第18話 人間失格三銃士

 夕食を済ませて夜空の撮影会から戻ってきて風呂を済ませ、あとは寝るだけ、となったときに、かおるちゃんが例によってそわそわとあたりを気にするそぶりを見せた。深夜一時である。


「どうしたの?」

「あ、ちょっとお茶買ってくるね」

「うん」


 立ち上がって、あわただしく足音を響かせながらかおるちゃんが部屋を出ていく。そのとき、彼女が掴んだのは財布ではなくメイクポーチだったということに気づいたのは、かおるちゃんが退室して少し経った頃だった。


「……抜けてる」


 私まで部屋を空けて入れ違いになっては困るので、かおるちゃんが間違いに気づいて戻ってくるのを待つしかない。机を部屋の端にどけて布団を敷いていると、ドアが開いた。かおるちゃんのほうを見ず作業を続けたまま口を開く。


「ポーチと財布間違えてたよ」

「だろーな」

「え?」


 かおるちゃんとは似ても似つかない低い声に顔を上げると、部屋の入口に立っていたのは、浴衣姿のものすごく不機嫌そうな柊くんだった。


「……何してるの?」

「姫野、俺たちはめられたぞ」

「は?」


 苦々しい顔をして今しがた敷いた布団にばすっと腰を下ろす柊くん。おい、そこはかおるちゃんが寝るところだぞ、わきまえろ。眉をひそめると、何やら呪文のようにしゃべりだす。


「おかしいと思ったんだよ……こんな時間に青山が部屋に来るなんて。そんで俺が茶買いに外出て戻ってきたら部屋のドアが開かねえっつうな、スマホ見たら梅沢からメッセ来てっし……マジあいつら人としての何かが欠けてやがる……」


 それを柊くんが言うのか。と思いながら、なんとなく嫌な予感がしていた。かおるちゃんがふたりの部屋を訪ねて、それで柊くんが締め出されたということは、だ。もしかしなくてももしかするのでは。


「まさか……あのふたり……」

「水入らずで旅館を楽しもうっつう魂胆らしいな。おかげで俺たちがとんだとばっちりだ」

「……」


 視界がくらりと歪む。


「ちなみに梅沢くんはなんて……」

「ごめん、どっかの部屋で適当に寝て、だとよ」

「なんでここに来たのよ! ほかの男子部屋でよかったでしょ!」


 私が大人げなく怒鳴ると、柊くんはますます顔を歪めて舌打ちした。


「冷静に考えろ、この部屋しか布団が余ってない」

「そういう問題?」


 たしかに、人数の計算をするとそうなる。そうなるが、別に雑魚寝でいいじゃないか、枕投げでもなんでもして、足りない布団を奪い合って寝ればいいじゃないか。


「夏ならそうしたよ。でも今寒いし」


 ここまでの正論じみた屁理屈を私は聞いたことがない。


「何が楽しくてこんなブスと一晩一緒なんだよ……」


 私から言わせれば、かおるちゃんも梅沢くんも、柊くんも人として何か欠けている。

 あんまりな展開に黙っていると、了承されたとでも思ったのか、柊くんは私が敷いたばかりの布団に横たわり、寝返りを打った。そして、はっとしたように私の顔を見た。


「俺らもやっとく?」

「馬鹿じゃないの」


 文字通り、一蹴である。引きつる笑顔で彼の脛を蹴飛ばして、広縁の椅子にしなだれかかるように座り込んだ。

 俺らも、か。何気なく言った言葉に傷ついている。間違いなく、俺らも、という言葉には梅沢くんとかおるちゃんがそういうことになっているという意味合いが含まれている。歯を食い縛ると、柊くんは目ざとく私の変化に気がついて口端をにやりと上げた。


「俺には到底理解できないんだけど、おまえ梅沢のどこが好きなの?」

「……」

「やっぱ顔?」

「違うわよ」


 いや、違わないけど。それだけじゃない。

 柊くんは分かっているようで、分かっていない。

 山瀬先輩にふられたあとで、梅沢くんが真摯に私のずたぼろの気持ちをすくい上げてケアしてくれたことや、あの掛値のない優しさを。多少非常識でもたしかに、彼は優しいのだということを。

 黙っていると、彼は低くうなって眉を寄せ、ぼそりと言った。


「まあ、あいつ無駄に優しいからな」

「……」

「誰にでもああなんだよ。だから、おまえみたいにほいほい引っかかる女、けっこういる」

「……」


 あぐらをかいて、開いた浴衣の合わせ目から白い太ももが露出している。


「自分は梅沢の特別だって勘違いしたりする奴もいるけど、でもあいつにとって優しくするのって、息するのと同じようなことみてーだから」


 ほんとうにこの男は余計なことを言ってくれる。そんなの、梅沢くんを目で追っていれば分かることだ。かおるちゃんがいても、女の子に優しいところは変わらない。そんな彼だから好きになったのだ。

 それっていけないことなんだろうか。


「柊くんには理解できないわよね」

「できねーよ。俺は好きでもない女に媚びるなんてごめんだ」


 たぶん、好きな子にも媚びないだろうなあ。と思いながらも、先ほどの撮影会で撮りためたデータを見る。さすが、東京で見るのとは格が違う宝石箱のような空のきれいさが液晶いっぱいに広がっている。少しだけ気持ちが落ち着いて、ほっとする。

 都会の空って、普段は意識しないけれど、地上が明るいせいかどことなく空も明るいんだよな。

 星空の写真を眺めていると、柊くんが立ち上がる気配がした。


「くそ、こうなるならカメラ持って来ればよかった」

「え?」

「見せて」


 カメラを支えていた腕を引っ張られ、柊くんが顔をぐっと近づけてきた。この前電車で密着したときのような香水の香りはしないで、代わりにほのかな石鹸の匂いがした。それを甘ったるく感じるのは、彼自身の体臭と合わさっているからだと思う。こんなに甘い匂いさせやがって、その顔で、とうらやましくなる。


「これよく撮れてんじゃん」

「うん……」

「やっぱ、星空は山で見るに限るな」

「そうね」

「都会とは星の数が全然違うもんな」


 至近距離に柊くんがいる状態のままで、腕を掴まれたままで、一緒に写真を見る。何も知らない人がこの状況だけ見れば、きっと仲睦まじい恋人同士に見えるんだろうなという距離感だ。

 と思ったあとで、こんな男と恋人同士なんて冗談じゃない、と考え直す。

 不自然に思われないよう、何気なく身体を離すと、彼は満足したらしく私の動きに委ねて遠ざかる。それから、ぽつんと言った。

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