1 - 3 昔の男

第7話 世界が違う

 写真を撮るのが特別好きなわけじゃなかった。ただ、一瞬で恋に落ちてしまったから。

 今感じている痛みはあの時感じたものと似たようなもので、だからきっといつか癒えるんだと言い聞かせるけれど。すでに体験したことだから慣れるとか、そういう簡単なことじゃない。

 少女漫画ではよく、なんのとりえもないふつうの女の子がなぜか学校一のイケメンに気に入られて紆余曲折あってハッピーエンドになっているけれど、現実はそうじゃない。学校一のイケメンレベルの男は、それなりに自分に見合った女の子を選ぶ。

 デジカメの液晶を眺めながら、どうピントを合わせようか悩んでいる。背景をぼかすべきか手前をぼかすべきか、被写体は決まっているけれどなかなかシャッタ―を押せない。


「姫野さん」

「……」

「姫野さん!」

「えっ」


 強い口調で名前を呼ばれて我に返る。はっと液晶から目を離すと、梅沢くんが怪訝そうにこちらを見ていた。


「大丈夫?」

「あ、いや……構図悩んでたら、飛んでっちゃった……」


 私が狙っていた蝶は、ひらひら空の向こうに消えて行ってしまった。あきれたように笑った梅沢くんも、私と同じように首からカメラを提げている。私と同様、そのカメラはサークルに入った頃に買ったもので、カメラに限らず機械製品はすぐに新製品が出るため、だいぶ古いものだ。けれどまあ、二年ほど前のものなので、それなりに高性能。


「どうしたの?」


 声をかけてきたからには用事があるのだろうと踏む。


「かおるにさ、動く被写体のうまい撮り方教えてやってよ。俺より姫野さん得意じゃん」

「あ、うん……」


 ちらりと梅沢くんの背後を見ると、買ったばかりのデジカメを構えて右往左往している青山さんが目に入る。なぜ敵に塩を送る真似をしなくてはならないのだ、とは思いつつ、断れるわけもない。


「青山さん、シャッター半分押し込んで、オートフォーカスだから」

「え? 半分?」


 細い指がシャッターを押し込むと、かしゃっと音がして写真を撮ってしまう。力加減がうまくいかないようだ。


「ゆっくり力抜いて押し込むと、緑色の枠が出てくるでしょ?」

「う、うん」

「緑の枠が、ピントが合ってる場所だから」

「……」


 真剣になると唇が尖る癖があるらしい。目をまんまるにして唇を突き出しながら、青山さんはこわごわとシャッターを押し込む。私はとなりから彼女の液晶を見ながらコツを教える。あまり飲み込みが早くないのかそれとも理想が高いのか、満足する写真はなかなか撮れない。つい、真剣になって詰めていた息を吐くと、ため息と勘違いしたのか彼女は申し訳なさそうに言った。


「ごめん、桃香ちゃん、自分の写真撮ってていいよ」


 そういう気遣いは一応できるのだな、と思いながら、人のいい笑みを浮かべて大丈夫と言う。

 梅沢くんのほうを見ると、柊くんと、撮影などほったらかしで談笑している。写真撮る気ないんだったら、青山さんに教えてあげればいいのに。なんで、わざわざあてつけみたいに私に頼むのよ。

 ふと、梅沢くんと目が合う。私は慌てて愛想笑いを貼りつけて、目を逸らした。


「青山さん、いきなりちょうちょとかにしないで、最初はゆっくり動くものにしない?」

「桃香ちゃん」


 青山さんが硬い声を出す。


「ん?」

「あたし、かおるでいいって言ったじゃん」

「……」


 少し不満そうに拗ねたようにそう言う青山さんは、かわいかった。思わず言葉を詰まらせる。


「な、なんか、慣れてなくて……」

「そう? まあ、徐々にね!」

「うん」


 顔の筋肉が引きつる。だから、なんで、こんなふうに敵と仲良くしなくてはならないのだ。

 もちろん、引きつる程度にとどめられるよう努力する。顔に出してしまったら一巻の終わりである。今まで必死で築いてきた諸々が音を立てて崩れ落ちていくだろう。

 一生懸命液晶を見つめて写真を撮る青山さんをじっと見つめる。細い肩、華奢な鎖骨。父親譲りで細くはあるが骨格が立派な私とは違う。いかにも女の子といったふうな身体つき。「守ってあげたくなる」女の子。

 何もしなくてもきれいで、かわいくて、誰にでも愛されて、のほほんと育っている。


「桃香ちゃん、これどうかな?」

「あ、いいと思う。きれいに撮れてる」

「だよね!」


 私みたいなブスとは、たぶん生きる世界も見えている世界も違うのだ。

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