第174話 交易国家・タタンガ

 言葉少なにマギカルジアの最後の野営をし、星空を見上げてお茶を飲み、焚き火を囲んだ。


 いい思い出だけを胸に残して去る。それは、いい事なのか悪いことなのか、この場の誰も判断がつけられない。モフセンでさえもだ。


 ただ、いい思い出を悪い思い出で塗りつぶして出ることはない。それはそれ、これはこれ、である。


 メネウはレオの研究の完成を願っている。ほかの、属性によって感情を込める事で威力が増減したり、試練の平野とよばれるあの場所の解明など、マギカルジアには課題と気付きがいっぱいあった。


 女性の寿命についても……思い出せば胸が悪くなるが、彼らなりに必死で、彼女たちの気持ちと境遇を考えるとやるせない。それに希望を抱いているリングの事も……、マムナクたちは、彼らの研究をどう思うだろう、と懐かしくも思う。


 メネウは、奴隷制度というものは無くなって欲しいと思う。それでも、マギカルジアで研究されて亡くなった人たちが積み重ねてきたものを、ただ悪として踏み潰すのは違うと感じた。


 だからこれ以上語る言葉は無く、それは、ラルフもトットもモフセンも一緒だ。


「この国が……」


「うん?」


 メネウが空を見上げながらぽつりと呟く。ラルフが、それに不可解な声を返した。


 空には満天の星がある。カノンが降らせた希望の光のように、この国だけじゃ無く世界中を照らす星空だ。


「この国が、いろんな研究をして、それが相乗効果を発揮して……違うかもしれないけど、健全な国になって欲しいと思う」


 何をもって健全とするのかは、その人たちによって変わる。だが、メネウの言わんとする事は、この場にいる全員がちゃんと理解した。


「そうですね……」


「じゃの。ええ国じゃからのぅ」


「あぁ、悪くない国だった」


 関所の側では同じように商人たちの馬車が止まり、ワイワイと野営をしている。安全で、豊かで、その分闇も深い国だった。


 地図を広げたメネウは、関所の先の国をみて言う。


「次は交易国家……タタンガ? どんな所か楽しみだね」


「エル・ドラドが近いのが少々気になるの」


「また情緒不安定になったりするのでしょうか」


「大丈夫だ」


 モフセンとトットの言葉にきっぱりと返したのはラルフである。


「コイツが暴走しかけたら、俺が力づくで抑える」


 メネウを指差しながらの力強い宣言に、メネウはゲッと顔をしかめたが、その様子にモフセンとトットが笑った。


 明日は早起きしてあの馬車の列に並ばなければいけない。メネウはファリスを召喚して見張りを頼むと、彼女は頷いて近くの木にとまった。


 火を落としてテントの中に入ると、4人はぐっすりと眠る。今日は、セケルに話してもきっとうまく伝えられそうも無いから、メネウはセケルに呼びかけなかった。


 翌朝、日が登る前に起き出して朝食を食べ、馬車に乗り込むときにファリスにお礼を言って帰すと、意気揚々と関所に向かった。


 そのまま暫く並ぶ。今日の馭者はメネウだった。少し進めては待つ、を繰り返しているうちに、眠くなってあくびをこぼす。馬車の中では3人も似たようなもので、スタンが寝息を立てているカノンのお守りのように近くに陣取っていた。


 やっと順番が回ってきたので、リングの紹介状と、商材は? と聞かれてトットが作り溜めていた回復薬などを見せる。


「薬か……、一見大丈夫そうに見えるが……」


 兵士の怪訝な様子に、メネウは片眉を上げた。


「もしかして、タタンガでも違法魔法薬が?」


「そうなんだ。まぁ、商業ギルドの女傑のお墨付きだ。通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 タタンガは交易国家と書いてあった。交易品に怪しいものを混ぜ込むのは簡単だろう。蔓延もしやすいだろうし、治安の良さには期待しないようにしよう、とメネウは馬車を進めた。


 最初の街までは暫くある。時々飼葉や水を補給しながらのんびり行こうと思った。


 交易国家というだけあって、所々に見える集落も文明レベルが高い。たぶん、交易品を作っているところが多いのだろう。よく分からないところから煙があがっていたりする。


 街道は馬車がよく通るからか土を固めた道だが、あちこちに石造の大きな建物が目立つ。メネウにとってはビルのように見える、所謂都会といった所だろうか。


 後は、よく警備隊とすれ違った。


 街はともかく国をこれだけ警らしているのは珍しい。途中で、警備が厳重なんですね、と挨拶のついでに聞いてみたら、やはりあちこちで作っている品を狙った野盗が多いのだという。


 治安が悪いからこそ、治安がいい国かもしれない。簡単な魔物も警備隊が倒しているらしい。


 古のダンジョンがあるようなら留まって、そうでないなら観光して通り抜けようと思いながら、のんびりとメネウは、また馬車を進めた。

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絵筆の召喚術師〜神絵師が描いたら何でも具現化できました〜 真波潜 @siila

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