第140話 炎の逆マグマスライダー

「我がここに在る事は問題無い。保護する魔物たちの為に温泉を用いているから熱は届かぬ。我がどれだけ怒ろうと、あの分厚い熱湯の壁が阻んでくれる」


 トロメライの言葉にメネウはうんと頷いた。あの熱湯の滝の奥にさらなる熱がある事も、だからこそカプリチオの力を借りては悲惨な事になる事も。


 今はトロメライが熱を内包し収めてくれている。周囲の炭化も緩やかになっている。


「だが、竜は今狂っている。本来、我が守るべきであったが、手遅れだった。もう狂った後だったのだ。今はその竜を、火口付近に圧し留めるので精いっぱいだ」


 ナディア山は休火山である。山頂に近いとはいえ、ここから火口までは人間の足では距離がある。まだその熱は感じないが、金の竜であるベルちゃんも、木の竜であるヴァルさんも、結局は現象であるその身を捨ててメネウの造った身体へと意識を移した。現象に意識を持たせたままでは、狂った時にどうにもできないからだ。


 意識と身体を切り離して存在させる。それで正気に戻るという事は、敵は現象の方に干渉しているのだと思われる。目的は明白だ、天空樹へ至る為の手段。今こうして魔物たちが攫われ、何らかの実験に使われている事と同じ理由だ。


 それを知ればトロメライの怒りはどうなるだろうか。それでもそれを教えない事は何か違うような気がして、メネウは迷いながら仲間を振り返った。


 ラルフの目は言うな、と物語っている。だが、トットとモフセンは頷き返してくれた。セティは悪戯っぽく笑って、首を傾げている。何のことだい? と言わんばかりに。もう一度ラルフを見ると、眉間に皺を寄せながらも、小さく頷いてくれる。


 仲間の総意は決まった。メネウが多少口下手でもフォローしてくれるはずだ。


 原因が分かっていて、どうすればいいかも分かっていて、なのに原因を今は取り除いてあげる事ができない。けれど、せめてどうすればいいのかを伝えるためにメネウは口を開いた。


「狂っている理由は……魔物が攫われている理由と一緒だと思う。そして、俺はそれをどうにかできる。全部任せてくれるなら、だけど……」


 トロメライの背から一瞬怒りの炎が吹き上げたが、彼は驚異的な自制心を発揮してその炎を収めた。


 精霊は元素をつかさどるもの。竜は元素そのもの。彼らの近しい関係性は、もうよく知っている。身を挺して竜を己に閉じ込めていたカプリチオも、狂った末に住処を追われた竜をかくまったカノンも、きっと原因をその時知っていたのならトロメライの如く怒っただろう。


「分かった、全て任せる。……我にできる事は無いか」


 そこでメネウは少し思案した。金の竜はたまたまちょうどいい素体があった、ヴァルさんは別の目的で身体を作ってあった、水の竜は精霊に守られながら逃げ続ける事ができる。


 炎の竜はどうだろう。炎とはそもそも、身体に納まるものであろうか。相応しい身体をいまいち思いつけず、じっとトロメライを見上げた。


 水のように流動しながらも、一か所にとどまり続けるトロメライ。竜の意識を、トロメライが受け止める気があるのならば、これ以上相応しい器は無いように思える。


 炎を閉じ込めておくことはやがてその火が絶える事を意味する。現象に意識があるのにはきっと何か理由がある。ならば、現象の意識を絶やしてしまうのは間違いだ。


「トロメライ、君は火の竜の意識を受け入れる気はある?」


「それで火の竜があの苦しみから解放されるのなら、甘んじて」


「体の中に意識を二つ持つこと、それはカプリチオがやっていたけど、大変な事のように思えたよ? 本当に?」


 かか、とトロメライは笑った。


「炎とは現れ、そして消え、また現れる。絶えずどこかで火は灯り、消えている。我らの性質はとても近しい。この肉体に精神が同居する事となっても、消えては灯る火のように互いに補い合えるはずだ」


 火の性質。そこにあるのに触れられないほど熱く、やがて消えてしまう儚さを持ち、それでいて必ずどこかで燃え続けている。


 その火を司るトロメライと、火である竜ならば、できる気がしてきた。


「分かった。じゃあ、火の竜の意識を君に移す。身体はどうしようもない、あれは現象として自然に返さないと、いつまでも苦しむ事になる」


 ヴァルさんが望んでヴァラ森林へと溶け込んだように、ベルちゃんが金属として火口で溶ける事を望んだように。


 トロメライはきっとここから逃げる事をしない。常にどこかで灯り続ける火が移動する事を選べば竜の身体と共に在り続ける事はできるが、彼は魔物を保護する……命の灯を持つ者を保護する道を選んでいる。逃げる気はないだろう。


「さて、じゃあ後はどうやって火の竜の所に行くかだなぁ……」


「それならば、我が送ってやろう。その衣服はどういう理屈か知らないが熱を通さぬのだろう? 着用している部分以外もだ」


「え? うん、そうだよ、そういう風に作った」


「ならばそれに包まれておれ。後は我にまかせよ、そこにひと固まりになるがいい」


 言われたメネウ達は、身を寄せ合ってトロメライを見上げた。


 何が始まるのだろうか、と思っていたら地面が地響きをたてる。


「決してその衣を脱ぐなよ。火の竜の傍はこの比では無いと思え。行くぞ!」


 トロメライがそう告げると、足元からマグマが吹きあがった。そのマグマの上に乗せられて、メネウ達は気付かなかった天井の穴に向かっている。


「わ、わ、わぁぁ!」


「ふぉふぉふぉ、人の身でこんな体験はついぞ叶わぬ事じゃのう」


「……もう少し常識的な手段はなかったのか。ショートカットとか」


「爽快でいいじゃないか、暑っ苦しかったからねぇ」


 マグマは蛇のように体をくねらせながら、火の竜がいるという火口までメネウたちを勢いよく運んだ。

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