第165話 気持ち悪い男
「お前……気持ち悪いな」
ラルフたちが炎に囲まれた道を通って洞窟の中に入って行くと、残されたメネウとレオは暫し暇になった。あとは洞窟から逃げ出してきたゴブリンを待って狩るだけである。その時に、レオがしみじみとメネウを懐疑の目で見て告げたのが先の言葉だ。
「え……」
「召喚術は一級品……あんな強そうな魔物を呼べるわ、魔法は何でも使えるわ、魔法を組み合わせるなんて高度な事をするわ、呪文は唱えないわ……気持ち悪い。どうなってるんだ、お前……」
今迄もシスターに始まり、モフセンにも散々「職業から逸脱した事は奇異に見える、怪しい」とは言われてきたが……、露骨に気持ち悪がられたのは初めての事である。
「褒めてる……よね……? いや、前半は褒めてたよね……?」
「いや、だって……俺は魔法に関わる仕事をしてるんだぞ。大体の魔法の効果とかも把握はしている、でもそれは俺が研究所勤めで学ぶための資料を無料で読めたからだ。それだって、ある程度は自分で猛勉強して自分に合った魔法を使えるようになってからの話で……この国の図書館で勉強して、自分だけで魔法を学んで、金を掛けずに研究所に入れたから俺はラッキーだし才能ある方だと自覚してたけど……。10歳も変わらないようなお前のやる事なす事が、どう考えても年齢に見合わないし職業にも見合わないんだよな……」
一応、一応気を付けてはきた積りなのだ。メネウなりには。
ただ、今回のケースに限っては魔法研究所で実績を出してしまったし、実戦経験のないレオを連れているから安全性を優先した結果なのであって……。
そこまで考えて、ナダーアでやらかした事がまざまざと思い浮かぶ。
(いや、俺気を付けられてねーな……)
戦後処理の時には周りには仲間しかいなかったり、気持ち悪いというよりは感謝されたのは自分のステータスを開示していなかっただろうし……ギルドマスター辺りは気持ち悪いと思っていたかもしれない。
魔法に詳しい相手を同行させたら、いずれこうなるのは想像しておいてもよかった事だ。
セティにも気持ち悪いと言われた事があるし、ただそれは半ば軽口のようなもので……ここまで真面目に気持ち悪いと言われたのは初めての事だ。
ショックを受けると同時に、大いに反省したメネウであった。
そんな事を考えている間に、周辺の炎は対象のみを燃やし尽くして消えていた。
「俺が言うのもなんだけどさ、もうちょっとこう……ごまかすとか、いろいろやった方がいいんじゃねぇかな……」
「うん……心に刻んでおく……でも、レオに危険が及びそうになったら俺は迷わず力を揮うよ」
「……こんなに散々に言われたのに、怒らないのか?」
レオは不審な表情を隠そうともせずメネウの顔を見た。
その視線に返って来たのは、当たり前でしょう、というメネウのきょとんとした目。
「俺は別に、気持ち悪いと言われるのは承知の上だから。なるべく気を付けはするけど、罪になるとか私刑に処されるとかじゃないなら……いや、でもたぶん俺その辺は逃げるし、だから気を付けはするけど、大事な時に力を惜しんだりはしないよ」
「大した自信だな、と言いたい所だけど……お前ならなんか、そうしそうな気がする」
洞窟の中から、ギャアギャアと騒がしい音が聞こえて来た。
メネウとレオは洞窟の方を見る。サーチの付与された目は、逃げおおせてきたゴブリンたちをしっかりと探知した。
「レオ、エンチャントの準備」
「わかった。……近距離じゃ俺は役に立たないぞ」
「そこは俺がカバーするから大丈夫。さぁ、練習だ」
練習。
ゴブリンの巣を潰すのが練習とは、呆れて物も言えない。
一瞬固まりかけたが、レオは自分のまだ未完成なエンチャントを火の魔法陣を刻んだ杖に付与をした。ゴブリンは火に弱い、今はさらの杖ではなくこちらの方がいいと判断したのだ。
なんとか成功した火のエンチャントのかかった杖を構えると、メネウは杖の装飾部分を持って仕込みの刃を抜いた。
「仕込み杖だったのか?!」
「そうそう。便利でしょう、この杖」
よくまぁこの男にこの杖をあてがった、とレオは素直に感心した。誰に、と言われたら運命にとしか言えない。
術者は魔力が高い代わりに近接戦闘には向かない。ある程度自己防衛手段として短剣の扱い等は覚えるが、実践向きかと言われるとそうではない。
術の勉強に時間を費やすのが術者である。冒険者登録した時に、冒険者ギルドで多少習うくらいで、当然ながらこんな、片手剣と言えるような長物を扱えたりはしない。
抜くだけでも危ない。近接職もまた技術職なのだ。ローブでは長い刃は扱い辛いのもあるが、メネウの構えはしっくりと馴染んでいて違和感がない。
場数を踏んでいる証拠である。
「来るよ!」
レオははっとして前を向いた。ところどころ焼け焦げた跡があるが、ほぼ無傷のゴブリンが何十という数向かってきている。もう姿が見えていた。
「まずはレオ、炎で蹴散らそう」
「おう!」
レオが炎のエンチャントの杖を振って中距離まで近づいて来たゴブリンに数頭ファイヤボールを的中させる。
だが、根本的にメネウのものとは威力が違う。メネウの場合は初級の魔法でも籠めている魔力が桁違いなので威力は高くなるが、レオのは通常のファイヤボールだ。
燃える炎を地面に転がって消して、また向かってくる。
「レオ、その杖で村の入り口くらいの所にファイヤウォールを」
「わ、わかった」
メネウの指示に従って、今度は杖を触媒とした魔法を発動させる手順を踏む。
ごっそりと、自分の魔力がもっていかれる感覚がした。
「ファイヤウォール!」
レオがぶつぶつと呪文を唱え発動させたファイヤウォールは、火のエンチャントの杖の効果でもって、今までに無い威力を発揮した。
それにレオ自身が一番びっくりしている。
ゴブリンたちにはまだ自分たちの姿は見えていない、当たり前のように炭になった物が邪魔な、柵に囲まれた場所ではなく出入口にしていただろう場所から出ようとしてくる。
そこに突如現れた炎の壁は、ゴブリンたちを悉く焼き尽していく。
仲間たちの焼ける様に恐怖したゴブリンたちが、戻る事も進む事もできず道半ばで立ち往生している。
が、レオのファイヤウォールはすぐに消えた。
ギ、ギ、と鳴いたゴブリンたちはまた入口に向って走ってくる。
「……も、もう俺、無理だぞ」
「分かった。エンチャントも切れたみたいだし、そこで休んでていいからね。魔力切れって辛いよね」
言いながらメネウは歩を進める。魔法を使う気は無いようだった。
「お、おい、魔法……」
「魔法は便利だけど、俺は召喚術師だからね」
今更だが、魔法は使わない、という事らしい。
だからと言って召喚術を使う気も無いようだった。
「気持ち悪いって言われた憂さ晴らし、させてもらうからよろしく!」
こうしてメネウは片手剣になった天空の杖を構えて、ゴブリンの群れに走ってつっこんで行った。
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