいは良いでしょ。美少女なんだから。

 …いつまで私は現世に留まり続けることになるのだろう。


 クラスの友人から文化祭で撮影された写真を何枚か貰ったのだが、私は複雑な心境でそれを受け取った。

 だって映っているのは私じゃないけど、エリカちゃんでもない。この写真を持っていてどうするんだ? と自問自答しながらも私はそれを処分することも出来ずに、封筒に入れたまま部屋の机の引き出しに仕舞い込んだ。

 楽しかった思い出ではあるけども、写真に映るのは自分じゃない。だから扱いに困ったのだ。


 それと……この間の招待試合の結果、案の定私は春の高校バレー予選で補欠になってしまった。スパイカーとしてはまだ力不足だということだ。そしてリベロを目指すという当初の目標も頓挫したまま。

 私は元々中学でも誠心高校でも攻撃担当だったせいか、完全防御リベロの気質じゃないようだ。しかも英女子バレー部には既にリベロとして優秀な選手がいるので私はお呼びじゃない。

 …地味に、凹む。


 頑張っても頑張っても身長伸びないし、決定打となるようなスパイクは打てないし…

 …私こんな弱かったっけ? 身体が違うとこうも変わるの?


 表には出さないが私はかなり落ち込んでいた。



■□■


「エリカ、それ何?」

「んー防犯ベル。不埒者から身を守るためにねー」

「はぁ?」


 あの事(上杉事件)を二階堂ママに報告したからか、二階堂ママが防犯ベルを用意してくれた。

 小型でキーホルダーみたいなベルだけど、音はかなり大きい。二階堂家で試しに鳴らしてみたけど、確かにこれは相手を怯ませるくらいの威力はあるよ。

 ぴかりんに指摘されたそれは制服スカート付近にぶら下げている。手の届く範囲でいつでも押せるようにね。エリカちゃんの貞操を守るためだから、多少邪魔でも耐えるよ。


 だが、私の禁じ手に怯えているのか、あれ以来上杉は私の前には現れない。被害を訴えて来ることもなかった。

 その調子でこのままフェードアウトしてほしいんだけど…どうなることやら。


「二階堂さぁーん! ねぇねぇわたしと一緒にランチしよ♪」


 瑞沢嬢が甘えたような声でお誘いしながら腕に抱きついてきた。

 距離感。あんた近すぎるから。

 しかもそれ同性にすることじゃないと思う。宝生氏にしたらきっと喜ぶと思うよ。


「やだ。私ぴかりん達と食事するから」

「えー? 別にその人達が居てもいいよー?」

「なんで上から目線なのよ夢子…」


 オマケ扱いされた事で、ぴかりんが引き攣った顔をしている。ぴかりん、どうどう。

 阿南さんは表情を変えていないのが流石だと思う。お嬢様の嗜みなのだろうか。

 …いや、人によるのかな。加納ガールズはそうでもないし。あの人達感情剥き出しだもの。


「わたしの名前は姫乃よ? 山本さんたらお馬鹿さんね」

「…は?」


 ぴかりん、お願い落ち着いて。


 瑞沢姫乃はたまに遭遇すると絡んでくる。

 文化祭の劇では白雪姫の小人その1を演じたらしくて、「なんで観に来てくれなかったの?」と不満を言われた。この子が小人その1とは意外だ。お姫様役をやりたがりそうなのに。

 宝生氏は王子役だったらしい。瑞沢嬢の役柄によく反対しなかったなあいつ。


 ぴかりんが瑞沢姫乃に苛ついていた。

 引き剥がしたいのはやまやまなのだが、瑞沢姫乃は腕にしがみついて離れない。…仕方なく彼女を引き摺りながら食堂に向かっていた私達一行。その途中で掲示板前に人だかりが出来ていたのを目にした。

 なんだろう。掲示板に連絡事項が張り出されているのだろうか。

 私達は街灯に群がる羽虫のように掲示板に寄っていく。もうすぐ苦行の期末テストだから試験範囲の変更とかかなと思ったんだけど違った。


「えぇ? なぁにあれぇ」


 瑞沢姫乃の呑気な声は、掲示板前に群がる生徒達のざわめきにかき消された。


 そこには誰かのメッセージアプリでのやり取りの全貌が大きく印刷されて掲示板いっぱいに貼り出されていた。

 彼らは仲良くメッセージのやり取りをしており、お互いの言葉から相手に好感を持っているのが伺えた。

 ……なんでこんなのが見せしめのようにここに貼られているんだろうか。私は他人の秘密の会話を覗き見てしまった気分になってしまい、複雑な心境になった。


「じ、冗談じゃねーし! なんで俺が幹みたいな地味な根暗ブス相手しないといけないんだよ! あんな女好きになるわけねーじゃん!」


 掲示板に群がる人混みの中からそんな叫び声が聞こえてきた。

 そこに居たのはエリカちゃんと同じ1年で……違うクラスのやつだから名前は知らない。誰だコイツ。 

 ていうか今『ミキ』って言った? あの掲示物に載ってる『幹 早智』の事言ってるの? じゃあコイツが『河辺君』って呼ばれている相手とやらなわけ?

 ……まさかこいつが、幹さんとやらをからかうためにこんな事したの? …趣味悪いなぁ…どの面下げて、んなこと言ってんだか。


 私は無意識のうちに軽蔑の眼差しを相手に向けていた。嫌悪そのものである。エリカちゃんは絶対こんな顔しないと思うけど、あぁいうのは見ているだけでも気分が悪いから抑えられない。

 その顔を河辺とやらに見られて、ぎょっとされた。奴は周りを見渡すと、他の人も眉をひそめたり、ドン引きした顔をしていたのに気づいたらしい。河辺とやらは必死の形相で弁解し始めた。


「違う! 俺じゃない! 俺がやったんじゃないよ! 俺のスマホ見たらわかる! 幹とID交換なんてしてないし…大体喋ったこともないんだぜ!?」


 じゃあなんでここに貼り出されたやり取り記録にはあんたの名前があるんだよ。


「誰だよ! 誰がこんな事…!」


 当事者じゃないからよくわからん。

 河辺一人でギャーギャーと騒いでいるのが風紀委員に見つかったのか、河辺は風紀委員に事情聴取され、掲示板に貼られたメッセージアプリのやり取り記録を拡大コピーしたものは他の委員達が撤去していた。


 野次馬たちは理解不十分だったが、風紀委員に解散するように命じられ、所詮他人事だとばかりにアッサリ散っていった。私もそのうちの一人で、ここに残っていても何も出来ないなと思ってその場から立ち去った。

 幹早智さんって人は大丈夫なのだろうかとちょっと心に引っかかっていたが、知らない人だったのでなにか出来るわけでもなく。

 そのまま友人+オマケの瑞沢姫乃と食堂へと向かっていったのだった。


 その日は五穀米と豚汁、アジフライとミックスサラダにオクラの和物をチョイスした。仲良くなった食堂のおばちゃんがこっそりプリンくれた。やったね。

 袖の下渡したのが効いたみたい。二階堂飲食店グループの20%OFFクーポンとか。あ、ちゃんと二階堂パパから許可貰ったから大丈夫だよ!

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