第34話 英雄の帰還Ⅱ

 黒騎士の軍が四散した後、ゼンザックは兵に休息を取らせていた。予想よりも、被害を抑えることができた。まずは一勝……黒騎士相手に、勝ちを拾えたことは大きい。

「ゼンちゃん、悪い知らせニャ」

 ロードライトとの念話を終えたヘレスチップが、ゼンザックへと向き直る。

「……金獅子は、来ませんか」

「そう、来ないニャ。それどころか既に、西側十キロの地点で三万の兵が合流中ニャよ……」

「まさか実兄を見捨てるとは……。さて次の一手、どうしたものか……」

 予想外の速度での進軍は、黒騎士軍との交戦によって王国軍に知れることとなった。魔導に関して後進の王国軍は念話のような通信手段を持たず、情報伝達はもっぱら早馬での伝令に頼っているはずだ。となれば戦闘開始の知らせはちょうど今頃、金獅子の軍へ届けられているはず。ゼンザックの読みでは、戦況の判らぬ金獅子軍は黒騎士に加勢するため、一万五千の兵を率いてこちらへ向かってくるはずであった。そして金獅子の進軍ルート側方で待ち構えて交戦、残る二つの軍を各個撃破する考えであった。しかし念話での情報では、それ以前から合流を急ぐ動きが見られていたという。

 思ったよりも正確に、王国軍は戦況を把握している……ということか。しかも、情報が早い。情報撹乱によって優位に立てると考えたが、どうやら見通しが甘かったようだ。

「さて、困りましたね……」

 西方十キロの地点で、王国軍三万が待ち構えている。マイカゲインの街はその向こう……退路を絶たれる形になってしまった。こうなってはマイカゲインの街に籠城することもできず、また補給も難しく長期戦は望めない。一気に勝負を決める以外に、勝利する道はないだろう。

 援軍に頼るにしても、グルーモウンから三日の時間が必要だ。転移ゲートで送るにしても、一度に大人数を送ることはできず、一万人規模ともなれば時間がかかることに変わりはない。それどころか敵に気づかれれば、転移の最中を襲撃される危険性すらある……。

「正面からぶつかるかニャ?」

「分が悪いですね……」

 猟兵レンジャーと騎馬兵を中心とした二万の兵とは言え、王国軍の精鋭三万と渡り合うのでは分が悪い。せめて数の上で同等であれば、まだ戦いようもあるのだが……。

 ヘレスチップが首から下げている水晶玉が、念話の着信を感知して光を放つ。

「動き出したわよ。王国軍……」

 水晶玉から、ロードライトの声が響く。

「全軍移動でしょうか?」

「そう。王国軍三万がそちらに向かってるわ。およそ三時間で接敵よ」

「あまり時間がありませんね……」

「どうするつもり? ゼンザック」

 ロードライトが不安げに問う。

「迎え撃ちますが?」

「策はあるのかしら?」

「策と呼べるようなものではありませんが、向こうから来てくれるというのでしたら出来ることはいくつか……」

 そう言ってゼンザックは、念話を終了する。

 さて、時間はあまりない。だが、充分とは言えぬまでも、敵軍到着までに時間はある。迎撃の準備だけは怠りなく済ませておきたい。

「必要なのは、これかニャ?」

 背後からの声に振り返れば、そこにはスコップを担いだヘレスチップの姿があった。


     ◇


 金獅子トパゾライト・アンドラダイト率いる三万の王国軍は、マイカゲイン東方四〇キロの地点に差し掛かろうとしていた。つまり、グルーモウン軍二万が布陣する地点だ。

 インディゴのもたらした情報によると、グルーモウン軍は黒騎士の軍を撃破した後、その場に留まって布陣しているという。

「そろそろ会敵地点ではないのか?」

「おかしいなぁ。この辺で布陣してるはずなんですけどねぇ……」

 金獅子の問いかけに、インディゴがとぼけた声を返す。

 時折、鷹が飛来してインディゴの肩に止まる。おそらく要所に間者を潜ませ、鷹を使って情報を送らせているのだろう。先ほど鷹が飛来したときも、布陣場所に変更はないと言っていた。

 斥候として先行させている部隊から、連絡が途絶えたままだ。何か予想を超えた事態が、起こりつつあると考えるべきであろうか……。

 その時、部隊の前方より悲鳴が上がる。遠目に矢衾やぶすまの飛来する影が見える。敵影も見えぬと言うのに、どこから射ているというのか……。続いて火炎球ファイア・ボール呪文スペルによるものだろうか、隊列の前方で炸裂音が鳴り響き、火の手が上がる。

 断続的に飛来し降りそそぐ矢は、部隊の半分を射程に収めている。いつの間に、敵の射程奥深くまで踏み入ってしまったのか……。見えない敵からの攻撃に、前方を征く者は、歩兵のみならず騎士までもが慌てふためくばかりだ。

「えぇい! 小隊、着いてまいれ!」

 見かねた金獅子が馬を走らせ、その後に五〇騎ほどの聖騎士パラディンが続く。

 時折降り注ぐ矢衾やぶすまを剣と魔法の防御壁で防ぎながら、小隊は部隊の先頭へと躍り出る。そしてさらに前方へ、矢の飛来する方向へと駆け抜けてゆく。

 部隊を抜けて視界が開けた時、金獅子は眼前の光景に違和感を抱いた。本来であれば、青々と牧草生い茂る大平原が広がっているはずだ。しかし左右に延々と続く、うねのような盛り上がりが遠くに見える。まるで掘り返されたかのように牧草がめくれ上がって形作られる畝は、どうやら一列だけではないようだ。その後方にも、何列もの畝があるように見える。

「まさか、ごうを掘って潜んでいるのか……」

 そう思い目を凝らすと、確かに矢衾は地面の中から……つまり地面に掘られた壕の中から射られているように見える。

 考えたものだ。壕を巡らせることにより、騎兵の突撃を防ぐことができる。さらに姿を隠すことができ、守りにも硬い。弓の射程まで誘い込み、矢衾でこちらの数を減らした後に近接戦に持ち込む腹か。敵は弓に長けた猟兵レンジャーを中心とした軍だと聞く。だとすれば、自軍の長所を活かした見事な待ち伏せだと言う他にない……。これでは迂闊うかつに、本隊を近づけることができない。

 壕に向かってひた走る金獅子の小隊に向けて、火炎球が飛来する。先頭を走る金獅子が咄嗟に避け、続く聖騎士パラディンたちも合わせて火炎を避ける。逃げ遅れた聖騎士パラディン火炎球ファイア・ボールが捉え、炸裂音とともに激しい炎を上げた。炎に包まれた聖騎士パラディンは炎を消そうと地を転げ回るが魔法の炎は消えることはない。対象を焼き尽くそうと、さらに火勢を増している。仲間の聖騎士パラディンが駆け寄り、火炎球ファイア・ボール呪文スペル解呪デスペルして助けた。

 壕に近づくものは、魔法で焼き尽くすという訳か……なかなかに隙がない。本隊を見やれば、徐々に射程の外へ下がってはいるものの、いまだ部隊の三分の一ほどが激しく降り注ぐ矢に晒されている。

「のんびりもしておれんな。巧く乗ってくれると良いが……」

 そう言うと金獅子は、さらに聖騎士一個小隊を前線へと呼び寄せた。


(つづく)

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